第6話 とびきりの変化は、制御不可
正直うちの特殊なフロアで、庶務さんやってけんのか?っていうのが率直な意見でした。
だってシステム部といえば、年中無休でパソコンとお友達状態のコミュ障気味の連中が集まる部署だしー。
基礎知識があっても、分野外になると、ちんぷんかんぷんな事が多い複雑な業界で、専門用語がバンバン飛び交って、障害発生時には、朝夕問わず缶詰対応必須の結構ハードな現場だからね。
バグ処理なんて始めちゃうと、あっという間に3、4時間経過、気付けば深夜で終電無し、ってのも珍しくない。
がらーんとした暗いフロアに響くキーボード操作の音・・・って結構なホラーだよ。
宗方、芹沢、平良の代は、超優秀なエンジニア世代らしくて、支社で活躍している人も多い。
しかも、スキルあって仕事出来て、且つプロジェクトのマネジメントも出来ちゃうスーパーマン揃い。
日常会話に困るレベルの社員も多いフロアで、日々楽しく会話できるのは有り難い事です、ほんとに。
そんな部署だから、派遣社員を期間限定で雇うって聞いた時にはびっくりした。
すぐ辞めちゃうんじゃなかろうかと不安にもなった。
朝の挨拶したら最後、そのまま夕方まで会話無しって人もちらほらいるし、中途採用も多い、普通の部署とはかーなーり勝手が違うから。
美青姉さんの事は大好きだから勿論出来る限りのフォローはするし、ってかいっぱい仕事フォローして貰ってるしね、仲良くしていきたいけれど、どんな女の子が来るのか分からないから、内心こっちもびくびくしていた。
オタクに優しい人ばかりじゃないからね。
でも、やって来たさっちゃんは、ほんとに真面目な良い子で、大人しいけど、きちんと仕事はこなすし、フロア内の庶務フォローも文句なし、ほんとに当たりくじ引いたなって思った。
ただ、美青姉さんとは別の距離感がある子だなって思ったんだよねー。
全然自分の事話さないし、こっちが質問投げてもあいまいに交わして誤魔化されちゃう。
期間社員だし、遠慮してるってのも勿論あるだろうけど、とにかく当たり障りなく、誰とでも一定の距離を保ちたがる。
人見知りではなく、人工的な壁を感じた。
そして、それは正しかった。
だってあの、あーの平良さんからのアプローチに見向きもしないんだよ!?
女だったら誰でも飛びつくでしょ、あんな無敵2.5次元イケメン!
連絡先を教えるのも拒否ったってどんなけガードが堅いのかと思ったら、どうやら失恋の傷を引きずってるらしい。
さっちゃんにも言ったけど、本気で平良さん狙ってると思うんだけどなーあ。
飲み会の最中も、ずーっとこっちのテーブル見てたの、気付いてたんですよーって言ったら、平良さん笑ってたけど。
多分、こっちに来るタイミングを伺っていたのだ。
本当は会の中盤で、お姉さま方から逃げるつもりだったんだろうけど、思いのほか人が集まっちゃって、役職メンバーも顔を出したりしたから、ズルズル逃げられなくなっていた。
交流費プラス足らずは、課長たちが補填って聞いてたけど、結局おつり出てたし。
営業部に販売部、工程管理に、総務、経理、メイン処の部課長たちがこぞって諭吉さまを置いて帰ったからだ。
おかげで二次会も美味しいお酒が頂けましたよ。
それにしても、連絡先聞けずに名刺を渡すなんて、平良さんなんて健気なの!?
普通なら1分で交換できる番号とアドレスにこんな悪戦苦闘するなんて・・・間近で見たかった・・・
さっちゃんて、分かりやすいゲームヒロインなんだよねえ。
学園ものの主役そのまま。
黒髪で、制服もきちんと着こなす優等生で、恋には臆病。
そんなヒロインと、学園一人気者が恋に落ちる!
ほら、超王道学園恋愛ゲーム!!
でもこの場合、攻略されるのがさっちゃんなので、男女逆転だけど。
とりあえず、好感度を上げるために、さっちゃんの事をもっと知る必要があるよね、平良さんは。
美青姉さんが捕獲された今、次なるウォッチング物件を探していたから、もうこの展開にウハウハですよわたくし!
さっちゃんの事もっと知りたいし、仲良くなりたい。
ランチの最中もいつも質問されて答えるのはこっちばっかりだったから、たぶん、自分の事聞かれたくなかったんだろうな・・
でも、平良さんというキャラが加わった以上、このままにはしておけない。
ここはもうちょっと踏み込もうと、さっちゃんを仕事帰りお茶に誘った。
ランチ休憩の一時間じゃ、語るには短すぎるからね!
断られるかと思ったけれど、以外にもあっさりと承諾してくれた。
彼女の方も、平良さんからのアプローチに戸惑っているようだったし、渡りに船ってやつですな!
