第8話 とびきりの変化は、壊滅的
もう駄目だ、腹筋がげ、限界っっ!
「っあははははーっ」
テーブルに突っ伏して、両足バタバタさせる。
いや、だって、そうなるでしょ!?
会社に戻る平良さんの背中が見えなくなるまで我慢したから許して。
さっちゃんは訳が分からず困り顔で見てくるけど、そーかー分かんないかー。
「ど、どうしたんですか?爆笑するほど面白い事ありました?」
「いやー、イケメンが狼狽えるのっておっかしい!!最高!!」
「え?」
「もうねー背中見ただけであの人の緊張が伝わって来たから!凄いわー最終面接受ける学生並み!」
「き、緊張?私が気まずい雰囲気出したから、困ってただけじゃないですか?」
「あのねーさっちゃん、あの百戦錬磨の平良さんだよ?女の子が多少不機嫌だったとしても、上手いこと機嫌取るに決まってるでしょー」
「平良さんも、私の事苦手なんでしょうか?なんか、いつもみたいに話されなくて・・」
真顔で話すさっちゃんに、あんた鬼かい!?と言ってやりたくなる。
決まってるじゃん!気になる相手と二人きりだから緊張しまくって動けないんだよ!!
ああ、今すぐさっちゃんを恋シュミの世界に連れて行ってあげたい。
平良さんのバロメーター見せて、彼の本心を伝えてあげたい!
「私はさっちゃんより、平良さんと付き合い長いから分かるけど、あんな挙動不審なとこ見たことないよ?何やらせてもスマートにこなしちゃうし、マメだし、オタオタしてるとこなんて見たことないもん。女の子と二人きりで沈黙が重いなんて前代未聞だよ!だからね、つまりは、それだけさっちゃんを意識してるって事でしょう?」
「平良さん好みの見た目が地味な女子は、あのフロアで私だけですもんね」
「え!?ちょっと、それは違う!」
わー!まさか自分の事そんな風に思ってたの!?この子!?えええええ!!!!
自己意識の低さにびっくりするよ!!
うちの周りじゃこの手のタイプ皆無だよぉお!
そりゃあ、化粧はだいぶ地味だし、華やかさには欠けるけど、仕事場ならこんなもんだろうし。
因みに私は自分大好きなので、朝からガッツリ気合い入れてフルメイクで武装が定番。
アイシャドウとチークはコレクション並みに揃ってます。
さっちゃんの、きちんと手入れされた肌と艶のある黒髪を見れば、自己管理が出来てる女性だとひと目で分かる。
もうちょっとチークをピンクにして、アイシャドウを足せばぐんと綺麗になる。
「な、何がですか?」
「あのね、客観的に見てさっちゃん可愛いよ!」
「ふぁ!?」
落ちそうなくらい目を見開いたさっちゃんが、ブンブン首を振る。
あーそうか、言われたこと無いんだ。
なるほどなるほど、だから、自信が無くて、常に自分なんか、って意識が付きまとうんだ。
ちょっと記憶にある感情だった。
鏡見ても奇跡は起こらないけど、手と愛情を加えればどんだけでも可愛くなるんだよ、女の子は!
「私に気を遣って貰わなくて大丈夫です!」
「なんでそーなんのさー!同性からの評価は裏返しとか思ってる?全然違うから、ほんとに素材の良さが出てるんだよ!」
あんな服やこんな服を着せて、別人のように強くなれることを教えてあげたーい!
身を乗り出した私に、さっちゃんが引き気味に頷いてる。
あーこれは納得してないわー、残念。
ここはやっぱり全力で愛されて愛情で綺麗に変身大作戦だな。
美青姉さんも最近ぐんと色っぽくなって、肌艶も良くなったし、次はさっちゃんだ。
女子は、職場の華であれ、というのは同感だ。
好きなものに向かってキラキラしている女の子を沢山見ているから、尚更思う。
「よし!わかった」
「なにがわかったんですか?」
もう、訳分かんないです、とさっちゃんが思い切り動揺している。
実はさっき、芹沢さんから探りメッセージ来たんだよねー。
平良さん帰って来ないけど、もしやそっち行ってる?って。
楽しく三人でお茶してるのでご安心をーって返したけど。
平良さんが面白半分ちょっかい掛けてるなら、全力でさっちゃんの事をガードしなきゃと思ったけど、あれを見たら、そんな気失せてしまった。
思春期の中学生みたいに、必死にさっちゃんの気を引こうとする平良さんの可愛いこと!
あれで落ちないなんて嘘でしょう!?
これまでの平良さんの恋愛は、常に受け身だった。
だってちょっと笑顔見せれば女の子はみんな寄ってくるんだもん!
