第13話 とびきりの変化は、動揺

「今井ちゃんどんなお菓子が好き?」


「平良さんはお菓子食べますか?」


反則と知りながら質問に質問で返す。


「つまみになるようなものなら食べるよー。でも、スナック菓子ガッツリとかは食べないなー。

ナッツとかが多いかも、今井ちゃんは?」


投げ返されたボールを掌で感じながら、ドリンクコーナーを素通りして、お菓子コーナーに向かう。


「ここに来たらいっつも食べたことないお菓子探すことにしてるんです。大抵甘いクッキーとかチョコレートですけど、たまには珍しいスナック菓子も買いますよ。地元のニコハチには、メジャーなお菓子しか置いてないから」


「ニコハチって地下鉄降りてすぐにある薬局と同じ敷地のスーパー?」


「はい、そうです。知ってますか?」


「買い物行ったことは無いけど、知ってるよ。へーあの辺に買い物行くんだ、安いの?」


「あの辺りじゃ一番安いし、タイムセールなんて戦争ですよ。私も定時で上がれたら挑んでます」


「へー・・しっかりしてるねぇ」


「必要に駆られて、ですけどね」


大学進学と同時に家を出て、掛け持ちのバイトをしながら培った生活力は、今、物凄く役立っている。


「だから、こんなお店でお菓子買うなんて、私にはすっごい贅沢なんで、選ぶのにすごーく時間が掛かるんです。お待たせするの申し訳ないんで、平良さんも好きなもの見て来て貰って大丈夫ですよ?お店そんな広くないし、後で探しに」


迷子になる事もないだろうし、ここは別行動が無難だ。


だっていつも尋常じゃない位棚の前を行ったり来たりするから。


一つだけ、と決めているので最後まで悩んでしまうのだ。


興味があるならまだしも、興味の無い人間には苦痛でしかないと思ったのに、平良さんは私の横で早くもパッケージが派手なグミを手に取った。


「わーこれ見てよ、日本じゃ有り得ない色だ」


「海外のグミって大抵原色なんですよね」


「すげーな-。あ、ミントもいっぱいある。俺も好きに見てるから、今井ちゃんもゆっくり選んでいいよ。飽きたら適当に見て回るし」


カラフルな缶に入ったミントタブレットを物色し始めた平良さんの提案に、ここは素直に従う事にする。


それにしても何でこんな楽しそうなの?


