第44話 とびきりの変化は、お買い物その2

「ええーなんで?今言ってくれたのに、もっかい聞きたいなー。俺は祥香のこと、ほんとに好きだよ、大好きだよ?」


「・・・龍ちゃん」


困った顔で祥香が平良のことを呼ぶ。


だんだんこの子も俺のことが分かってきたみたいだ・・・


平良が祥香にそうやって呼ばれるのことにめっぽう弱い事をちゃんと見抜いてる。


でも嫌だ、いま、いま聞きたい。


一歩距離を詰めて、祥香の顔を覗き込んだ。


たじろいだ祥香が視線を揺らせるけれど、逃がさない。


濁りのない黒い瞳に平良一人だけが映る。


祥香の視界を独り占めしてる事実に、自然と笑みが深くなった。


さっきのはうっかり言っちゃったんだよね?


分かってるけど、分かりたくない。


祥香の好きは100パーセント俺に向かってるって何度でも思い知らされたい。





・・・・・





「ねえ、俺のこと好き?」


祥香が答えやすいように、祥香の声を聞き漏らさないように、平良は屈んで耳を傾ける。


この距離だと、祥香の漏らした吐息さえ拾える。


嬉しいけど、意識がそっちに引きずられそうになる。


ほんの少し視線を下げれば、平良が選んで着て貰ったレースのついた白いニットと花柄のフレアスカートが見えた。


平良が祥香の部屋のクローゼットから勝手に持ち込んだ洋服たちだ。


朝から一日中祥香と一緒だと思うと、なかなか寝付けなくて、結局朝の7時にはリビングに陣取ってしまった。


起き抜けの祥香の顔が見られたから、早起きも悪くない。


祥香が俺と一緒に寝てくれたら、祥香が目を覚ますまで絶対ベッドから出なかったけど。


もうお客さんじゃないし、一緒に寝よっか?と尋ねたら、即座に拒否された。


付き合ったその日に一緒のベッドで寝るなんて聞いたことないです!と猛反発されて、平良としてはちょっとショックだった。


だって俺は一緒に寝たいし、祥香の生理も終わったし、だめ?と食い下がったら、真っ赤になって駄目です!と言われた。


しようっていう意味じゃなく、ただ祥香のこと抱きしめて眠りたかっただけなのに。


真面目な顔で、それは追々相談しましょう。なんて、まるでどっかの弁護士みたいな口調で。


相談でどうにかなるとは思えないんだけど。


とりあえず、困りまくってる祥香が泣き出す前に平良が折れて、もうちょっと慣れたら一緒に寝ようね、と念押しした。


あれだな、絶対布団があるのがいけないんだ。


あと、俺の部屋をもうちょっと片付けて、祥香のスペースを作って和室の荷物を移動させよう。


これからの展望が決まった所で、漸く祥香の声が届いた。


「好き、です」


耳に手を添えた囁き声の告白は、秘め事みたいでドキドキする。


語尾が震えてるのは緊張のせい?


平良の耳から手を離して、祥香がふぅっと息を吐いた。


ひと仕事終えたぞと、隙だらけの横顔に、すぐさまそっとキスをする。


「っ!?」


「人参ちゃんと食べるよー。祥香が作ったものなら何でも食べるからね」


「~っっ!!」


唇を引き結んだ祥香が、スカートを握りしめる。


ああ、綺麗な花柄がくしゃりと歪んじゃった。


祥香が眠たそうな目を擦りながら洗面所に向かった隙に、和室の衣装棚にかけてあったこのセットをリビングに持って来た。


一緒に暮らし始めてから一度も日の目を見てない洋服だ。


せっかくだから、これ着てね。と戻って来た祥香の前に持って行くと、今日は買い物ですよね?と言われた。


買い物はついでで、デートだよね?俺たち付き合って最初のデートだよ?着てくれるよね?


平良は自分の価値を正しく分かってるつもりでいる。


この笑顔で何度も無理を通してきたから。


祥香にはさらに甘さも加えとくね。


お願い。と続けたら、祥香が不承不承頷いてくれた。


和室の鏡の前で何度も格好を確かめてたから、かなり緊張したんだろう。


膝が隠れる丈は非常に好ましい。


彼氏としてもヤキモキしなくて済む。


祥香は絶対奇抜な服を選ばないから、彼氏としてはすごく安心できるのだ。


「皺になるよ?せっかく可愛い格好してるんだから」


スカートを救出するついでに祥香の手を握る。


平良がどうしてもと言ってこの洋服を着せた事を思い出したらしい。


「・・・ごめんなさい」


ここでしおらしく謝るのがいかにも祥香だ。 


元凶は目の前にいるにもかかわらず、一度も八つ当たりしてこない素直さが可愛くていじらしい。


「そこは、俺を怒っていいとこだけど」


前髪を撫でると、祥香が頬を赤くして空いている手で額を押さえた。


祥香は平良が手を伸ばす度、面白いくらい敏感に反応する。


もう緊張とか、戸惑いとか、恥ずかしさとか、全部筒抜けで分かりやすい。


「あーもう可愛い」


思ったことが声になっていた。


「~っ!!」


あらら、今度は俯いちゃった。


平良は祥香の手を軽く引いてゆっくりと歩き出す。


俺は祥香のこういうところがすごく好きで、愛しくて、ものすごく大事にしたい。


それと同時に一刻も早く、祥香の中身を俺でいっぱいにしたくて堪らなくなる。


スーパーの中で手を繋ぐなんて、初めてだ。


一緒に暮らしてるからこその経験。


こんな日常が楽しくてしょうがないとか、これまでの恋愛じゃ考えられなかった。


お洒落なお店を探して女の子を喜ばせるのが常だったから。


そっか、祥香と一緒だと俺はもう場所がどこでも関係ないのか。


じゃあ、祥香はどうだろう?


この年頃の女の子は、大抵可愛い雑貨屋や、雰囲気の良いカフェやレストランが好きだ。


雑誌でよく特集されてる隠れ家風の~なんて、どこも行列だし。


「帰りにケーキ買って帰ろっか?」


せっかくなら家でゆっくりしたいよね。


本当は二人きりになりたいだけだけど。


本音は綺麗包み隠した平良の問いかけに、祥香ちらっと視線を持ち上げた。


あ、喜んでる。


3秒後、はい。と小さな返事が聞こえた。



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