第14話 とびきりの変化は、絶妙
俺の質問に、あの子が答えて、また質問が返ってきて。
そんな当たり前のやり取りがこんなに嬉しいなんて、もう俺初恋やり直してんじゃないかなぁ。
今井ちゃんは宣言通り、俺のアプローチは全てスルーで、俺の言った言葉の伊美なんて何にも考えてなくて。
そりゃあね。多少は凹むよ凹みますよ?
こっんなちょっかい掛けて、どこにも引っかからない子なんて初めてだし。
でも、それ以上に喜びの方が大きい。めちゃくちゃ大きい。
多分、前のままの関係なら、今井ちゃんはあんなに色々自分の事を話してくれなかったと思うし。
あれさ、俺のこと格好いいって言ってくれたの嘘じゃないよな?
女の子の口から聞き慣れた言葉だけど、めちゃくちゃ特別に聞こえた。
ちょっと本気で照れちゃうくらいに。
あの子の一言でもう、2徹位できそうなパワーが湧いてきたもんな。
エメラルドグリーンの色味に惹かれて今井ちゃんがコーヒー選んでくれた後、もう一度お菓子のコーナーへ戻って、悩みに悩んで今井ちゃんはハニービスケットを残した。
よほど選ぶのが難しかったのか、俺が真横でじっと顔を見ていることにも気づかない集中ぶりだった。
そんな欲しいなら、二つとも買ったげようか?と言おうかと思ったけど、やめた。
今井ちゃんが気を遣うこと必須だと思ったから。
あの子が残したアイテムは即座に記憶した。
そのうちさりげなーくプレゼントしよう。
その他にもこのわずかな買い物で、俺は真っさらだった今井祥香の情報を大量に仕入れる事が出来た。
大学から独り暮らししてること、生活能力が高くてやっぱりしっかりしてること、コーヒーより紅茶派で、色は緑が好き。
買い物はいいよな、どんな風に物を選ぶのかで沢山の事が分かる。
今井ちゃんは予想通り慎重派だ。
パソコン触る時もそうだけど、見たこと無い物に対してはさらに慎重になる。
朝はあんまり得意じゃなくて、時々目覚まし時計より早く起きれると、一日機嫌良く過ごせる。
終始今井ちゃんは穏やかで、楽しそうにしていた。
俺の方を見て何度も笑ってくれたし、絶対今までの中で一番自然なふたりだった。
あのスーパーに入った瞬間からずーっと鬱陶しい視線を感じてたけど、それすら気にならない位、俺はずっと楽しかった。
今井ちゃんが、一度だけ驚いた顔をしたのはあの時だ。
レジで会計を済ませて、カゴの中身を持ってきたエコバッグ2個に詰め始めた時だ。
ここ何年もスーパーでまともに買い物したことの無い俺は、今井ちゃんの横に突っ立って邪魔にならないように見守っていた。
あの子の手際よさと来たら半端なくて、重たい荷物からサクサク袋に入れて行っちゃうんだよ。
でも、そこで気づいた。
「今井ちゃん、何で両方に同じように入れてるの?」
重さが均等になるように分けながら入れていく今井ちゃんが、手を止めずに答えた。
「え?だって平等に」
きっと普段からそうして買い物に行ってるんだろう、ひとりで。
明らかに男を連れて買い物したことのある子の対応じゃない。
それがもう、ものすごい嬉しかった。
「なんで?俺、荷物持ちに来たんだよ。はい、重たいこれもこれも、こっちに入れて、したら俺が持つから」
横から手を伸ばして勝手に荷物を入れ替える。
今井ちゃんは目を丸くして、俺の顔を凝視した。
「でも、平良さんばっかり重たい」
「重たいから俺が持つんでしょ?こういう時はお願いします、でいーんだよ。ほら、帰ろ」
紅茶とコーヒーのパック、ポーションタイプのミルクとスティックシュガーを入れた袋を差し出す。
そもそも男連れで来てんのに、女の子が荷物持つ理由が分かんないよ?
