第39話 とびきりの変化は、懇願その1

突然強請られた告白に、祥香の頭は真っ白になった。


言わなくてはならない言葉がいくつも浮かんでは消える。


大っ嫌いは、嘘です。


いっぱい迷惑かけてごめんなさい。


大好き。


それから、そうだ、名前で・・・


「さーちか」


まともに動かない思考回路で必死に正解を辻向き出そうとする祥香を甘やかすように平良が名前を呼んだ。


それだけで心が蕩ける。


難しいことはもう何にも考えられない。


自分に向かって笑いかけてくれる優しい人の名前は・・・・


芳乃の言葉が頭を過ぎった。


「龍ちゃん・・・好き」


するんと口から出た言葉に、平良が瞬きをした。


優しく添えるだけだった手のひらで、祥香の顔を仰のかせる。


見上げた先で目を細めた彼の仕草に、今朝のキスが甦った。


あの時も、彼はこんな風に熱っぽい眼差しを向けて、顔を近づけた。


無意識に唇が震える。


これはきっとやり直しの、キスだ。


そして二人でする、新たな始まりのキスでもある。


この人の唇に触れて欲しいな、と素直に思えた。


祥香はそっと瞼を下ろした。


コンマ数秒の後、俯いた平良が、優しく祥香の唇を奪った。


逃げられないように固定した唇にふわりと触れて、数回そっと啄んだ後、油断した祥香の唇を平良の親指が撫でた。


労るような優しい触れ方にほうっと息を吐いた隙に、舌が忍び込んでくる。


「っん・・んぅ・・っ」


驚いて引っ込めた舌をあっさりと捕まえて、平良が器用に舌を絡めた。


熱くて濡れた感触が、口内を好き勝手に這い回る。


上顎をくすぐられて、鼻から抜ける甘い声が漏れた。


どう頑張っても息継ぎする暇が無い。


逃げる度追いかけてくる平良の舌はとんでもなく執拗で、蕩けるように甘い。


甘いのに苦しくて、苦しいのに愛しい。


気持ち良さと脳髄が痺れるような刺激につま先からぞわぞわとした快感が這い上がってくる。


そろそろ酸欠になるかも、と思った頃に平良がやっと唇をほどいた。


「っは・・・・」


大きく肩で息を吸うと胸が痛くなった。


これでやっと息が吸える。


喘ぐように足りなかった酸素をもう一度吸って目を閉じたら、平良がもう一度触れるだけのキスをしてきた。


「っ!?」


早業すぎる。


完全に不意を突かれた。


なんで!?と目で訴える祥香に、溶けたバターみたいな眼差しを向けて、平良が笑う。


だめだ、この笑顔を見ていたら正常な判断が出来なくなりそう。


平良の顔には、祥香のことが大好きだよ、とデカデカと書いてある。


たぶん、絶対、間違いなく。


「だって祥香が目ぇ閉じるから・・・して欲しいのかなって」


照れたように笑う彼に見惚れている場合ではない。


「たっ平良さっんっぅ!」


ちょっと待ってと思うのに、平良の唇が追いかけてくる。


何度も角度を変えて、祥香が言葉を紡ごうとする度に唇を塞いでしまう。


どうして祥香が待って、と言い出すタイミングがわかるんだろう?


経験?だとしたら少し悔しい。


啄むだけの甘やかなキスでも、これだけされると息出来ない。


恋愛ほぼ初心者の祥香には、結構なハードルだ。


チュッとリップ音を残して離れた唇で、平良は祥香を追い詰める。


「俺のこと苗字で呼ぶたび毎回するからね、キスして欲しいならいくらでも呼んだらいいよ?」


「・・・龍ちゃん」


呼び慣れる日なんて来るだろうか?


噛み締めるように呟いたら、平良が今度は頬にキスをくれた。


そのままこめかみを擽られて、耳たぶを甘噛みされる。


「好きだよ。祥香、大好きだよ」


そのまま首筋に頬ずりされてつむじにもキスが落ちた。


これが彼の恋人モードだとしたら本気で心臓が持ちそうにない。


貰った愛情には、ちゃんと答えたいし、傷付けた分も、全力で大好きだと伝えたい。


上手く出来るだろうか。


「わ、私も、大好きです」


安心して欲しくて一生懸命に伝えると、平良が僅かに身体を離して、祥香の顔をまじまじと見つめた。


「ねぇ、祥香、俺のこと、好き?」


こちらを見下ろしてくる彼の表情はどこか不安げだ。


いつも余裕があるように見える彼でも、こんな表情をすることがあるのだ。


祥香の気持ちを確かめたいのだろう。


「はい・・好きです」


こくんと頷くと、平良の顔がくしゃりと歪んだ。


口元に手を当てて視線を逸らした後で、ゆっくり祥香の肩に頭を預けた。


息を吐いた平良が、静かに呟く。


「好きな子に好きって言って貰えるのって、こんな嬉しいんだね」


「し、知らなかったんですか?」


「うん、いま知った。だって祥香は俺が必死になって追いかけた初めての女の子だよ・・・・そっかぁ・・・こんな幸せになるんだ」


何となく察しがついた。


彼はこれまで、最初から100の愛情を傾けて自分の方を向いている女の子ばかりと付き合ってきたんだろう。


殆ど重みを感じなかった肩に、平良がのしかかってきた。


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