第9話 とびきりの変化は、不可思議

各自がノートパソコンを持ち込んでの会議なんて、ここに来て初めて見た。


資料は殆どがメールで事前送信されているので、紙ベースは極僅かだ。


集まった面々は、システム部門の主要メンバー。


会議の議題は、新システムでの棚卸し手順の確認と、役割分担。


新システムでの棚卸しは初めてなので、これまでの棚卸しとの変更点がホワイトボードに列挙されている。


司会進行役は宗方だ。


障害対応で抜けられない間宮の代理で、議事録を取るように頼まれた祥香は、初めてノートパソコンを手に参加している。


初めての棚卸しプラス飛び交う専門用語が多すぎて、度々手が止まりそうになる。


祥香以外は勝手が分かっているメンバーばかりなので、各部署への案内方法や、データ作成についての話し合いがメインになっていた。


「ーで、どーしても紙ベース提出って言ってんのが色石だったか?」


クローズ案件に横線を入れていきながら、宗方が次の議題に移った。


途端部屋の空気が重たくなる。


「あそこは部長がタブレット操作も出来ないからなぁ」


「あこやは北村さんがデジタル化大賛成だから、淡水、南洋共に問題なし、普段の在庫管理もPC入力らしいし」


「北村さんは新しいもん好きだからなー」


「でも、石は小さくて個数も多いから、出入り表管理の方が便利ってのも分かるわ」


美青が面倒くさいけど、と付け加える。


後を引き継いだ平良がうんうん頷いた。


「強引に紙ベース廃止すると、後々ややこしいからさー、石関係は現状維持で置いとこうよ?越川さんも後二年だろ?」


「え、もうそんなになる?」


「そーだよー。次長の渡辺さんに代替わりすりゃもーちょっと穏便に進むだろ。渡辺さんとうちの課長同期だし」


「確かに、渡辺さん飲み会の度に愚痴こぼしてるもんな、やり方が古いって」


「じゃあ紙引き上げて、こっちでデータベースに落とし込む事になるけど、全員了承って事で」


宗方がぐるりとテーブルを囲むメンバーを見回した。


全力賛同ではないが、致し方ないか、という空気が会議室に広がった。


この会社の持つ商品の在庫量が分からない祥香には、負担度合いも測れない。


が、それでも容易くはないだろうとは予測できた。


全国展開の大手宝飾品メーカーだ。


季節ごとに新作ジュエリーが雑誌で紹介される位だから、相当数を保有しているに違いない。


「全員で分ければそれ程の量にもならないだろう?」


「去年のデータベースのファイルどこ入れてる?」


「誰かが、フォルダ作ってたよな?」 


「うちのデータフォルダ?専用フォルダあった?」


飛び出した質問に、隣の平良が手を上げた。


初めての会議参加で、何処に座ろうか迷っていた祥香を、こっちおいで、と手招きしてくれたのだ。


平良は、喋りながらも尋常じゃないスピードでキーボードを叩いている。


それは他のメンバーも同じで、まるで呼吸するようにキーボードを操っている。


「ちょっと待ってよ-、あー俺だ。今期のフォルダ作ってアドレス連携しとく。共有にするけど、全員総出になると重たくなるから、適当にタイムシフト組むんで、なるべくその時間内で入力する方向でー」


商品本部➡ダイヤ、色石課➡紙ベース棚卸し


開いている文章画面に打ち込んで、回収後、部門内でデータベースに入力、と続ける。


フォルダ管理と、入力時間帯は平良さん割り振り・・・


タイピングスピードは、事務職としては普通だと思う。


決まったフォーマットに入力していく発注や、経理報告の作業ならもっと早い。


でも、次々に出る話題を纏めて入力するとなると、考える時間が必要になるし、その間に、新しい発言が飛び出すので収集が付かなくなってしまう。


「じゃあ、そっちは平良に任せる、次にーパソコン関係の棚卸しについてだが」


早速、宗方が次の議題に移った。


わー!まだ書けてない!!


待ってくださいと声を上げて良いものか迷っていると、平良が宗方に声を掛けた。


「宗方ちょい待ち、すこーしペース早いかも」


「す、すみません!」


「慌てなくていーよ、大丈夫」


祥香が入力につっかえているのに気付いたのだ。


平良の指摘に、宗方も本日の議事録係が間宮でなく、ピンチヒッターの祥香であることに漸く思い出したようだった。


「悪い!そうだった!今井さん、申し訳ない」


「いえ、大丈夫です、進行を止めて申し訳ないです!」


「ざっくりな覚書程度でいいから、大丈夫だよー、そこは、担当俺で纏めちゃっていいから」


「はい、分かりました、すみません、もう大丈夫です」


「じゃあ、次の議題・・」


助かったー!!


