第46話 Love Affirmation 甘いもの
「美味いか?」
さっきまでの不機嫌はどこへやら、真正面からまじまじと美青の顔を覗き込む宗方の表情はやけに明るい。
届いたクロワッサンサンドとハーブティーには口も付けずに、目の前の恋人に全神経を集中させている。
「・・それさっきも聞いた」
物凄い視線を受けながら、何とか3切れ目のパンケーキを口に運んだ美青は、こっそり溜息を吐いた。
そんな事には気付きもしない宗方は、終始笑顔で頷いている。
「ああ、そうか。で、美味いか?」
全く会話がかみ合っていない。
「・・だから、美味しいってば」
呆れ口調で返した美青は、生クリームをたっぷり乗せたパンケーキが口の中で解けていく感触を楽しんだ。
宗方が見つけたこの店の味は、確かだった。
「お前が自分から何か食べたいって言うのなんて久しぶりだもんな」
「すみませんねぇ・・」
小食且つ偏食で、忙しければ食べなくても平気になってしまう体質の美青が、わざわざ自分から甘いものが食べたい、と言い出したのには理由がある。
忙しい通常業務に加えて、追加で頼まれた社員会議用の資料作成。
昼休み返上でデータを拾って何とか間に合わせたと思ったら、部長が役員会議出席の為、急遽会議がリスケされてしまったのだ。
疲れ果てた宗方を見ていたら、何とか喜ばせてやりたくなったのだ。
その喜ばせる事が、自分が食事することになるのが何とも不思議なのだが、こうして目の前で強面の顔を柔らかくする宗方を見ていると、悪い気はしないから恋って盲目だ。
”あのさ、甘いもの食べたいんだけど”
宗方にそう言った途端、死んでいた目に輝きが戻って、自分が怖くなった。
この人の一挙手一投足を握っているのは自分かもしれないと本気で思ってしまったのだ。
ニヤニヤと笑みを浮かべる間宮と、ご馳走様、俺も帰ろー!と手を振る平良に見送られて、宗方と連れだってフロアを出るのは死ぬほど恥ずかしかったけれど。
「あんたもちょっと食べる?もちもちした食感が美味しいけど」
米粉を使用したパンケーキは、独特の食感が人気だとメニューに書いてあった。
軽い気持ちでフォークを差し出せば、宗方が一瞬固まった。
あ・・・そういえば、こういうことした事無かったな・・・
間宮がしょっちゅう姉さん下さいー!とか言って口を開けるので、さして意識した事など無かったが、こういうお店で、あーん、なんて結構なハードルだった。
「ん、貰う」
口を開けた宗方が、ぱくりとパンケーキを頬張る。
うわー・・これは意識してやるとかなり恥ずかしい!!
大失態を今更呪っても仕方ないけれど。
目尻を下げて、宗方が幸せそうな顔でパンケーキを飲み込んだ。
「いつもと逆だな」
「・・・へ?」
「俺が餌付けされた気分だ」
「え、餌付け・・・」
否定できないところが悲しい。
実際、宗方と付き合うようになってから、宗方の手料理にかなり餌付けされているのは間違いない。
最近では美青の食べやすい料理を考える事が、宗方の休日の楽しみになっている事も知っている。
差し出したままになっていたフォークを持つ手首を無造作に捕まえて、宗方がふむ、と考えるような表情になる。
「ちょっとは肉付き良くなったかと思ったけど、まだまだだな。
お前はほんと食わせ甲斐があるよ」
「ちょっと宗方・・豚にする気じゃないでしょうね」
健康的でいたいとは思うが、身体が重たくなるような事は困る。
「ああ、それもいいな。豚になったらもっと食えそうだ」
「は!?冗談じゃないわよ、馬鹿じゃないの」
慌てて手首を引っ込めて、食事を再開する。
豚になんてなってたまるものか。
「まあでも、豚はともかく、やっぱりもうちょっと丸みはいるだろ。美青は体力も無いしな」
「運動会系のあんたとだけは比べられたくないわ。
こっちの分野で、スポーツ好きとかほぼ皆無だからね。
宗方が異色なのよ。平良さん達見てみなさいよ」
「・・・平良達と比べられるのはなんか癪だな」
「比べるとかじゃなくて・・なんで同僚とあんたを比較すんのよ。意味が分かんない」
肩を竦めた美青に、宗方が目を丸くする。
「そうか・・・」
小さく呟いた宗方が、口元に手を当てて俯いた。
「え・・なに?」
何か変な事を言っただろうかと、美青が怪訝な表情になる。
「いや・・・参った・・・お前ってさ、時々不意打ちで俺の事喜ばせるよなぁ」
「そうなの!?」
全くもって初耳だ。
ぎょっとなる美青に向かって、頬杖を突きながら宗方がしみじみ頷く。
「俺は多分、美青のそういう所も含めて惚れてんだろうなぁ」
独り言のような呟きに、何も言い返せなくて、美青は俯いたままパンケーキを食べた。
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