第17話 とびきりの変化は、嫉妬
混雑する狭い店内の細い通路を器用に通って、顰め面の芹沢が祥香たちのテーブルに顔を出した。
本日はフロアの飲み会だ。
「間宮ーお前は飲みすぎ」
「ええーまだ飲めますぅー元は取らないとー!イチゴ王子様カクテル持ってこーい!」
「んなもん無いわ!」
「嘘でしょーあるからー!芹沢さんの馬鹿-!プリンスゥウウ!」
「分かったから、引っ張るな、押すなー!」
飲み会の雰囲気はもう慣れたつもりだけれど、今日は間宮が異様に酔っていてさっきから祥香は身動きが取れなくなっていた。
芹沢の後を追ってやって来た平良が、祥香の顔を覗き込む。
「わー間宮出来上がってんなー。今井ちゃんは大丈夫?飲まされて」
「はい!大丈夫です!」
「うん、酔ってるね・・顔赤い。何飲んだの?」
「ビールと柚子サワーと、ハイボール?間宮さんが色々注文されるんで、一緒に」
「気分悪くない?」
「はい!大丈夫です!お水も飲んだので」
間宮に飲もうよ!と言われれば断るわけにも行かないので、いつもより飲んだ気はするけれど、それほど酔いは感じていない。
酔っぱらって迷惑をかけるわけにはいかないと気を張っているせいだろう。
「そっか。もー間宮の近くに置いとくの駄目だなー。今日は橘いないしなー」
へべれけの表情で擦り寄ってくる間宮を、芹沢の方に押し付けながら溜め息を零した。
「おかげで宗方が引っ張りだこなってんぞー。お前の代わりにー」
さっきから宗方の両脇は部長と次長に固められている。
システム部門の展望について語り合っているらしい。
目を離せない恋人は、本日は不参加だ。
生理痛が酷いとぼやいていたから、今頃は温かいベッドで丸くなっているだろう。
芹沢が助けてやれよと視線を送ったが、平良は綺麗無視してそのまま立ち上がった。
「たまにはいいだろー。展示会近いし、他部署との交流は大事大事。俺、明日早番だからもう帰るよー」
「えーなら後は引き受けるから、間宮タクシーに放り込んでくれよ」
「しょーがないねぇ。いーよ。今井ちゃんも一緒に帰ろ?間宮の荷物頼める?」
平良の声掛けは物凄く有り難かった。
間宮もこの状態で、美青もいないとなると、帰りますと言い出すタイミングが難しい。
早速芹沢が、店員にタクシーを依頼している。
駅は目の前なので、5分と待たずに到着するはずだ。
「はい、荷物持って行きます」
「ちょっとー帰りませんよーまだ飲むぞー」
芹沢の肩に凭れ掛かっていた間宮が、目を据わらせて一同を見回した。
鋭い視線に晒されて、思わず肩が竦んでしまう。
そんな祥香の隣で、間宮の体重を預かっている芹沢が魔法の呪文を唱えた。
「そろそろ帰ってやんないと、お前の王子様リアタイ出来ねーよ?」
今日の深夜に間宮が愛して止まない王子様が登場するアニメが放送されるらしい。
芹沢の一言に弾かれたようなに間宮の表情が覚醒した。
「プリンスゥウウ!」
今度はむせび泣きを始めた間宮の背中を叩いて、芹沢が宥める。
「あーもう、泣くなって、間に合うよ!余裕余裕」
「プリンスゥウウ!!」
やっぱり泣き止まない。
絡み酒に泣き上戸・・間宮さん、恐るべし!
