第45話 Love Affirmation  朱夏佳人

明らかに不機嫌な美青を連れ出して向かった先は、最上階にある大型自販機の前だった。


品揃えも豊富な上に、余り人が寄り付かないので品切れが殆どない。


宗方の知る社内の穴場のひとつである。


相変わらずこちらを見ようとしない美青の頬に、自販機から出て来た冷たいレモンティーを押し当てる。


「ひゃっ!」


予想だにしなかった攻撃に、美青がか細い悲鳴を上げた。


甘さの含まれないその声に、平常時ではない時の彼女の声を知っている自分が少し誇らしげな気分になる。


どんなに不貞腐れても、臍を曲げても、宗方の腕の中では美青は何ひとつ思い通りにはならない。


思い通りにさせてやりたくともその知識を持たない彼女にはどうしようもない。


これから育てる楽しみを考えれば思わずほくそ笑むばかりだが、そうしてばかりもいられない。


「あのな、俺はお前と喧嘩するつもりも、誤解させるつもりもないからな」


「・・誤解なんてしてませんけど」


冷やかな視線と共に、素っ気ない返事が返って来る。


恋愛経験皆無の美青と浮気の定義なんて語り合いたくもない。


もっと実りのある話題が他にいくらでもあるのに。


美青が、宗方と比べて全くの未経験であること事体に気後れを感じている事は分かっていた。


他人と関わる事を避ける節のあった彼女が、こうして自分から身を寄せてくれた事だけでも奇跡なのに。


だから事あるごとに、美青は、宗方の過去と現在の自分を比較する。


そして比較した自分に落ち込むのだ。


ここで、落ち込んで拗ねてるんだろ、なんて言った日には、爆発した美青が理路整然と宗方に言い返して、最終的には、やっぱり別れよう、合わない!という結論を出してくる事は目に見えている。


それだけは何としても阻止したいので、自分から地雷を踏むような真似は絶対にしない。


ご丁寧にキャップを外して差し出せば、無言で受け取って美青がそれを口に含んだ。


ゆっくりと飲み込んで、宗方の顔を見て、視線を逸らす。


あーこりゃ、自分でもヒートアップしてた自覚があるな。


ヤキモチ?嫉妬?大いに結構!と豪快に笑えればいいが、そうもいかない。


相手は納得した答えが出て来るまで頷かない女だ。


「お前がチラッとでも不安に思うような事はしないし、出来ない。お前、自分が俺の命綱握ってる事まるっきり理解してないだろ?」


「は・・何を大袈裟な・・」


目を丸くした美青の手から返されたペットボトルに蓋をして窓際に置くと、宗方はふかぶかと溜息を吐いた。


「事実だよ」


「そ、それは、ああいう倒れ方したから・・・」


「きっかけはあれだけど、今は違う。仕事するのと同じように、お前の事を視界に入れておくのが俺の日常になってる。本当なら、もう少し余裕がある筈だったんだ」


壊れ物を扱う様に慎重に華奢な背中を抱き寄せる。


気温が上がるにつれて食欲が落ちて行った美青の体調管理は最早宗方の義務になっていた。


薄い背中に掌を這わせると、美青が身動ぎした。


いつものように身体を預けてよいのか思案しているようだ。


腕の中に収まったら体重は預けてしまう事。


宗方が美青と付き合うようになって、最初に彼女に教え込んだ事だ。


他人の体温が心地よいと感じた経験のない美青にとって、それはかなりの冒険で、挑戦だった。


じりじりと、通常の恋愛の倍以上の時間をかけて二人の距離を縮めて来たのだ。


それでも未だに組み敷く時には緊張する。


どこかで自分が理性を失えば、簡単に美青を壊してしまうのではと思うからだ。


俯いた美青の背中を何度か撫でさすると、少しずつ肩の強張りが解けていった。


ゆっくりと息を吸って、吐いて、そっと宗方の方に頭を預ける。


僅かに重くなっただけの肩を見て、それでもどうしようもない位嬉しくなるのは、相手が彼女だからだ。


そして同時に軽すぎる彼女の体重を恨めしく思う。


戻る時はもう担いで帰ろうかな、と思いながら髪を撫でていると腕の中で細い声がした。


「・・・宗方・・」


「ん?悪い、苦しかったか?」


つい油断して力加減を間違えたかと青くなったが、杞憂だった。


見下ろした美青の頬が、照れ臭そうに上気している。


「そうじゃなくて・・」


「じゃあなんだ?」


「・・・さっきは、ごめん」


小さな謝罪に、瞬きをして宗方は口元を緩めた。


目尻を下げて美青の額にそっと唇を寄せる。


「俺も悪かった。不安にさせるような事を言った」


「・・・もうこの話は終わり、で、いい?」


「ああ・・んで、お前今日は何なら食えるんだ?」


「麺類」


「・・またか・・いいよ。んじゃあかた焼きそばでも食いに行くか」


宗方の提案に、美青が目を輝かせて頷いた。


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