アコースティックギター


「あ」

「…よっ」


花屋と名乗る人間とカルマ。

二人きりになるのが初めての二人は、妙にお互いを意識していた。


「……ベース、弾きます?」

「いや、今日は指を休める日だ」

「そうですか」

「おう」

「……」

「……」

「……指、鈍らないんですか?」

「いや…俺はそんなヤワじゃない」

「へえ」

「……」

「……」

「……」



沈黙。

二人には共通点が無かった。

それ故の沈黙。



「…お前、なんか、楽器やってないの」


気まずい空気を壊したいのか、カルマが口を開いた。

「やりたいんですけど…何か、オススメとかあります?」

花屋は珍しく気を遣った。


「……ピアノ、とか」

「……ピアノか…」


……また、沈黙。


「……雪とか…リリーが、やってて…お前、教えて貰えると思う」

「そうですか…じゃあ、やって……みようかな」


……また、沈黙。




その時カルマの携帯が鳴った。

着信音は花屋の好きなバンドの曲。

そのバンドが人気になり、花屋がハマるきっかけになった曲だった。


「誰からですか?」

「……非通知だわ」

「怖いな…出ない方がいいですよ」

「だな」


カルマは携帯の電源を切り、少し俯いた。


「…そのバンド、解散しちゃったの悲しいです」

「ああ…そう、だな」

カルマは少し悲しげな顔をしてから、花屋の方を向いた。


「…楽器、やりたいんなら止めないけど…もしそれで食っていきたいとか思うんだとしたら…」

「……はい」

「……自分を、捨てる覚悟をした方がいい」


その言葉で花屋は察した。

ああ、もしかして、この人は、と。

憧れの、憧れだった、あの人かもしれないと。


しかし、何も言わずにっこり微笑み


「じゃあカルマさんが…いつか、私が…自分を捨ててでも一緒に生きていたいと思うような、素敵で…愛らしい、私に似合う楽器をおすすめしてくれませんか」


と、音楽で食べていたカルマへ一番責任のある役割を任せた。



「……アコギ」

「アコギ?」


花屋の手を握り、カルマはこう続ける。


「お前は手が大きいし、指もしっかりしてる」

「……はい」

「弾き語りとかして欲しい」

「弾き語り…」

「アコギの音が、お前の色っぽいハスキーな声と合う」

「……ありがとう、ございます」


真っ直ぐな褒め言葉に照れる花屋と、自分が言った言葉に照れてしまうカルマ。


そんな二人は少しだけ見つめ合い、そして、クスクスと微笑み合った。


「あは…じゃあ、私ちょっと可愛いアコギちゃん買ってきますね」

花屋はニヤケながら自分の鞄を漁り、財布の中身を見てから立ち上がりこう言った。

しかしカルマはそんな花屋の腕を掴み制止する。


「俺のアコギやるからその金はメンテに使いな」

「え?あなたの相棒でしょ?いいんですか?」

「俺の相棒はベースだよ、それに……」

「あーそうだった」

「「そうだった」?」

「気にしないで………それに?」

「…お前みたいな、超可愛い子と居た方があいつも喜ぶだろ」


それはカルマの本心だった。

花屋はそれを理解し、カルマの言葉に甘えることにした。


「ふふ、そうですね、まあ私の側に居た方が貴方の側に居るよりかは映えますか」


カルマは花屋の余計な言葉を聞くと、眉間に皺を寄せながら隠れ家の隅へ歩いていった。


「いや帰らないでくださいよ、有難く受け取りますから…」

「違う違う…帰るつもりはないよ、実はここにいるんだ」


てこてこと近寄る花屋へ微笑みかけてから、ギターケースの中からアコースティックギターを取り出すカルマ。


「あらかわいい、黒ですか」

「可愛いだろ、名前は†ダークネスドラゴン†だ」

「ダッサ」

「ほら花売り、新しい友達だよ、挨拶しな」


花屋の新たな相棒のネックを片手で持ち上げ、花屋へ持たせるカルマ。


「こ、こんにちは?」

カルマから渡されるギターを恐る恐る受け取り、ネックやボディをゆっくり見回す花屋。


そんな姿を見ていると、カルマは突然飼い主に抱きつかれ困惑する大型犬の動画を思い出した。

頭に小さいおもちゃを乗せられ困惑する猫の動画も思い出した。


「すまん…ほら、ここに首通して…そう、こう押さえて…」


花屋の首へストラップをかけてやり、手をどう置くかを教えるカルマ。

花屋はそれを受け入れながらも困惑し、カルマとギターを交互に見ていた。


「可愛いなあお前は…ほら挨拶は?友達と話す感じで話しかけてみな」

「……おっす」

「あははは!ぎこちないなあ花売り…」

「花屋とお呼びください」

「分かったよ…さっきから話してて思ったんだけどさ…」

「はい」

「お前、友達出来た事無いだろ?」

「……」

「……」

「…………あるし」

「無いな」

「あるし」

「無いだろ」

「あります」

「無い」

「ありません」

「素直だな、もっと言い争いたかったわ」

「カルマさん私ピアノもやりたい」

「それは俺持ってないから自分で買いな」

「はい」

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