オリーブオイルのポテトチップスや、可愛い型抜きクッキーを手に取ってはあれこれコメントを述べてくる。


「レーズンケーキだって、こんなのは?」


「ありがとうございます。でも、私ドライフルーツあんまり好きじゃないんです。すみません。」


「そうなんだ、じゃあ、クッキーとかに入ってるのもダメなんだねー」


「生地に色々入ってるのが得意じゃなくて、バターたっぷりのシンプルなのが好きです。カロリー気になるんですけどねー」


「気にしなくていいよ!今井ちゃんもあれ?趣味ダイエットの人?」


びっくりするくらい熱く否定された。


「いえ、してないです・・」


「しなくていいからね!」


またしても全力で返される。


平良さんのスイッチが分かんないよ・・


しても続かないし無駄なんで、諦めてるんです、と心で付け加えた。


「あ、はい」


「何で今の子って皆口を開けばダイエットって言うんだろ。女の子は柔らかいのがいいのに」


「それは、やっぱり彼氏とか好きな相手にちょっとでも良く見られたいからでしょう。痩せてる方が何着ても可愛いですし、華奢な子程守ってあげたくなりませんか?」


「そんな事ないよ。そもそも華奢で痩せてない女の子が可愛いくないって選り好みするような男は駄目だよ。俺は、全然そんな事ないからね!」


そんな強調されても困るのに、こちらをじっと見てくるので、何度も肯く羽目になった。


そっか、超スタンダードなフェミニストなんだ、この人。


女子は女子であるだけで可愛いって刷り込まれてるタイプだ。


姉や妹がいると、自然と女の子に優しくなるっていうけど、その典型だと思う。


今の言葉は、私をはじめ全国の女の子の心に響きましたよ、平良さん。


「平良さんの好みの体型は知りませんけど、黒髪で控えめな見た目の女性がタイプだって事は知ってます」


宗方さんと芹沢さんから散々言われたから覚えてしまった。


ふと思い出したので投げてみたら、いきなり平良さんが肩を撥ねさせた。


「!!え、あ、うん。でもだからってそれだけで好きになるわけじゃないし、ちゃんと中身も込みで好きになるからね」


「太ってても痩せてても関係ないんですか?」


「関係ないよ!」


マイクに向かって決意表明でもするように宣言されてしまった。


興味本位で尋ねただけなのに。


「それ、いつも会いに来る女子社員の皆さんに聞かせたら、狂喜乱舞でしょうね」


「・・別に喜ばせる為に言ってるんじゃないから、伝えたい人にだけ、伝わればいいよって話だよ・・それと、それで悩んでるの?」


何故か肩を落とした隣に来た平良さんが、手元を覗き込んでくる。


私も同じ熱さでそうですよね!と拳でも握れば良かったのかもしれないが、どう考えても説得力に欠ける。


見た目十人並みはともかくとして、私にはこれがあります!と胸を張れる何かを持ってるわけじゃない。


「はい、いつも一つだけって決めているので」


ハニービスケットとカップケーキを手に迷っていた私は、頷いて最終決定を下すべくもう一度商品を眺めた。


と、平良さんの手がそれを二つとも取って棚に戻してしまった。


「じゃあ、ちょっとインターバルにしよ。先にみんなのリクエスト探しに行こう。その間に気分が変わるかもしれないから」


「そうですね、そうします。平良さんの好きな銘柄も覚えないと」


今度こそ本来の目的地であるドリンクコーナーへ向かって、メモを見ながら紅茶のパックとドリップコーヒーを平良さんの持つカゴに入れていく。


隣からメモを見た平良さんが、粉末ドリンクの棚を見た。


「平良さん、粉末ものって重たいので最後にしましょう。先に反対のミルクとシュガー見に行きますね」


「へーいっつもそやって買い物してんの?」


「はい、牛乳とかは最後ですよー」


軽いものを先に選んで、最後にもう一度店内を回って、重たい商品を回収しつつ買い忘れのチェックをするのが常だ。


「工夫してんだね。でも、今日は俺がいるからいいよ、行ったり来たり面倒だろ?」


「カゴ重たくなりますけど平気ですか?」


「平気平気。その為の荷物持ちですから。どれ買うのか教えてー」


週末の買い出しで、ご夫婦を見る度羨ましい気持ちになっていたけど、まさかここで同じ経験をすると思わなかった。


平良さんの容姿は忘れる、忘れる!今日は荷物持ち!


「じゃあお願いします。レモネードと、抹茶ミルク、チャイ」


「そんな取り揃えてんの?」


次々袋をカゴに入れる私に、平良さんが驚きの声を上げる。


「抹茶ミルクは間宮さんと課長がよく飲んでますよ。レモネードは宗方さんが、橘さんによく飲ませてます、チャイは私が好きなんです」


「チャイってことは今井ちゃんシナモン好き?」


「はい!何にでもかけちゃいます」


カフェオレにもミルクティーは勿論、トーストやヨーグルトにも。


常にキッチンにはストックがある。


「そっかそっか。うん、覚えとくね」


「ありがとうございます。平良さんの好きなものも教えて貰わないと。いつもコーヒーはブラックですよね?」


机に置かれているのは大抵が無糖のコーヒーだ。


「うん、覚えてくれてたんだねー。こないだくれたやつも美味しかったよ、嬉しかった。ありがとねー」


「いつも違うの飲まれてたんで、あれで良かったか不安だったんですけど」


「俺ねぇ、全然こだわりなくてさ。新しいもの見つけると片っ端から試したくなるんだよねー。これだってのを発見するまでは・・今井ちゃんがくれたやつ気に入ったから、最近はそればっかりだよ」


新発売と銘打ってあったので目新しいのが良いかと選んだけど、ヒットだったらしい。


「美味しかったなら良かったです。私、無糖コーヒーは飲まないので」


「コーヒーはミルクも砂糖も入れる子なの?」


「はい、でも、コーヒーより紅茶の方が多いです」


「なるほどねー、うん。やっぱり俺、来て良かったな」


満足げに頷いた平良さんに、私も頷いた。


「はい、おかげで助かってます」


誰かとこんな風に買い物するのは久しぶりで、素直に楽しいと思えた。


柔らかく微笑んだ平良さんが、じっと私の顔を見つめる。


「あの、なにか?」


「ううん、何でも無いよ。俺も自分用のコーヒー選ぼう」


ドリップコーヒーの棚を見ながら、平良さんが手招きする。


「今井ちゃん、どのパッケージに惹かれる?」


「え?私が選ぶんですか?」


「だって試飲出来ないし、直感でいーよ」


さあどうぞ、と促されて前に出る。


ずらりと並ぶ商品を上からざっと見ていく。


豆の原産地なんて見ても分からないので、純粋に第一印象だけで選ぶしかない。


2段目に差し掛かった所で、エメラルドグリーンのパッケージを見つけた。


「これ、ちょっと気になります」


「どれー?へー見たこと無いやつだね、こういう色合い好き?」


「緑色が好きなんです」


部屋のファブリック類は、どれもナチュラルな緑で統一しているし。


私の返事に、そっかそっかと答えて、平良さんがコーヒーをカゴに入れた。


「美味しくなくても私のせいにしないで下さいね?」


「しないよー。最初の一杯は一緒に飲もうね。ミルクも砂糖もたっぷり入れてあげるから」


「わ、なんかそれ有難いけど、ドキドキしますね」


文句は言わないけど、美味しくなっても飲んでねってことだもん。


「あはは、不味かったら罰ゲームになるけどね。今井ちゃんコーヒーの好みは?砂糖多めとか、こだわりあるのー?」


「ミルクたっぷり入れます。マイルドな味が好きみたいです。砂糖は1個ですよー」


「カフェオレの方が良く飲むの?」


「そうですね、普通のコーヒーよりはカフェオレの方が断然飲んでます。でも、私、家にコーヒーないんです。たまに飲みたいときにその都度買う程度です」


「ほんとに紅茶派なんだなー。よし、じゃあ残りのものを買いに行こう」


「はい、後はスティックシュガーと、ミルクです」

 

「了解。今井ちゃんのお菓子も決めなきゃね」


率先して歩き出した平良さんが、振り返って笑う。


「あ、はい!」


こんなに話しやすい人初めてだ。


一度も空気が重たくならないし、緊張もしない。


話し上手の聞き上手。


ほんとに、相手を心地よくさせるコミュニケーション能力抜群だ。


私はフワフワした気持ちのまま、急いで平良さんを追いかけた。

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