第10話 とびきりの変化は、自意識過剰

男女問わずマメな人はいるし、気配りが出来る人もいる。


要は個々の容量の問題なのだろう。


自分の事を疎かにせず、周りの面倒も見られるだけの容量があるかどうか。


優しいとか、かっこいいとか、そういうのとは別の場所に、それはある。




引き出しに入れているストックのチョコレートを補充するべく、久しぶりに昼休みコンビニに出かけた。


レジは混雑するし、ゆっくり商品を見られないので、出来るだけ朝のうちに買い物は済ませるようにしているのだけれど、仕方ない。


新発売の箱入り個包装のチョコレートを掴んで、ズラリと並んだ会計待ちの列の最後に加わってからお店を出るまで、10分以上要してしまった。


週末の買い出しでちゃんとストックチョコ買っとこう、勿体ない、うん!


夕方前の小腹が空く時間帯に、ちょっと摘まむのが楽しみなのだ。


コレがないとモチベーションが下がってしまう。


愛煙家の煙草とまでは言わないけれど、同じ位の重要性だと思っている。


「わー・・もうお昼休み終わっちゃう」


時計を見ると、後10分で昼休憩が終わる時間になっていた。


思いのほかコンビニで時間を費やしてしまった。


祥香は、大通り沿いのエントランスを入って、急ぎ足でエレベーターホールに向かう。


5台あるエレベーターはフル稼働していたが、それでもまだ何人も待っている。


少し前の集団に、平良と芹沢を見つけた。


いつも大抵宗方を含めた三人で外に食べに出ているのだが、今日は宗方が美青を連れてランチデートに出たので、二人だと話していた。


彼らをぐるりと取り囲むのは他部署の女子社員達だ。


楽しそうに話す声がこちらまで聞こえてくる。


多方面から呼ばれる度にニコニコと笑顔を振りまく平良の愛想の良さはいつ見ても隙無しだ。


こうして見ると、本当に目立つイケメンだわ・・


長身だし姿勢も良いので、さらに洗練された印象を与える。


宗方のような無骨な逞しさは無いけれど、それが逆に彼らしい。


細身なのに、ひ弱なイメージを抱かせないのは彼の人受けする雰囲気のおかげだろう。


どの子もみんな私の数倍可愛いし、スタイルも良いじゃない・・


一際平良の近くに張り付いているのは、確かに今年の新入社員の女の子だ。


間宮が、今年の新人で可愛い子がいる、と騒いでいたので何となく覚えていた。


ああいう女の子が側に居て、嬉しくない男の人なんているわけない。


到着したエレベーターに乗り込む平良達をぼんやり眺めていたら、前で次のエレベーターを待っている女子社員が隣の同僚に小声で話し掛けた。


「あーまたあの子、平良さんにべったりですよー」


「あーゆう接近技使えるのって、何も知らない新人の強みよねぇ」


「でも、あたしだって、名前覚えて貰ってるし、うちの部署来る度挨拶してくれるんですよ?仕事出来ない新人より、あたしのがチャンスありますよね?」


「自意識過剰よ、あんただけじゃないわ。平良が優しいのは今に始まった事じゃないの、あれはもう天然のたらしよ。困ってる女子は特にほっておけないの。ああ、ほら」


彼女の声に釣られて姿勢をエレベーターに向けると、女子二人が混雑するエレベーターに乗り込もうか、次を待とうか迷っている所だった。


顔を見合わせる二人に向かって、平良がおいでと手招きする。


「大丈夫、大丈夫。二人くらい乗れるからおいでー」


「い、いいですか?」


「すいませーん」


エレベーターに乗り込んでいく彼女達の横顔が、キラキラと輝いている。


「あーゆうこと、しょっちゅうしちゃうから、勝手に私だけ-!とか盛り上がって勘違いすると、痛い目見るわよ。本人無自覚なんだからね。あんただけじゃないわよ。みんなに分け隔てなく平等に優しいのよ。イケメンは見てるだけに限るって肝に銘じておきなさい。簡単に付き合ってくれるらしいけど、どの子とも長続きしてないから。ひと時の夢で終わらせる事が出来るならいいけど、のめり込むタイプのあんたは駄目よ、引きずるに決まってるんだから」


「でもー亜季さんの旦那様もかーなーりーイケメンですよねぇ?見てるだけで手に入れた訳じゃないですよねぇ?」


「平良くんみたいなイケメンとはタイプが違うのよ!」


「ええーいーなー。たまにお迎え来てますよね?あんな旦那様欲しいですー」


「旦那が欲しけりゃ恋愛しなさいよ、ほら、戻るよ」


「はーい!」


「でも、さっきの二人は間違いなく平良さんにハートマークですよー」


「そーね。ほんと罪な男よねー。まあ、目の保養としては、有難いけど。そろそろ性根据えて本気の相手探せば良いのに」


連れ立って歩き出した女子二人を見送って、祥香はそのまま動けなくなった。


心臓が止まるかと思った。


え、待って、ちょっと待って。


宗方さんや間宮さんの話を真に受けて、平良さんがあれこれ世話を焼いてくれるのも、実は下心から来てるんじゃないか、なんて、心のどこかでは考えていた。


あり得ない、あり得ない、と思いながら、本当は彼の矢印がこちらに向いているんじゃないかって、思ったことがないわけじゃない。


平良さんがさっきみたいに周りに接するのは、もう日常で、とくに意識をしているとかではなくて、相手が誰でもそうで。


あのフロアは、私以外みんなパソコンに詳しいんだから、よりいっそう気に掛ける相手が私になるのなんて、当たり前じゃない?