でも、さっちゃんは違う。
平良さんどーこーじゃなくて、自分なんかが相手にされるわけ無いっていう劣等感だけで、弾いてる。
だからね、自分に自信が持てたら、変われるんじゃないかと思うんだよー。
「それは、間宮さんの場合じゃないですか。私には、当てはまらないです」
いつもは曖昧に笑って済ませちゃう彼女が、珍しく反論してきた。
やっと素のさっちゃんを見られた気がする。
「イケメンにこっぴどい振られ方でもした?」
軽い口調で尋ねたら、見事にさっちゃんが固まった。
唇を噛みしめた彼女が悔しそうに呟いた。
「振るとか、振られるとかじゃないんです、付き合ってすらなかったんです」
「え、それはどういう?」
言葉意味が分からずに尋ね返したあたしに、さっちゃんが視線を下げたまま続ける。
「私が一方的にのぼせ上がって、彼女になれたと思ってたんです。皆から人気があって、絶対あり得ない人だったのに、優しくされて、嬉しくて・・でも、彼には、ちゃんと本命の彼女が居たんです、誰が見ても美人だって答える完璧な彼女が。あ、あの人にとってあたしは、ただの気まぐれで、ちょっと優しくしたらつけ上がった、地味で馬鹿なチョロい女だったんです」
「地味でも馬鹿でもないよ」
これはもう絶対、間違いない。
そっか、なるほど、見た目のいい男に引っかかって、二股掛けられてたわけだ。
さっちゃんの言葉から大体の事は理解できた。
だとしたら、平良さんへのあの過剰な拒否反応も分かる。
イケメンで物腰柔らかい男見る度に、値踏みされてからかい半分でちょっかい掛けられてると思っちゃうんだろうな・・
彼女自身の被害妄想もあるだろうけれど、うーん・・・どっちにしても、平良さんにはかなり不利な状況だ。
「どんな理由であれ二股した方が悪いよ。一人の男に二人の女なんて、時代錯誤すぎでしょ、誠意が無さすぎる。そんな男の事は忘れていいと思うよ?って完全外野のあたしが言うのは勝手なんだけど・・とりあえず、平良さんは遊びと本気の区別は付ける人だし、むやみやたらに自分から興味本位で近づく人じゃないから。近づかなくても、向こうから列をなしてやってくるしね、だから、大丈夫」
あらら、いつの間にか涙目になっちゃったさっちゃんが、潤んだ瞳でこちらを見つめて来る。
傷ついたのはつい最近で、まだ塞がらない傷口を抱えているとその顔で分かった。
「間宮さんは、なんでそんなに平良さんの味方するんですか」
「えー?味方っていうか・・・うん、まあ、あんなにイケメンらしからぬ対応を見せられたら、哀れっていうか・・・」
それに何より、黒髪清楚系控えめ女子×人気者のイケメン男子って組み合わせが最強に萌えるから!とか言ったら、きっとドン引きして明日から口きいてくれないだろうな・・
「一生懸命誰かを好きな人って、見てて応援したくなるでしょ」
「決めつけないでくださいっ!私、何も言われてないですし」
「芹沢さんの仕事横取りして、一日中さっちゃんの動向気にして、隙あらば話しかけてる平良さんの、どこをどう見たら、さっちゃんを好きじゃないと言えるの?」
むしろ好かれていないと思う理由があるなら教えて欲しい。
「それは・・だから・・」
「さっちゃんを傷つけたイケメンと、平良さんは別人です」
「う・・それは・・」
きっと心のどこかでは彼女も分かってるんだ。
平良さんをずっと避け続けた所で何も変わらない事を。
「さっちゃんが困るのもすっごくわかるし、まだ恋愛と離れていたいってのもよーく分かるよー。でも、平良さんを最初っから×にするのはやめたげて。本気で可哀想だし、男の人ってね、意外と打たれ弱いのよ。あと、自分なんかって言うのはやめようね、これはもうすぐに!自分は一番自分の味方でいなきゃ駄目だよ。さっちゃんが来てくれてから、フロアの雰囲気も明るくなったし、会話も増えたの。口下手な人多い部署だけど、みんな喜んでるよ。周りに気を遣ってくれてるのもすっごく分かる。でも、あたしは、今日みたいなさっちゃんの顔が見たいな」
「・・・こんな困り顔をですか・・」
「思った事、そのまま口にするのは、時と場合によっては間違いになる事もあるけど、あたしや美青姉さんの顔色伺って、本音じゃない答えで誤魔化されるのは、寂しいな」
「・・・す、すみません」
「ああ、違うの!ごめんね!あたしもつい熱くなっちゃってー。ほら、久々の新しい恋バナだからつい気合が・・えっと、もっと色々言っていいんだよって事。
平良さんにも同じようにしてみたら?さっちゃんの緊張が伝わるから、平良さんも言葉選び過ぎて変な雰囲気になっちゃうんだと思う。仕事仲間としては、すっごくやりやすい人だから」
「それは・・もう、よくわかってます」
こくんと頷いたさっちゃんの答えに、あたしはほっと胸を撫で下ろした。
明日から二人の関係が少しでも前向きになれますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます