あの日は燃えるゴミの日でした
四宮あか
あの日は燃えるゴミの日でした
スマホのスヌーズを止めて背伸びをしてから洗面所に向かう。
顔を洗って歯を磨いたら、今日は火曜日だから髪を高すぎず、かといって低すぎない絶妙な位置に面倒だけれど結ばなければいけない。
それが私――
なんで髪型一つでこんなに朝から気にするのかというと。
火曜日の朝は
いつも朝は、私と朋ちゃんともう一人桜ちゃんと3人で行くんだけれど。
3人でいるときは良いんだけれど、朋ちゃんがいなくて2人になると、桜ちゃんは私に嫌なことを言ってくる。
朝の貴重な時間に何度もやり直すポニーテールもそうだ。
高すぎると、「今日は気合入りすぎじゃない?」と言われるし。
かといって低いと、「ちょっとその低さはないでしょ~」と言われる。
もうお解りかもしれないけれど、私は本当は桜ちゃんが嫌いだ。
家が近くて、小学校も同じで……
中学は離れてほしいと思っていたけれど、桜ちゃんのお母さんが家が近くの人がいたほうがいいからと、他の中学にも受かっていたらしいけれど私と朋ちゃんと同じ中学校に進学することが決まったときは最悪って心から思った。
それでも、まだ朋ちゃんがいるときは、私にそこまで失礼な発言はしないし。
失礼なことを言ってきても、朋ちゃんが咎めてくれると収まるけれど。
朋ちゃんがいないってなると、ここぞとばかりに私に嫌なことを言ってくる。
どこかで虐めに発展しないか……ってここ最近はびくびくしている。
ここ最近は、特に桜ちゃんはひどい。昨日なんか何度も何度も私に嫌なことを言ってきた。
いつからかは忘れたけれど、私は月曜の夜になると火曜日なんか来てほしくないって思うようになった。
だからだろうか……朝食を食べながらテレビに視線を映して私は固まった。
朝のニュースには、いつも火曜日は私の好きなアイドルのタケル君がいるんだけど。
今日はタケル君がいなくて、変わりに水曜日担当のお笑い芸人さんが朝からテンポよくコーナー紹介をしていた。
「あれ、なんで今日タケル君じゃないの!?」
嫌な一日を乗り切るためにタケル君の顔をみて充電しようと思っていたのに。
ついてないって、ため息が出た……
朝食を食べてさっさと学校に行こうと思ったら、お母さんが私に言った。
「実来、燃えないゴミ出してきてくれない? お父さんってば玄関に置いといたのにまた忘れていったのよ」
お父さんが玄関にまとめて後は出すばかりのゴミを出さないのはよくある。
特に燃えるゴミの日はスーツに臭いが付くのが嫌で、故意に忘れてたってやっているのだと思う。
ついこの前も……って、燃えないゴミ?
「お母さん、火曜日は燃えるゴミの日だよ」
「……そうだけど?」
変な間があった。
「だから、今日は燃えるゴミの日でしょう?」
「何言ってるのよ。水曜日は週に1度の燃えないゴミじゃない」
「水曜日?」
火曜日はこなかった。
待ち合わせ場所には水曜日だから当然朋ちゃんが立っていて、火曜日が来ないだけではなく桜ちゃんもいなかった。
学校に行くとちょっとしたお祭り騒ぎだった。
「どうしたんだろう?」
ともちゃんと二人で顔を見合わせていると、今日休んでいる桜ちゃんがどうやら昨日ゴミまみれになって歩いているところを誰かの親が見たらしい。
何があったんだろうとか、怖いとかそんなことを話した。
桜ちゃんのいない学校は快適だった、朋ちゃんがいない隙にちくっと嫌なことを言われることもないし。
周りから漏れ聞こえる話によると、桜ちゃんはどうやら私にするようなことをいろんな子にしていたらしい。
この学校にあえてきたのも当初進学する予定の中学には、ちょうど桜ちゃんが嫌なことばかりをした子が何人も進学するってことで、恨まれているだろうし虐められるかもって急遽こっちの中学に来たって話ってことまで飛び出す始末だった。
ゴミまみれの姿を考えると、顔では心配そうにしたけれど。すごく笑えてしまった。
誰か知らないけれど、ナイスとさえ思っていた。
次の日も桜ちゃんは待ち合わせにやってこなかった、学校にやってきても今までの高圧的な態度はなく。教室の隅でびくびくとしていた。
誰か逮捕者がでるんじゃないとかワクワクした人が聞いたらしいけれど、あたりのゴミが散乱するほど殴られたときに打ち所がわるかったのか。
よほど怖かったのか、桜ちゃんは朝家を出て、家にゴミまみれで帰るまでの記憶がないらしく。