宗方さんは終日多忙だし、芹沢さんはフロア内の調整で常に動いてるし、橘さんは他人と積極的に関わるタイプじゃないし、間宮さんは最近問い合わせが多くて、他のことに構う余裕がない。


その点、平良さんは出向先から戻ったばかりで、徐々に他のメンバーに預けてた仕事を引き継いでいる段階で、現在はフロア内のオールマイティーポジションで、常に自由が利く。


問い合わせが込み合えばフォローに回って、処理作業が滞れば自分が捌く。


会議に出席する以外ほぼフロア内をウロウロしては仕事の進捗を確認して、ダブルチェックやら代理承認やらしている彼が、今の所一番余裕があるのだ。


平良さんのマメな性格を考えれば、私が気になるのは当然の事で、そのフォローに回るのも必然。


だってその方が仕事が円滑に進むんだもの!


常に私の事だけ気にしてる訳じゃないし!


それを、勝手に歪曲させて受け止めて、過剰反応したり、困ってみたり。


連絡先だって、ほんとに同僚として聞いてくれたのかもしれないのに!!


だって、間宮さんたちは内輪のグループ作ってるって言ってたし。


え、待って、自意識過剰女は、誰でもない、私自身じゃないの!!!!


恥ずかしすぎる!情けなさすぎる!


いくら手酷い失恋の後だからって、被害妄想働かせすぎよ私!!!


平良さんが私の前で困って見せたのは、何言っても違う方向に受け止める私の態度に困ってたのよ!迷惑してたのよ!


告白された訳でも、好みのタイプだと面と向かって言われたわけでもないのに!!


とんだ勘違い女じゃない!!!


ざっと血の気が引いた。


「この日報のファイルかなり古い日付まで綴じてあるから、持ち運び大変だろ?去年分は綴って倉庫に片しとくよ。そしたら半分位にはなるはずだから」


「ありがとうございます。後で表紙作って綴っておきます」


「じゃあ、後で倉庫の場所案内するよ。地下で分かりにくい場所にあるから。ちょうど、社内便でパソコン出したかったんだ。その時一緒に行こっか」


「・・すみません」




あの時も!!!!




「今井ちゃん、今から社内便取りに行く?」


「はい、そのつもりです。何か急ぎがありますか?」


「俺宛に名古屋から破棄手配のFATPC届くんだ」


「台車あるんで大丈夫ですよ?」


「旧型でだいぶ重たいから、俺が運ぶよ」


「・・・すみません」




あの時も!!!!




あああああ!!!ごめんなさい!!本当に!!!


この世のイケメンが全員私を馬鹿なチョロい女だと思っているわけないのに。


てゆーか、何とも思ってない人が九割よ!


学生時代から影が薄くて、同窓会に出席しても、同じクラスだっけ?なんて聞かれるレベルの私が、平良さんの心に引っかかるなんて思えない。


完全に独りよがりで、失礼な態度取りまくったのに、いまだに親切にしてくれるのは、平良さんが女子に甘い性格だからよ。


これがもし宗方さんだったら・・今頃見放されてるに決まってる


平良さんにあ、謝らなきゃ、それから、連絡先も。


え、でもあれだけ頑なに拒んだのに、今更メールなんて送ったら、平良さん狙いの女子とおんなじだって思われる!?


それに謝るって言ったって、確か午後から平良さんと宗方さんは展示会の打ち合わせで合同会議に出てるはず。


役員も出席する大掛かりな会議だから長引くって言ってたし・・・


じゃあ、社内メール?


だめだめ、ちゃんと自分で謝らなきゃ。


でも皆が居る前で、いきなり謝るわけにもいかない。


変に思われるに決まってる。


ど、どのタイミングで言えばいいの?


とにかく、一刻も早く、非常識で自意識過剰な痛い女の汚名をそそがなきゃいけない。


何も言わないフロアの他のメンバーだって、私の態度に呆れてるに決まってる。


せめて人並みに恋愛経験があれば、こんなに右往左往すること無いのに。


エレベーターホールに居た、全身で恋に挑んでいきそうな隙の無い完璧な女の子たちなら、こんなみっともない事にはなっていない。


まるで好きな男の子にからかわれて、一人で空回っている思春期の女の子みたいだ。


もうやだ!

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