第26話 とびきりの変化は、遭遇
俺と出掛ける時も、そういう格好してよと言ってみたら、行ってきます!と逃げられてしまった。
ええーあれどう考えてもデート服でしょ?
今度祥香を連れて買い物に行こう、スーパーじゃなくて、洋服を買いに。
祥香はもうちょっと、客観的に自分を見る練習しなきゃなね。
俺は沢山愛情を注いで、祥香の中身は満たしてあげられるけど、自分に自信を持てるかどうかは、本人次第だから。
何枚か城壁前で写真を撮って、それから公園の中に移動する。
駅前の美容院で着付けをして貰って、着替えはそのまま預かって貰っているらしいから、あんまり時間は掛けられない。
前もって間宮とキリカちゃんが、撮影場所を決めていたので、移動はスムーズだった。
この子たちはこういうイベントに慣れている。
戦国ブームのせいか、公園の中には他にも同じようなコスプレをして、写真撮影をしている集団があった。
観光客やら、散歩中の家族連れから、ジロジロ見られたり、手を振られたりしても、動じることなく応えている。
祥香がここにいたら、まず間違いなく俯いて隠れようとするだろう。
このメンツだと、祥香は俺の傍に来るはずだから、人の視線を感じる度に俺の後ろにくっついて来たかもしれない。
わーあ、惜しい事した・・
身勝手な妄想でへこめる位、俺は祥香に参っている。
「ひのとちゃーん、次のポージングなんですがー」
「さっきの手裏剣持って撮ろうよ、次回予告のやつで」
「芹沢さん分かってますね!」
「あれはもうテッパンでしょ?」
「はいな!昨日夜なべして作った手裏剣はこちらに!」
「うーわ。すっげ本格的、スプレー?」
「彼氏のガンプラのカラーリング用のやつを拝借しましたっ」
「あー、お前の彼もオタクだもんな」
「今日は単独イベ参戦中でっす!」
芝生の上に集まって談義を始めた女の子たちの中心が、いつの間にか芹沢になっている。
これも毎度おなじみのパターンだ。
さっきまで、キャラの組み合わせが、とかブツブツ言ってたのに、その問題は解決したらしい。
間宮達の集まりは、誰が似合うか、ではなく、誰が好きか、でなりきるキャラクターを決めているとか。
芹沢は、本人の容姿も踏まえた上でキャラクターを決めたい派なんだそうな。
奥の深い世界だねぇ・・
結論が出るまで暇になった俺は、カメラを構えてぐるりと周囲を見回した。
レジャーシートを広げて楽しそうに話し込んでいる家族連れや、世界遺産の城をバックに記念撮影中のカップル。
その向こうには、テントがいくつか張られていて、雑貨の販売やら、軽食の販売が行われている。
展示会が終わって、やっと迎えた平和な休日だ。
そういや今日は皆袴なんだよな、一人くらい着物の子がいてもいいのに・・
ちょうど、奥のテントからレトロ柄の着物姿の店員が出てきた。
そうそう、あーいう町娘風のさぁ・・
手を上げて呼んでいるテーブルへ笑顔で歩いていく。
その横顔をファインダー越しに眺めて、俺は瞠目した。
「え?あれ?」
俺の身勝手な妄想で無ければ、たぶん、間違いなく祥香だ。
目を閉じてもう一度確かめる。
黒髪を編み上げて後ろで纏めたその姿は、どこをどう見てもやっぱり祥香だった。
え?なんで?
とうとう俺の願望が現実に?
綺麗な項が日にさらされて悔しい位見惚れてしまう。
慣れた仕草で注文を承った祥香が、丁寧にお辞儀した。
着物もよく似合っている。
もっと開けっぴろげにいうと、とにかくめちゃくちゃ可愛い。
なんでここにいるの?友達とデートは?
え、もしかしてバイトしてんの?
俺の部屋出て行くために?
俺に嘘ついて?
いや、あの子はそんな事しない。
関わった時間は短くても、わかる。
祥香は上手に嘘が吐けないタイプだ。
テントの方へ戻って行った祥香に、作務衣を着た男が何か話し掛けた。
首を傾げて祥香が近づいていく。
え、なんなの距離近すぎないか?
祥香もうちょっと警戒心持ってよ!
俺の苛立ちが通じたのか、男がこちらの方を指差差した。
派手な袴姿の集団が気になったらしい。
祥香が示された方へ顔を巡らせて、俺に気づいた。
わあ、目ぇまん丸になってる。
すっげびっくりした顔だ。
その顔は初めて見た。
ヒラヒラ手を振った俺にふにゃっと表情を緩めて、怪訝な顔をしている隣の男に何かを言って、傍を離れた。
俺はカメラ片手に祥香の方へ歩いていく。
着物の歩幅じゃ、圧倒的に俺の歩く速度のほうが早くて、すぐに祥香の前にたどり着いた。
急ぎ足になってたしね。
「平良さん!」
祥香がいつもより大きな声で俺の事を呼んだ。
「こんなとこで何してんの?祥香も着物で写真撮りたくなった?」
こんなとこでばったり会っちゃうなんて、もう運命と思っていいかな?