「・・ありがとうございます・・お願いします」
両手で袋を受け取った今井ちゃんの顔が赤くなってて、それがまた可愛かった。
「いいえ、どういたしまして。
帰ったらコーヒー飲もうね」
「ポットのお湯残ってますかね?今日どなたかがカップ麺食べてた気がするんですけど」
「げ、面倒だな。間宮にお湯補充しろってメールしとこう」
「ええー申し訳ないですよ」
「いーよいーよ、だってあいつのリクエストも入ってんだし」
取り出したスマホを操作しながら、俺は緩む顔を抑えきれなかった。
今も思い出すたびニヤニヤする。
今井ちゃんが選んでくれたコーヒーは、酸味が強くて好みとしてはイマイチだった。
同じく、砂糖一本とミルクたっぷりで仕上げた今井ちゃん用のも、あんまりだったらしい。
一口飲んで、不味いと言い出せずに微妙な顔になった今井ちゃんの表情も初めて見るもので、なんかもう何もかも楽しかった。
「あはは、すんごい我慢してるけど、美味しくないでしょ?」
「すいません。見た目で選んじゃ駄目でしたね」
頼まれて選んだだけなのに、しょんぼりして謝るんだ。
全然気にすることないのに。
むしろ俺としては色んな顔が見られて嬉しいよ。
ほんと真面目で律儀な子だなぁ。
見た目と中身がチグハグな女の子も多いけど、彼女は見た目そのままの中身。
「俺が選んでって言ったんだから、今井ちゃんのせいじゃないよー。酸味強いな、無理して飲まなくていーよ」
話題作りになるかなと思って、今井ちゃんの分もコーヒーを入れただけだから、本気で無理させるつもりは無かった。
紅茶派の今井ちゃんが美味しいって喜んでくれるコーヒー探すのもなんか楽しそうだ。
俺はもう上機嫌だった。
間宮がまさかのスマホ不携帯で、ポットのお湯がすっからかんだったおかげで、俺は今井ちゃんを連れて各階に設置されている給湯室に向かった。
ウォーターサーバーや大型ポットが置かれているそこで、仲良く話しながらコーヒーを二つ入れた。
狭い給湯室でふたりきりでいると、まるで自分の部屋に今井ちゃんを招いたような気分になった。
ドリップコーヒーがカップに落ちる時間がもっと長ければと思った位だ。
俺の提案に、今井ちゃんがぶんぶん首を横に振った。
「・・え!駄目ですよ、勿体ない!飲みます」
「美味しくないの我慢することないよ」
「捨てるのは駄目です」
そういう風に育てられたんだろうなぁ。
マグカップを守るみたいに握った彼女の真剣な表情に、胸の奥がぎゅううっと苦しくなった。
なんていうかほんとに“ちゃんとした“女の子だ。
「じゃあ俺飲もっか」
打開策を提案したのは、ほんとに無意識だった。
捨てるのは勿体ない今井ちゃんと、無理に飲ませたくない俺の意見のちょうど真ん中を取ったつもりだった。
ポカンとした今井ちゃんの手からマグカップを抜き取って、一口飲む。
わーほんとにミルク多めだ、けど、どこかぼんやりした味になっている。
うん、こりゃ美味しくないわ。
ミルクと砂糖の入ったコーヒーなんて飲むのいつ以来だろ?
かなり久しぶりだ。
「やっぱりやめといて正確だね」
目の前で固まってる今井ちゃんに感想を述べる。
「っ、ぁ、はい」
思いっきり目をそらされた。
「緑好きって言ってたもんな、このマグカップも今井ちゃんらしい」
白地に青緑の大きな水玉が散りばめられたマグカップ。
ピンクや赤も可愛いけど、彼女のイメージはやっぱり青や緑の涼やかな色味だ。
エメラルドはちょっときついから、ペリドット とかが似合うかなー?
「た、平良さんっ」
「んー?」
「ミルクも砂糖も、は、入ってますけどっ」
もう半分位飲んじゃったし。
決して好きな味じゃないのに、飲むのが全然苦痛じゃない。
なんかもう、この子が口にしたコーヒーの味が気になって、ミルクの量とか、甘さとか、とにかくなんでも知りたい。
俺の中に輪郭しか存在してない今井祥香の中身を埋めたくて、補完したくて、堪らない。
元々男には狩猟本能が備わってるって言うけど、それを初めて意識した。
俺が触ったらどんな反応見せてくれるの?
軽い気持ちで手を伸ばすのは簡単だけど、その瞬間色んなものが総崩れになるのは目に見えてる。
俺に対する信頼とか、印象とか。
俺の中にある理性とか。
今更な質問が可愛くて、動揺しまくる彼女にわざと視線を合わせた。
今井ちゃんが息を飲む。
あ、今度は逸らさないんだ。
「うん、甘いね」
じんわり染まっていく頬を押さえて、今井ちゃんがどうしようと視線を彷徨わせる。
思春期の子供じゃあるまいし、間接キスでちょっとにやけそうになる自分にびっくりして、アワアワする今井ちゃんが可愛くて、やっぱり俺はずっと楽しかった。
俺の事を凝視して、置物みたいに固まった今井ちゃんが逃げ出せばいいんだと気づいちゃう前に、マグカップを空にした。
「ごちそうさまでした」
色んな意味で味はともかく物凄い美味しいコーヒーでした。
「っ!はいっ」
我に返った今井ちゃんが俺の手からマグカップを取り返す。
流しにそれを置いて、スポンジを泡立てながらちらりとこちらを見返した、その目元がまだ赤い。
「あのっ私これ洗ってから戻るのでっ、平良さん先に帰ってくださいっ」
彼女の心を揺さぶった事実が、未だ続いているその余韻が、胸で燻る気持ちに拍車をかける。
もっともっと色んな顔見せて、俺のこと意識してよ。
「じゃあ、そうするねー。今井ちゃん、赤くさせちゃってごめんね?」
「か、からかわないでくださいっ!」
「からかってないよー、それじゃお先に」
心から、誓って俺の本心だよ。
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