恐ろしい事件なのに、誰が犯人なのかわからないまま。
桜ちゃんも過去に何人も虐めていたやましい気持ちがあって警察沙汰にはしなかったらしい。
私はというと、あの日以来――火曜日が来なくなった。
桜ちゃんは学校でビクビクするようになって、とうとう保健室登校をしだした。
学校も皆が登校してから行って、皆が帰る前に帰るようになったから、火曜日はもう怖くなくなったのに、私に一向に火曜日がくることはなかった。
火曜日がこないってことは、タケル君が出ている朝のニュースも見れないし。
火曜日がやってこなくても、どうやら私には火曜日がきているようで……
記憶にない火曜日のことで矛盾が少しずつ出始めていた。
何より今後テストとか、大事な日が火曜日だったらどうしようってことで。
私は桜ちゃんと鉢合わせしないようにスクールカウンセラーにかかることにした。
「あの私……ここ一か月くらい火曜日が来ないんです。これって、何科に行けばいいんですか? 何かの病気なんでしょうか!!」
はじめは気楽だったのに、毎週毎週月曜の夜に寝て朝起きると水曜日になることが私は怖くなっていたし、1日人よりも少ないのが惜しくなっていた。
私の訴えに、解離性同一障害の可能性があるからって、スクールカウンセラーさんは、ちょっと性格が変わり者だけど、心理学者として有名な大学の教授である
「大学の研究室に行くのはちょっと怖いかもしれないけれど。話はこちらでつけておくから安心してね」
「ありがとうございます」
私はそういってドアを閉めた。
―――――――――
学校が休みの日にお母さんに内緒で足を運んだのは大学だった。
本当はお母さんに言ってから来たほうがいいのだろうけれど、変だと思われたくなくてなるべく自分だけで解決したかった。
大学の敷地内に、明らかに中学生ですってのがいるといくら休日でも目立つ。
ちらちらと視線が痛いなか歩く。
あれもこれも、私が火曜日を取り戻すためなんだから……
敷地内は広くて、遠藤先生の一室に到着するまで大変だった。
どんな先生がいるんだろうと思うと、ドアの向こうにいたのは意外なことに若い男だった。
「どーも、井上さん。スクールカウンセラーの五十嵐から話は聞いていますよ。もう1月の間火曜日が来ないなんて……」
口元はニッコリと笑っているのに、目元が一切笑っておらず私のことを値踏みするように見られるのが居心地が悪いけれど。
そうもいっていられない。
「はい」
「心当たりはありますか? できればあなたの口からお話を伺いたい」
心当たり……
私のことを全く知らない人だからこそ私はポツポツと桜ちゃんと二人になると嫌なことを言われるから、火曜日なんか来なければいいのにと思ったこと。
桜ちゃんに言われた嫌なこと。
「あの日も!! 燃えるゴミ……アレ?」
遠藤先生は聞き上手で、ついつい私は怒りからどんどん声が大きくなったんだけど。
燃えるゴミといってアレっと口を押えた。
燃えるゴミの日は火曜日で、燃えないゴミの日は水曜日。
頭の中で燃えるゴミと出てきたけれど、何に怒っているかが靄がかかって浮かばない。
時間をかけたけれど、燃えるゴミのエピソードは浮かばなかった。
「うーん、なら最初に火曜日が来なくてむかえた水曜日の話をしてもらえますか? 覚えている範囲でかまわないので」
そういわれて、私は火曜日だと思って髪をちょうどいい位置にしばろうとしたことから、火曜が来ないという初の体験ゆえに鮮明に覚えていた出来事を話した。
一通り遠藤先生は話を聞くと私に2択を出してきた。
「5分で解決するか、時間をかけて何度か足を運んでもらって解決するか。ただ、5分のほうは少々過激ですね……受け止めきれない場合があります」
「時間をかけて何度か足を運んでもらって、それだったら何回くらいくれば?」
「それは、わかりませんね。次で解決するかもしれませんし、はたまた何年もかかるかもしれない。それに治療を継続的にとなると、あなたの症例は珍しいものではなくお金をきっちり支払ってもらう必要があります」
「何年も!? 何年もって……その間火曜日は?」
「来るようになるかもしれないし、来ないままかもしれない……」
「デリケートな問題ですから、個人的にはゆっくり解決がいいと思いますよ」
それじゃ困る、だって今は桜ちゃんがいなくて快適だし、好きな子もできてきたし、火曜日が今後もずっと来ないなんて嫌だ!