ホワイトボードに書き加えられていく注意点と、確認手順を打ち込みながら、祥香はほっと胸を撫で下ろした。


その後も、度々平良がフォローに入ってくれたおかげで、初めての議事録係は何とか無事に全うできた。


パソコンに強い人達って、頭の回転がかなり早い。


営業会議しか見たことの無い祥香にとっては、新鮮そのものだ。


売り上げを伸ばすための営業活動についてアイデアを出し合う会議とは違い、目の前の事象に対して、現状での最善策を当て嵌めていく。


営業会議では、部長が檄を飛ばして部下を鼓舞する場面が、しょっちゅう見られたけれど、この部署では宗方が時折システム運営について声を荒げるくらいだ。


平良に至っては、終始緩い雰囲気のままだし、課長同席の会議でも、決して温度は上がらない。


のんびりした口調で喋りながらも、平良の手は一度も止まる事はなかった。


その間にも、祥香の画面を見て、追加記入をさせたり、不要な部分を削除させたりと、甲斐甲斐しく世話を焼く。


一度に二つのことを任されると、慌ててしまってどっち就かずになりがちな祥香には考えられない。


これは頼りにされるわ・・・


実際、宗方に仕事のことを尋ねるのには勇気がいるが、平良には気負わずに訊ける。


勿論見た目の華やかさもあるが、彼の持つ雰囲気が人受けするのだ。


間宮からの助言もどきはこの際置いておいて、本当に平良が隣に呼んでくれて助かった。


こういう事態を予想して、隣に座らせたのだろうか?


間宮の台詞が頭を過ぎって、違う違う!と首を振る。


これは親切心、そうよ、親切心よ。


祥香だけでなく、他のメンバーに対しても同じように接している。


手詰まりな状態を見て見ぬ振りするような人ではない。


あの人が、平良さんだったら・・


無かったことにした過去が甦ってきて、急いで蓋をする。


こっちが現実、仕事第一、もう、うっかりイケメンに恋なんてしない。


一人で頷いていると、平良が怪訝な顔で小さく尋ねて来た。


「今井ちゃん、大丈夫?」


「っ、はい!」


余所事に意識を逸らしている場合ではなかった。


会議室には、もう平良と祥香しか残っていない。


数日前のカフェでの挙動不審が嘘のように、自然と話しかけられて、逆に戸惑ってしまう。


いや、あんなピリピリした空気の方が困るし、こっちの方が有難いんだけど。


あれ以来、平良とは本当に仕事の事しか話していない。


仕事関係の話だと、祥香も身構えずに済むのだが、綺麗に線引きされたような気がしないでもない。


元々、社員と派遣の関係だし!それ以上何があるってゆーのよ!!


「何とか纏められた?おお、綺麗に出来たねー」


「とんでもないです。助けて頂いてありがとうございます。皆さんタイピングスピードが早くて、会話の切り替えも早くて・・私のせいで進行遅れちゃいましたよね、すみませんでした」


手助けに入ったというよりは、足を引っ張りに入った気がしてくる。


平良の指摘に続いて、美青からも“いつも菜々海も進行早いって言ってるでしょ“と突っ込まれて、傍目に見ても分かる位しゅんとした宗方は、祥香に都度確認しながら会議を進めてくれた。


あの自信に溢れた平良に淋しそうな顔をさせてしまった事に罪悪感を覚える。


「気にしなくていいよ、うちのメンバーはそれが普通ってレベルでパソコンと向かい合う仕事してる奴らなんだから。アワアワさせちゃってごめんねー、宗方もね、悪気無いんだよ、あいつこの後も会議立て込んでるからさー」


「全然大丈夫です、すみません」


サラッと宗方のフォローもするのだから、同性からも憎まれないわけだ。


「宗方さんの仕事ぶり見てればお忙しいのも分かりますし、あの、優しいのも、分かりますから」


不安要素のある作業は殆ど自分が預かって面倒を見ている状況で、その上他部署との連携会議にも出席しつつ、可愛い恋人の世話も焼いているのだ。


実力主義の現場で、この年で中枢を任されるまでになった人物なのだから、他者に求めるレベルが高いのも当然だ。


「俺がこっち外れてる間、相当頑張ってくれてたからさー、大目に見てやってね。

でも、今の言い方はなんか複雑だな、今井ちゃん。

俺も優しいでしょ?」


「あ、はい!凄く優しいです、ありがとうございます!」


反射で答えたけれど、本心だ。


なのに、重なった視線の先で、この間のように平良が困った顔になった。


え?なんで?


「・・なんか、ごめんね」


「え?」


驚いた祥香から視線を外して、平良が口元を手で覆った。


「今、俺、すっげ子供みたいな事言ったわー」


「いえ、そんな」


否定する祥香の声に重なって、宗方が平良を呼ぶ声が聞こえた。


「次、会議だぞー!」


「わーかってるよ!今行く!じゃあ、行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい」


確かに子供みたいだなと思った時には、平良は居なくなっていた。

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