向日葵
男はストリッパーだった。
青年の頃に捨てられゴミ箱を漁って生きていた彼は、ストリッパーが働くクラブに拾われた。
彼らに恩を返そうと、成人してから働き始めた彼は大変なことはあるものの楽しい毎日を送っていた。
そこによく通い、ストリッパーの男に貢いでいたのは自らを傷と名乗る男だった。
「傷さんまた来たの!?お金無いんでしょ!?来ないで!!」
ストリッパーは馬鹿だった。
自分の稼ぎより客の都合を優先して考えてしまう彼は、いつもそう怒っては常連客を作ってしまっていた。
「また来たよ向日葵、今日も僕で遊んでおくれ」
傷は変態だった。
来ないでと言われ喜んでしまうドが付くほどの変態で、罵られるために通ってはクラブの売り上げに一番貢献していた。
向日葵は眉間に皺を寄せ、いつも通り目を輝かせている傷の前で仕方なく踊ってやった。
大喜びする傷と、彼が衣装の中に押し込んでくれるチップにどこか嫌悪感を感じながらも、傷の笑顔が好きだった上に、仕事のせいで大切な後輩に会えず毎日寂しい思いをしていた向日葵は、彼と会える事を何よりも喜んでいた。
向日葵がプライベートでも友達として親しく接する客は傷だけだった。
それ以外の客もたまに会いはするが、向日葵はあまり楽しんでいなかった。
客達は皆向日葵の身体を求めていたから。
どうせなら真剣に向き合い愛し合いたい向日葵の意思に背くように、彼等は身体だけを求めていたから。
向日葵は拒絶していたが、そのまま流されてしまうことも少なくなかった。
しかし傷は違った。
プライベートで会うときは必ずホテルを選ぶ客とは違い、傷が選んだ場所はゲームセンターだった。
一人で大喜びしている傷に、戸惑いながらも付き合う向日葵。
2回目に来た場所はカラオケだった。
密室だというのに手を出す気配もなければ、何故か一人で歌ってストリップの真似事をしだす傷に、向日葵は困惑したと同時に、人柄に惹かれていった。
彼といると幸せだ。向日葵は心の底からそう思っていた。
プライベートで傷と向日葵が会うようになってから今日で丁度10回目。
向日葵は決意した。
彼の思いを知りたい、と。
彼が客で無くなってしまったら先輩達は悲しむだろうか、と思いながらも、決意してしまった。
「傷さん、今日僕ホテル行きたい」
飲んでいた酒を吹き出す傷。
「ダメ?」
「ダメ…………じゃ、ないよ…」
断ろうとした傷だったが、向日葵の茶色い瞳で見つめられては拒否出来なかった。
したくなかった。
ホテルに到着し、これから自分なりにサービスをしよう、と傷を押し倒す向日葵。
しかし、傷は意地でも服を脱ごうとしなかった。
疑問に思う向日葵。
自分に魅力がないのかと質問すると、傷は首を振り「そうじゃない」と否定した。
ならどうして、と尋ねながら向日葵が彼のシャツに手をかけると、傷は大きく息を吐いてから…何かを決心するかのようにゆっくりとシャツを脱いだ。
「立場が逆になったね」と傷をからかう向日葵だったが、傷の背中を見るとぐっと黙り込んでしまった。
傷の背中には、引っ掻かれたような大きな傷が2つあった。
肩甲骨を覆い隠すようにある傷は赤黒く、触ると血がじんわりと滲みそうな、人間の見たくない汚い部分が大きく露出していた。
彼は昔からあるこの傷に苦しんでいたのだ。
涙を流す傷。
こんな背中を見せたら、向日葵は自分を嫌いになる、と。
こうやって拒否されるのは初めてじゃない。
だけど、向日葵にだけは嫌われたくなかった。
愛していたから。
向日葵はこう呟いた。
「ここに羽があったみたい、そうなの?」
傷はこう答えた。
「…そうなのかな」
向日葵は背を撫でた
つぶつぶとした傷、ぼこぼことした傷、すべすべの傷、つるつるとした傷を指でなぞった。
「きっとそうだよ、貴方かっこいいでしょ?だから神様が嫉妬して羽をもいじゃったんだよ」
傷は困惑した。
向日葵はこう続けた。
「傷さんは天使さんなんだね!」
傷は力を持っていた。人の心を読む力を。
向日葵は、自分を、こんな自分を、心の底から、
傷はその日、初めて自分から能力の事を打ち明けた。
向日葵は黙って聞き、1度大きく頷いてから強く抱き締めてくれた。
傷は、恋をしていた。
それは向日葵も同じだった。
傷は、自分を隠すのをやめることにした。
コンプレックスではなく、個性にしようと。
折角向日葵が褒めてくれた。慰めてくれた傷を、僕だけは否定してはいけないと決意した。
向日葵も、自分を隠すのをやめることにした。
自分自身の思考や、指向や、嗜好も、傷なら理解して受け止めてくれる。
全てを受け止めてくれる傷を愛おしく、大切に思った向日葵は、自分を否定するのはやめようと決めた。
二人は、愛し合った。
消して離れないと誓うように。
薬指にはめる指輪よりも強く、書類なんかじゃ満たされない想いを満たすかのように。
向日葵の鎖骨に傷が出来た。
傷の鎖骨にも同じ傷が。
愛している、愛しているんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます