第40話 とびきりの変化は、懇願その2
慌てて踏ん張る祥香の腰を支えるように腕が回される。
男の人の身体って、重い!
細身とはいえ骨格と体格の違いは歴然だ。
「祥香ぁ。俺を祥香の持ち物にしてよ」
耳たぶに触れるか触れないかギリギリの距離で、平良が甘えた声で言った。
「む、無理ですっ!重たくて持てませんっ」
平良が腕を離せば、一気に共倒れ間違いない。
即座に拒否した祥香の耳に、クスクスからかうような笑みが降ってくる。
「ええー無理なの?じゃあ祥香を俺の持ち物にしてもいい?」
その発言には異論を唱えたいけれど、まだそっちの方が現実的ではある。
「・・いいですけど、私重い・・きゃあ!」
反論した途端、いきなり爪先が浮いた。
「了承取ったからね」
平良が祥香の身体を抱えたまま廊下に上がった。
宙に浮いたヒールが足から離れていく。
コツンと遠くで音が聞こえた。
「やっと捕まえた。もう逃がしてあげないからね」
目を開けると、こちらを覗き込む平良の視線に捕まった。
指の背で頬を撫でる仕草が優しくて、ドキドキする。
持ち物にされた祥香が下ろされた場所は、平良のベッドの上だった。
あっさりと組み敷かれてしまった祥香の上では、平良が安堵の表情を浮かべている。
「に、逃げません」
というか、逃げられません。
「そう?じゃあ、早くあの部屋引き払っておいで」
すっかり頭の中から抜け落ちていたハイツの事。
本当はそのこともきちんと話さなくてはいけなかったのだ。
色んな事を後回しにして、気持ちだけでここまで来てしまった。
ちゃんと説明したいけれど、場所と体勢が悪すぎる。
「あ、その話もしなきゃ・・平良さん、とりあえず起きて・・んっ・・ふっ・・んんっ」
ぬるりと忍び込んできた平良の舌が歯列をなぞって舌先をくすぐった。
そうだった、名前!
顔を背けようとするたびに、顎に指をかけて引き戻されてしまう。
「ぁ・・んっ」
明らかに平良のほうが二枚も三枚も上手だ。
喉元を擽られて仰のいた祥香の舌裏を掠めて、平良が名残を惜しむようにゆっくりと口内から出て行った。
「そんなに俺にキスしてほしいの?」
濡れた唇を人差し指でつついて、平良がふわふわの笑顔を向ける。
「ほら、ちゃんと呼んで?」
「・・・龍ちゃ」
キスの余韻で舌っ足らずになってしまった。
祥香の前髪をかき上げて、平良が額にリップ音を立ててキスを落とす。
「可愛い・・なぁに?何でも聞くよ-?でもこのままね。話の内容によってはこのまま祥香を抱き締めなきゃいけないから。顔見てたいし」
さあどうぞ、と促されて困ってしまう。
ちゃんと座って話したいのに・・・
顔の横に突いた手で、祥香の黒髪を撫でながら、平良が言葉を待っている。
「部屋の、事なんですけど・・一緒に、見に行って欲し・・きゃああ、お、重たいですっ」
腕で自重を支えていた平良が、祥香の上に倒れ込んだ。
悲鳴を上げる祥香の背中とシーツの隙間に手を差し入れて、平良が宣言通りギュウギュウ祥香を抱き締めた。
「何でこの子は今更そーゆー事言うかなぁ。ああ、そっか、ちゃんと言ってないのが悪いのか。あのねー、今井祥香さん」
何やら一人納得したらしい平良が、腕を立てて祥香の身体から距離を取った。
急にフルネームで呼ばれてドキリとする。
真上から見下ろす平良の眼差しは、真剣味を帯びている。
「俺はきみのことが大好きです。絶対大事にするから、俺と付き合って下さい」
「は、はい。わ、私も、大好きです」
ベッドに押し倒された状況でやり取りする内容ではない気もするが、平良の真面目な表情を前に誤魔化す事なんて出来ない
場所とか体勢とか、この際構っていられない。
律儀に返事した祥香の額にふわりと優しいキスをして、平良が頷く。
「うん、ありがとう。じゃあ、部屋探す必要ないよね?」
「え、った、り、龍ちゃん。でも、それは・・」
危ない、またうっかり平良さんと呼んでしまうところだった。
平良が少し残念そうな顔になる。
「俺と一緒に暮らすの嫌?」
「嫌じゃないです!」
「じゃあ、なにが不安?」
「それは・・・」
この恋を手放した後の、自分が。
なんて、彼には言えない。
でも、永遠に続く恋を祥香はお伽話でしか知らない。
黙り込んだ祥香の髪を指で梳いて、平良が首を傾げた。
照明を背にして、祥香の上にかがみ込む彼の表情も仕草も、何もかもが祥香の思考を狂わせる。
「なんで傷付く前提で恋愛しようとしてるの?俺は祥香のこと、絶対傷付けないよ。うんと大事にする。だから、ずっと俺の傍に居てよ」
「ずっと・・・」
それは、どれくらい?
呟いた祥香の唇を啄んで、平良が泣きそうな顔になった。
「え!もしかして祥香、俺のこと適当に遊んで捨てるつもりなの!?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
平良の発想にびっくりだ。
捨てるとか、遊びとか、祥香の中には初めから存在していない。
「私は、真剣にっ!」
「俺もう30だよ?そろそろ落ち着きたいし、将来の事だって考えてる。少なくとも、祥香が思ってるよりはずっと真剣だよ」
「ええと・・ん」
言い淀んだ祥香の唇を、平良が何度か啄んだ。
「っふ・・ん・・っ・・んん」
時折食むように唇を食べるから、どんどん考えが纏まらなくなる。
真剣とか、将来とか、酷く議題が逸れた気がする。
何の話をしてたんだっけ。
家、そう、家の話だ。
私は、何のためにこの部屋を出ようとしてたんだっけ?
そんなことこの数時間の出来事でどうでも良くなってしまった。
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