だから私は選んでしまったのだ、5分で解決する道を……
「5分で解決でお願いします」
「先に言っておきますが、火曜日がこないことは解決しても、なぜ消えたのかの強烈な原因を思い出したことで起こることにまでは関与できませんよ」
「はい、私は火曜日がもうずっと来ないなんて困るんです! 朝はタケル君に会いたいし、火曜日が来てほしい」
「そうまでおっしゃるなら。本来はダメなんですけど。ちょっとしたコネとツテで手に入れた映像なんです」
遠藤先生はそういうと、私にパソコンの防犯カメラの映像を提示した。
そこには白黒で画質は荒いものの制服をきた2人の女子生徒が映っていた。
途中でポニーテールの生徒が立ち止まる。
しばらくの間があって、起こったことは想像を絶した。
ポニーテールの子は近くにあるごみ袋を手に取ると、大きく振りかぶってもう一人先をあるく女の子を後ろから殴ったのだ。
何度も何度も。
袋が破れて、中が飛び散る。それでも何度も何度も……
殴られた女の子が両手を前にだしてゴミ袋から身を守ろうとするが、最後とばかりに大きく振りかぶって1発ゴミ袋でぶん殴ると、女の子は地面に倒れ頭を打った。
そして動かなくなった。
ふーふーと荒い息で、散らばったごみのうち一部を他の燃えるゴミの袋に突っ込むと、ポニーテールの子は画面から消えるところで映像は終わる。
でも私には続きが解る、
ポニーテールの子は公園のトイレの手洗い場で自分にもかかったごみの臭いを、汚れを落としたのだ。
必死に、そう必死に……
「臭ーい、ただでさえどんくさいのに、ゴミの臭いつくよ~」なんてこともう言われたくなくて。
臭いだけではなく、私の中に芽生えた感情をほっておくと大変なことになるからとわかっていて……
そして強く思ったのだ。
今日が火曜日じゃなければ、朋ちゃんがいてこんなことにならなかった。
今日燃えるゴミの日じゃなければ、私は人を思いっきり殴る快感など知ることはなかっただろう。
今日が火曜日じゃなければ……
今日が燃えるゴミの日じゃなければ……
『ここ最近は、特に桜ちゃんはひどい。昨日なんか何度も何度も私に嫌なことを言ってきた』
今まですっかりと忘れていた、でも潜在意識としてしっかりと私の中には、失われたはずの昨日、いえ火曜日があった。
「思い出しました? あなたは解離性同一性障害なんかじゃない。罪の意識から自分の心を守るために、脳が忘れさせるということはたまにある」
立ち尽くす私に遠藤先生がニコニコと笑顔を浮かべて問いかけ言葉を続けた。
「だからあなたは火曜日を意識的に――消したんだ。あの日何があったか忘れるために……もう思い出したんじゃないですか?」
遠藤先生が画面を見たまま立ち尽くす私にそういった。
「――あの日は燃えるゴミの日でした」
お父さんは自分のスーツに臭いが付くのがきっと嫌で、あの日もきっと故意に玄関にもうまとめられて出すばかりのゴミを忘れた。
そして私がお母さんからお父さんの代わりにゴミを出すように頼まれた。
そう水曜の朝のように……
燃えるゴミの袋を持って私は待ち合わせ場所に急いだ。
遅刻したら、待たせたことでより桜ちゃんの機嫌がわるくなるから。
でも運悪く急いだことで、ゴミ袋を引っ掛けてしまい。小さな穴があいて生ごみの汁が少し腕についた。
嫌な臭いだった。
ゴミを出して待ち合わせの場所まではなんとか時間に間に合ったけれど。
嫌なにおいをまとったままの私は、桜ちゃんの標的になった。
「臭い!? ちょっとありえないでしょ。ゴミちゃんじゃん」
「急いでたらゴミ袋引っ掛けたみたいでさ。ごめん」
「臭いうつるじゃん最悪。さすがゴミちゃん。あーもう近寄らないでよ。学校でも私が皆にゴミちゃんに近寄ったら臭いって言っといてあげるね」
無邪気な笑顔は私には悪魔にしか見えなかった。
頭に血がのぼって覚えてないってテレビで犯行を犯した人が良く言うけれど、私も頭が真っ白になった。
後はところどころしか思い出せないけれど防犯カメラの映像の通り。
私は近くのゴミ捨て場に捨てられたゴミ袋を掴むと、「ゴミちゃん~臭い~ゴミちゃん~」などといって先を歩く無防備な桜ちゃんに振りかぶった。
私の恐怖の対象はあっけなく、地面に倒れた。
桜ちゃんは覚えてるのだろうか?
誰が殴ったのかを、最後振りかぶった時目がきっちりあった。
思い出したら、桜ちゃんは警察に駆け込むのだろうか、殴りつけたのは私だと?
それにしても傑作だったなあの顔。あの怯えた顔、サイコーだった……
「ちょっと、急用を思い出しました。私もう火曜日を思い出したので大丈夫です」
慌てて私は遠藤先生の研究室を後にして走り出した。
遠藤先生は血相をかえて踵をかえした背中につぶやいた。
「あ~あだから、時間をかけて何度か足を運んでもらって解決するほうをすすめたのに。怪物が野に放たれた……」
遠藤先生はそういってニヤッと笑った。
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