あぶない
@MAMENOKIES
あぶない
坂戸に着いた。ああ、次は若葉になるな。よしラーメン食おう。ここの若葉の通りに醤油豚骨のおいしい小さなお店がある。法事の帰りに駅を降りてみると外はどんよりとした灰色をしている。灰色で思い出すのはタバコの煙だがこの有毒な煙はまるで悪魔のように人の肺を癌に変えてゆく。それでも喫煙する人はどうやらこの街にも絶えないのだが、最近始めた電子タバコはどうも香りがよくない。
「あーあ、雨でも降る前に成増まで戻るか。一服吸って腹が減らない内にな。」
黄色い安いジャケットの左側のポケットにタバコをしまうとどこからともなく灰色の冷たい風が男の顔をやたらに冷ます。
「それにしてもこの無字山の森っていうのは本当に不吉だな。この遺体があってそれで神隠しだろ。出るところは出るんだ。」
新木場行きの電車は森林公園行きの電車と違ってもう空き空きだ。足元がおぼつかない。もう体が疲れている。
男の名前は鳥木広一、34歳。ひどく老けている。
電車が和光市に着いた。次は成増だ。ぼーっとしながらもう暮れたなと遠くの広い公園を見ていると一人公園のブランコに子供がいる。こんな時間なのにと腕時計を見ると19時55分を指している。何か背筋に冷やりとしたものを感じもう一度恐る恐るその物体を見ようとすると、もう今こそと目で追うとそこには人がいない。犬でも見たのならいいと首を前に戻すとそこには真っ白な顔をした黒い服の女の子が立っていた。ゾッとした。大いに遠くから見ていたとしてもその女の子はこの体格位だろう。遠目で分かる。
「どうしたんだい、お嬢さん」
と言うと、女の子はにこりと笑った。その途端に口からぼろりと黒いドロップが落ちた。鳥木は何より先ずのけ反ってしまった。何よりも驚いたのだ。
「え?」
もう一度よく見ると小学生高学年位だろうと思った。
慌ててドロップを探そうとしたのだがドロップがない。
「落ちたよね、」
ともう一度下を見るのだがそこには何もない。
女の子は、
「——どう」
と言った。
「ん?」
「ぶどう」
「え?」
「おじさん怒らない、たなばた」
「え?たなばた?」
「早く覚えて、井戸」
「ぶどう、たなばた、いど」
きーぎぎぎぎぎぎぎぎ
突然電車が止まった。
「びっくりしたね」
と言うと、
「私もびっくりした」
と言う。するとひらりと小さなスカートをたなびかせ女の子は向い側のシートに浅く腰をかけた。すると違う車両へ走って行ってしまった。
「あー、あなたも見られたのか」
余りに視界の届かない場所から見たので鳥木は意外だった。
見るとそこには小柄な黒いニットを被った老人がいた。
「先程、飴を落とした女の子がいました。ここを通りましたよね。」
その老人も少し悲しそうな顔をすると
「うーん」
と黙り込んだ。
鳥木は急に胸元の痛みと共に咳き込みだした。軽くめまいもする。
「すみません、何か急に―—」
と言って外を見ると、雨が降り出していた。
老人は下を向いている。
21時02分、鳥木が家に戻ると今日はやけに気味が悪いことがあったと思い、余計部屋を暗くではなく真っ暗にして眠ることにした。あの黒い服の女の子は傘を持っていなかった。でも雨大丈夫だったのかな、と少し心配したが、あの女の子はまるで幽霊のように滑るように遠くに行ってしまい結局消えた。
よく死の近い人間には霊が見えると聞くけど、例えば僕の死が近いのかな。そんなことを考えながら2時10分、鳥木は冥途へと旅立った。
あぶない @MAMENOKIES
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