示し合わせたみたいに、着物だし。
フリルの着いたレトロな白いエプロンの裾を握りしめて、祥香が俺を見上げた。
すぐにでもカメラを構えたくなるけど、やめておく。
何かを通して視線を合わせるのが勿体ない。
勿体ない、って祥香の口癖がうつって来てる・・そんな事も嬉しい。
「ち、違います!これは、友達の家の制服で、えっと、元バイト先で・・人が足りなくて」
焦った祥香がしどろもどろに言葉を紡ぐ。
脈絡のない単語を脳内で並べ替えながら、祥香の肩を優しく撫でた。
「急がなくていいよ、ゆっくりゆっくり。こんなとこで会うと思わなかったから、びっくりしたね。
お友達はどうしたの?」
「あの、そこのお店が、友達のお家がやってる喫茶で、私も学生時代バイトしてたんです。
普通に遊びに行かせて貰ったんですけど、おばさんと、バイトさんが急にお店に出れなくなっちゃって・・鹿ノ子は妊娠中だし、無理させられないから、代わりに・・あ、鹿ノ子は私の友達で、お店の一人娘なんです」
「ああ、それでその格好か、うん、納得した。よかったー」
「何が良かったんですか?」
「俺の勝手な不安が外れて」
うん、やっぱり、祥香は祥香だ。
謎が解けてホッとした俺の後ろから、複数の足音が近づいてきた。
「誰をナンパしてんのかと思ったら、今井ちゃん!?どうしたの」
「えええさっちゃん!?ぎゃあー可愛い!!メイドさんー!!
ようこそこっち側へ!なにーコス好きならゆってよー!衣装貸したのに!
でも、その着物もすっごく可愛い!やっぱり黒髪には着物、テッパン!
あ、ちなみに私も今日はほらー見てー黒髪ポニテですよん!」
「ナナミーヌのお友達様ですかー?わーメイドさん!」
「彼女もお仲間かしら?」
「綺麗な黒髪ですねーお名前をお聞きしても?」
一気に5人から話しかけられて、祥香が硬直している。
間宮のラメ入りの青紫の袴と、それぞれが手にした刀やら手裏剣に目が釘付けだ。
こういう集団に間近で遭遇するのは初めてだろうし、耐性がない祥香が狼狽えるのも無理はない。
視線を彷徨わせた祥香が、救いを求めるように俺を見た。
うんうん、そうだよね、この場できみが頼りにするのは俺に決まってるよねぇ。
ちょっと得意げになってもいいかな?いいよね?
「はいはい、絡まないでーこの子は本物のメイドさんですよ」
祥香と5人の間に壁のごとく立ちはだかって、背中に祥香を隠してしまう。
「ええええ!?」
「どういうこと?バイトしてんの?今井ちゃん」
「そこの喫茶が祥香の友達のお店なんだって、今日は臨時でお手伝い中、だよね?」
振り向いたら、祥香がはい、と頷いた。
「すごい!運命!まさに!もう、さっちゃんも一緒に写真撮ろうよ」
「それをお前が言うな、間宮」
運命は俺が言うセリフでしょうが、っとに。
「ええっいえ、いまは仕事中なので、ちょっと・・」
「じゃあ、そこの喫茶でお茶しよう!ね、雰囲気の良いテーブル席もあるし!」
間宮が鼻息荒く皆を振り返る。
「いいわよね、そうしましょう」
「ぜひぜひ」
「大賛成ですー」
「今井ちゃん、着物似合うね」
しみじみと芹沢が俺より先に祥香を褒めた。
それも俺が言うセリフだから!
「あ、ありがとうございます・・じゃあ、お席にご案内しますね、どうぞ」
えええ待ってよ、祥香、何はにかんで芹沢の事見てんの?
しまった、もっと先に言うべきだった!
先導して歩いていく祥香に続いて、ぞろぞろと派手な集団が喫茶スペースに入っていく。
金髪、黒髪、赤、青、黄色の袴に引かれて、ティータイムを楽しんでいる先客たちが、俺たちの事を物珍し気な表情で見ている。
祥香に案内されたのは、白い丸テーブルを二つ並べた席だった。
「さっちゃん、写真撮る時に、このテーブル一つ動かしても大丈夫?」
「はい、平気だと思います。観光客の方もよく写真撮られてますから、他のお客様のご迷惑にならない範囲でお願いします」
「了解でーす!じゃあ、インスタ映えしそうなメニューをいくつか・・お勧めはある?」
早速間宮が、祥香の隣にべったりくっついて、メニューを覗き込んでいる。
それはわざとなの?ねえ、間宮。
「人気はお抹茶と和菓子のセットで、他には、みたらし団子とほうじ茶のセット、一口サイズのおはぎの盛り合わせも人気ですよ」
「せっかくなら、一通り頼みましょうよ」
「姉さま、それ名案です!」
「人数もいるし、写真撮ってから皆で摘まめばいいですよね」
袴姿の3人の意見を聞いて、間宮がじゃあ、それ一つずつ下さいな、と言った。
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