「ま、間宮さん、落ち着いて、立てますか?」
とりあえずタクシーには乗せなくてはと、間宮の足元にしゃがみ込んで祥香が尋ねる。
横から入り込んだ平良が、祥香の手を引いて立たせると、代わりに自分が間宮の前に背中を向けて屈んだ。
芹沢が、慣れた仕草で間宮の腕を平良の首に回した。
「今井ちゃん、いーよ。おぶっちゃうから。はい、間宮ータクシー乗るからー・・よ、いしょ・・」
「た、平良さん大丈夫ですか?」
「わー高-い!」
「んー平気。軽くはないけど、許容範囲。あーもう、間宮ー足バタバタしない、女の子なんだから」
ボロボロ涙を流しながら歓声を上げる、訳の分からない間宮を適当に宥めつつ平良が歩き始めた。
芹沢かヒラヒラ手を振る。
「じゃー後はよろしくー。気をつけてなー。あ、これ平良の荷物」
「すみません、お先に失礼します。はい、お預かりします。お疲れ様です」
「タクシー到着しましたー!」
店の外に出ていた店員が、暖簾をかぎ分けて呼びかける。
「はい!今行きます-!」
急いで返事をして、平良と連れ立って店を出る。
ドアを開けて待機していたタクシーに間宮を最初に乗せてから、平良が祥香を呼んで隣に乗せた。
助手席に平良が乗り込んで、大通りを西に走るように依頼した。
すぐに車が走り始める。
間宮は祥香が隣に座った瞬間に、こてんと頭を預けてきた。
スヤスヤと眠っている。
「私まで乗せて貰ってすみません。声掛けて貰えて有り難かったです」
「気にしなくていーよ。抜けるタイミング読みにくいもんな。俺もたまには早く帰りたいし。間宮下ろしたら、今井ちゃんの家まで送るから。そいつ重たくない?寝るとかさ増しするかなー」
「ありがとうございます。大丈夫です。間宮さん、よく眠ってますね」
明かりの無い車内でも、間宮の穏やかな寝顔は見て取れた。
「間宮は毎回羽目外しすぎ」
平良が呆れた口調で投げた。
祥香はいつも持ち歩いているストールを広げて、眠る間宮の肩をくるみこむ。
「でも、ちょっと羨ましいです。なんか、自由で、でも憎めないですよね。愛される女の子って、こういうタイプだと思います。平良さんが前に話してた通り、見た目じゃないですよね」
「今井ちゃんは、ちょっと羽目外す位でいいと思うよ?時と場所は限定して欲しいけど。羽目外したって、ちゃんと面倒見るよー」
平良らしい気遣いがくすぐったい。
「ありがとうございます。平良さんのフォローはいつも優しいです・・・・・あ、間宮さん、目、覚めました?大丈夫ですか?今、タクシーでお家に向かってますよ」
「んー・・タクシー?あれ、今井ちゃん?」
「はい、平良さんが、タクシーまで連れて行って下さって。あの、間宮さんの好きなアニメの時間までには帰れますから、大丈夫ですよ」
「あー・・プリンス・・」
「大丈夫です!間に合います!全力で!」
また泣かれては困ると、声を強くした。
祥香の言葉に間宮が難しい顔で瞬きをする。
「タクシー?帰る?あー・・平良さぁあん」
この状況を理解したらしい。
「んーなにー?」
「ありがとうございまぁっす」
やや間延びした間宮らしい言い回し。
助手席の平良がバックミラー越しに目を合わせて笑った。
「はいはい、いーよ。お前のおかげで俺も抜けれたしね。ちゃんと水飲んで寝ろよー。マンションの前でいい?部屋まで送ってやろうか?」
慣れたやり取りに、間宮がVサインを繰り出した。
「だーいじょーぶーでーぇええす」
酔っぱらいの声量は大きい。
びくりと肩を竦めた祥香が注意する前に平良が口を開いた。
「んー分かったから、もう夜なの、大人しくしときなー」
「はぁあいー今井ちゃんー」
次のターゲットは祥香のようだ。
擦り寄ってきた間宮のとろんとした表情がやけに色っぽくて、同性なのにドキドキしてしまう。
「はい、なんでしょう?」
「膝貸してぇえええ」
甘えるように言って身体を傾けた間宮の頭を膝に乗せる。
そんな要望ならいくらでもどうぞ!だ。
「は、はい、勿論どうぞ!楽な姿勢取ってくださいね」
膝に乗せられた頭をよしよしと撫でる。
肩に掛けていたストールに気づいた間宮が、もう一度それをかぶり直した。
自宅のような寛ぎぶりだ。
「ありがとーう!あーこれもー!はぁあー柔らかーいー良い匂いするーう」
ミモレ丈のスカートから伸びた足を間宮がするすると撫で上げた。
「ちょ、ま、間宮さんっ足撫でないでっ」
慌てる祥香を何のそので、足に腕を回した間宮が再び寝息を立て始める。
最早返す言葉もない。
後部座席を振り返った平良が、間宮をジト目で睨んだ。
「お前、ほんっとに男じゃなくてよかったな」
確かに、これが異性の同僚だったら一発位殴っているかもしれない。
相手が間宮だから、なんだら許せてしまう。
「今井ちゃん、悪いけど寝かせてやって」
平良が祥香に向かって申し訳なさそうな顔をした。
部下の不始末を謝罪する上司のようだ。
つくづく面倒見の良い人だ。
「はい、全然大丈夫です」
「あ、運転手さん前の信号を左折して下さい。でも、今井ちゃん、イラッとしたら膝から落っことしていーから。俺が許可する」
「ええええ!で、出来ませんよ!」
間宮を起こさないように小声で反論したが、微妙に全身に力が入ってしまった。
ちらりと膝を見下ろすが間宮が起きる気配はない。
それから暫く道なりに走って、数分経った頃に平良がもう一度こちらを振り返った。
「うーわームカつく位幸せそーな顔してるわ。二つ先のコンビニの交差点右折で」
途端ぶっきらぼうな口調になった平良に、祥香が困惑して問いかけた。
「た、平良さんなんか怒ってますか?」
「え?あーいや、全然怒ってないよー。大丈夫。座り方間違えたなーと思ってただけ。ほんと、今井ちゃんお姉ちゃんだねー」
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