………………
名刺を受け取ってから、一度も連絡をしていないのに、平良は気にした素振りも見せずに、事あるごとに祥香に話しかけるようになった。
社内便で発送するパソコンの段ボールを持ち上げた途端、すっ飛んできて。
「今井ちゃん、そっちのパソコン重たいから俺一緒に持っていくよ」
「え、大丈夫です、いつも台車で往復してるんで」
「一度に行った方が早いじゃん、俺、一服しに行くから、はい、こっち持ってな」
断るタイミングを見つける暇なく、書類の入った封筒と煙草の入ったケースを渡されてしまう。
結局そのまま総務まで平良が台車を押していき、荷物をすべて下してくれた。
さらには、これまでは芹沢が取りまとめていた日報の担当が、いつの間にか平良に変わっていたり。
つい先日は、会議室のパソコンのセッティングで手間取っていると、さりげなく様子を見に来て助けてくれた。
平良がフロアに戻って来てから二週間で、祥香と話さなかった日は一度もない。
しかも、仕事のやり取りなので無下にも出来ないし、実際すごく助かっているのだ。
親切にされると素直に嬉しいし、けれど、嬉しい反面その先にある彼の気持ちが見え隠れすると、過剰に反応してしまう。
もう絶対あり得ないと思うのに、たびたび彼の視線を感じるとドギマギしてしまうのだ。
メール頂戴、とも、電話してきて、とも言われていない。
名刺を貰った夜、お礼のメールを打とうとしたけれど、出来なかった。
百万が一の可能性が頭を過って、またズタボロに傷ついた自分が容易に想像できて、そのままメール画面を消した。
最低限の礼儀として、電話帳に彼のアドレスを登録した。
今の祥香に出来る、精一杯の誠意のつもりだった。
「あの、平良さん、ありがとうございました。お役に立てずにすみません」
会議室のパソコンセッティングも、スクリーンの画像調整も、全て平良がひとりでやってくれた。
取説はあるものの、機械に疎い祥香は、ソフトの起動の時点でさっぱりだった。
パソコンが分かっている人向けの取説なんて意味がないと思う!と内心反論してみるものの、ここのフロアでパソコンを満足に使いこなせない人間は祥香位のものだ。
「どういたしまして。あの説明書じゃ、そりゃーわからんよな。
そのうち時間見て直しとくよ。
来週の会議の時も声掛けてね、一緒に行くから。他の奴に声掛けるの無しだよ」
「すみません・・私も勉強します」
不甲斐ない自分を情けなく思いながら、頭を下げると、平良がほらまたーと笑った。
「ありがとう、って言っときゃいいんだよ。俺が好きでやってんだからさ」
「はい・・ありがとうございます」
席に戻る平良と別れて、自席に向かっていると、コピー機から戻って来た間宮が祥香の腕をつんつんと突いた。
「笑顔が引き攣ってますわよ、お嬢さん」
「ひえっ・・・いきなり声掛けないで下さいよっ」
純粋な厚意だと自分に言い聞かせるものの、あからさますぎる発言に、どう答えていいのか分からずに微妙な顔になってしまうのだ。
「さっちゃん、今日時間あるー?」
「え?」
「ちょっとお茶して帰りませんかー?ちょっと気疲れしちゃってるでしょう?」
声を潜めて尋ねられる。
「・・いえ・・その・・・はい」
否定する余裕が無かった。
今日は時間が、とか、上手い言い訳すら見つけられない位、ここ最近の平良の積極的な態度に参っていた。
きちんと自分を取り囲んだ壁があるにもかかわらず、じりじりと後退をしているような気分にさせられるのだ。
仕事で困っていて、その度、助けてもらっている、だけ、なのに。
どこに居ても彼の視線が追いかけて来るように思えてしまう。
これはどこまで続くの?
私が、メールするまで?電話をかけるまで?
プライベートに踏み込まれたなら拒絶も出来るが、あくまで仕事のフォローなのだ。
拒否する理由がない。
けれど、この状況を心地よいと思えるほど、自分に酔っていない。
頷いて受け入れてしまったが最後、奈落の底に突き落とされる恐怖が付きまとう。
スマホを開いてアドレスを選んでは閉じて、をもう何度繰り返しただろう。
きっとあの痛みを知らなければ、何も考えずに飛び込んでいたんだろう。
自分の頭には可愛いティアラが載せてあって、常に前を向いて歩いて行けると、無邪気に信じていられたなら。
平良は違うかもしれない。
今度こそ、本物の恋になるかもしれない。
でも、それを見極める術が、どこにもない。
「じゃあ、甘いケーキとお茶で癒されに行こう!」
決定ね!と本日はイチゴピンクのグロスが光る唇を持ち上げて微笑んだ間宮と、なぜか指切りげんまんしながら、祥香は小さく頷いた。
「・・・はい」
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