第12話 とびきりの変化は、微妙

晴天の長閑な午後は、気分も晴れやかになる。


いつもは夜干しの洗濯物を、早起きついでに朝干して正解だった。


寝起きに洗濯機を回した自分の行動に改めて拍手。


「いっつもドリンクの買い出し一人で行ってるの?」


隣を歩く平良さんからの質問で、ぼんやり見上げていた青空から、視線を隣の華やかイケメンに戻した。


うん、あの妙な緊張感はもうない。


「はい、でもそんなに遠くないんで大丈夫です。あ、でも、来て下さってありがとうございます」


あの優しさが数多の女子にも向けられていると知ってから、身構える事も無くなったし、ちゃんと話せるようになった。


瓶モノはないといえ、これから結構な量を買い込むので、助っ人は大助かりだ。


素直にそれを言えた自分にほっとする。


各階の給湯室にも電気ポットはあるけど、若干場所が遠いので、数年前に誰かが持ち込んだ電気ポットがフロアでは大活躍している。


社員は深夜残業や休日出勤もあるので、カップ麺をほぼ全員がストックしているとか。


フロアメンバーは意外とこだわりの強い人が多く、平等に全員のリクエストを聞こうと思ったら、近くの大型スーパーに買い出しに行く必要があった。


紅茶のメーカー、ドリップコーヒーの商品名その他諸々が書かれたメモを手に買い物に行くのももう慣れた。


気分転換になるし、庶務の仕事は日がな一日忙しい事は稀なので、自分の好きなタイミングで出掛けられるのも有難い。


輸入食品が多数取り揃えてあるスーパーは、自分用の珍しいストック菓子を探すことも出来るし、一石二鳥だ。


本日もエコバッグ片手に、リクエストを承って、買い出し行って来まーす!とフロアを出たら、平良さんが、荷物持ちするよーと追いかけて来た。


ついでに俺も好きなやつ探すから、覚えてね、と微笑まれて、こうして並んでスーパーに向かっている。


「なんか、今日の今井ちゃんご機嫌だねー」


「え?分かります?」


「うん、分かるよー。良いことあった?」


平良さんにまで伝わるウキウキ具合だったのか。


ここ最近で一番朝の行動がスムーズで無駄が無かったおかげだ。


「大したことじゃないんですけど、朝、目覚ましより早く起きれて、外見たらすっごいいいお天気で、出勤前に洗濯物干して来れたんです!」


「あー、それ分かる。俺も長いことウィークリーマンション住まいだったから、たまーに布団干せると嬉しくなるよね。あれ、今井ちゃん実家じゃないの?」


「はい、私、独り暮らしなんです。だから、お天気微妙だと室内干しにするしかなくて」


「そっか、俺は面倒だから、乾燥まで一気にやっちゃうなー」


「ええー!平良さんのお家ドラム式とかですか?」


「うん、そうだよー独り暮らしのくせにファミリータイプの洗濯機使ってる」


「羨ましいです!私なんて大学の頃から使ってる縦型ですよー。毛布とかは絶対洗えないからコインランドリーですし。平良さんて、家電好きとかですか?」


「ううん、パソコンには興味あるけど、家電はサッパリ」


「へー・・」


家電サッパリのイケメンが家にドラム式洗濯乾燥機を置く理由って。


あー!!!彼女か!!!同棲か!!!


「なに、なんか閃いた?」


「え、いえ・・」


他人のプライベートに首突っ込む趣味はないし、そりゃ平良さん位のイケメンだったら、彼女の一人や二人いるでしょう、ふーん。


「ドラム式はね、嫁いだ姉貴が買ったんだけど、サイズ測らずに選んだらしくて、廊下通んなくてさー。俺の部屋は玄関入ってすぐに脱衣所あるから、余裕で置けるから譲って貰ったんだよ」


「へーそうなんですか。でも、お姉さんショックだったでしょうね、新居に入らないなんて」


丁寧に説明してくれた平良さんに申し訳なさが募る。なんか早とちりしてごめんなさい。


そっか、お姉さんいるのかーだから女の扱い上手いのね・・


「浮かれて電気屋行って気分でチョイスすりゃあそーなるよね。自業自得だよ。昔から勢いで突っ込んで痛い目見てるのに治らないんだよねぇ、あの姉貴を引き受けるなんて義兄さんすげーなと思うもん。今井ちゃんは?兄弟いるのー? 」


女性全般に優しい彼も身内には結構辛口なんだ。


なんか意外・・いや、これが普通かな?うちもそうだしな。


「はい、弟が一人います。あ、平良さんと同じですね」


「ほんとだねー。うん、なんか今井ちゃんは長女っぽいよ、しっかりしてる」


「え、本当ですか?じゃあそのイメージ潰さないように頑張りますね。あ、見えてきました、あのビルの1階に入ってるスーパーです」


こんな風に自分の事を平良さんに話したりする自分に驚く。


私の説明に、平良さんがビルの方を見て、あ、見たことあるわーと言った。


「なんか雑貨屋ぽいなーとは思ったけど、そっかーお洒落なスーパーだったのかー」


陳列棚を一緒に見て回りながら、平良さんが興味深そうにアンチョビの瓶を手に取った。


輸入食品が半分程を占める店内は、ディスプレイも凝ってあって、陳列棚もよく見るスチール棚ではなく木製のお洒落なものを使っていて、見て回るだけでも楽しい。


それにしても、やっぱり格好いい人ってこういうお洒落なお店にしっくりハマる。


さっきから女性の買い物客の皆様がチラチラこちらを見ているけれど、そんな視線すら気付いていないのか、気にしていないのか、彼の足取りは変わらない。


カゴ持つよーと言われてお願いしてしまったけれど、良かったのかな?なんか、もう他のお客さんから睨まれてる気がしてしょーがない。


なんであんたみたいな地味女が手ぶらなのよ!という非難が今にも聞こえて来そうだ。


「平良さんも充分お洒落で格好いいですよ」


なんかもう私なんかが添え物ですみません。


「え!?ほんと?・・ありがとう」


ちょっと迷ってから控えめにお礼を言うところが更にポイント高いなーこの人。


そんな事無いよ、とか言ったら逆に嫌みだもん、間違いなく。


私とは職場以上に関わりのイケメンだと割り切れば気分は楽だけれど、こういう風に並ぶとちょくちょく平良さんの格好良さを実感する。


何気ない仕草が格好いいのは、もう美男美女の特権だ。


「アンチョビ好きなんですか?そんなのに目が行くなんて、料理する人っぽいですね」


「昔ねー学生の頃カフェで長くバイトしてて、やれって言われたらやるよー。まー最近は面倒くさいから、外食かコンビニばっかだけど」


「わー・・」


「なに?」


「お店すごい繁盛したでしょうね」


こんなイケメンが店員だったら、毎日女の子が殺到するに違いない。


「今井ちゃんが思ってるようなカフェじゃないよ?コーヒーはめちゃくちゃ美味かったけど、店長と奥さんがやってる小さい店だから、気になるなら今度連れてったげよっか?」


「機会があればぜひ。ドリンク類は向こうの棚なんで、こっち見てて貰ってもいいですよ?」


アンチョビを棚に戻した平良さんが、次にクラムチャウダーの缶を手に取った。


そして視線はさらに隣のパスタ類に向かっている。


私も最初に来たときはそうだった。


お上りさん丸出しの物色に、少しだけ親近感が湧く。


こういうお店でしょっちゅう買い物してます、とか言われたら納得だけど、さらに距離が出来そうだ。


「ごめんね、行くよー。俺が好きで追いかけて来たのにほっとかないよ」


「・・・・あ、はい」


なんでまるでデートでもしてるみたいな言い方するかな・・いや、これが彼の標準装備だ。


「じゃなくて、私も自分用のお菓子見たいんで、平良さんも好きなもの見て貰って大丈夫ですよ。言葉足らずですみません」


「足りなくないよー。お菓子?なんだ、ケーキ以外のものも好きなんだ」

 

眉を上げた彼の反応が分からずに、とりあえず頷いた。


お菓子嫌いな女子の方が少ないと思うけどな・・・・・


「え?はい・・あ!あの時はごめんなさい!」


違う!飲み会の帰りのコンビニだ!!!


私のしまった!という顔を見た平良さんが、ちょっとだけ意地悪な顔で微笑んだ。


こういうのを微笑みの爆弾ていうのだきっと。


不意打ちで食らったら片思いへ一気に急降下だった。 


良かった、耐性が出来てて・・・・


ほっと胸をなでおろした。


イケメンの無自覚オーラに呑まれてはいけない。


心を強く持たなくては、平凡女子は丸呑みされてしまうのだから。


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