第43話 Love Affirmation 林檎かはたまたガラスの靴か
「はーい!美青姉さんお待たせしましたっ!ホットコーヒー豆乳入りでっす!アッツアツなのでご注意をー」
障害対応で残業確定してから3時間。
午後20時を目前にしてようやく復旧の目途がたった。
閉店間際に何とか駆け込みで復旧案内をリリースして、その後でremedyの経過報告を纏める。
もうひと頑張り必要な時間帯で、宗方から抜けれる人間は交代で休憩を取るようにと指示が出た。
報告対応が必要なメンバー以外は帰って良いと課長からの許可も下りたので、家族持ちの社員達はいそいそと帰宅準備を始める。
そんな中、最終残業確定の間宮がコンビニに出かけると言ったので、小遣いを渡してついでにお使いを頼んだのだ。
ソイラテだと薄くなるから、ブラックコーヒーに、豆乳追加して貰って、と指示を受けた間宮が、注文の品を手に自席に戻って来る。
さっき対策会議で上がった、クリアしていくべき議題を打ち込みながら、机の上に広げていたファイルを適当に避ける。
「ごめん、ありがとう。その辺置いておいて」
画面を見たままの素っ気ない美青の態度にも全く動じずに、間宮がにっこりを返事をした。
「あいあいさー」
いつもなら、このあたりで胃が痛くなるか、どうしようもない疲労感に襲われている頃なのだが、今日は調子がいい。
「姉さん、この商品カタログ汚れたら駄目ですから避けましょうよー」
「え?カタログ?」
必要な資料やらマニュアルは机の上に積んでいる自覚はあったが、うちのカタログなんて置いていた記憶が無い。
有名宝飾品メーカーに勤めながら、ヒカリモノに興味がないなんて大っぴらに言ったら叱られそうだが、昔からジュエリーの類に惹かれない女だった。
女子高時代には、派手なクラスメイト達が、年上の彼氏から貰ったというブランドのジュエリーを自慢げに身に着けていたが、いざ自分がその高価なジュエリーを身に纏う場面を思い描くと、金額と自分の価値が反比例過ぎて、重たくて倒れそうになった。
ああいうのは、ジュエリーの似合う価値のある女性が身に着けるべきだ。
きちんとその本質を理解できる、宝石の輝きに引けを取らない素敵な女性が。
あまりに真逆な自分が、そういうものに興味を持つこと自体おかしな気がして、だから社内報も、季節ごとに発行されるカタログも、殆ど目を通していなかった。
一鷹が、桜と美青にお揃いのピンクダイヤをプレゼントしてくれたことがあったが、桜がどうしてもいうから渋々受け取ったもので、申し訳ない事に、受け取って以来一度も日の目を浴びていない。
日常使い出来るようにと、一鷹がシンプルなデザインを選んでくれたと聞いたが、胸元で光るダイヤを想像しただけで肩が凝りそうだった。
そんな自分が、カタログを机に置いておくわけがない。
誰かが持って来て忘れて行ったのだろうと、ディスプレイから視線を下げる。
机の隅に見えたカタログの表紙を見て、ああ、と納得した。
「この間届いた修理のノートPCをセットアップし直した時に、高さ調整で使ったんだ。
いいよ、その上に置いといて」
あっさり答えて再び視線を戻した瞬間、間宮の絶叫が響いた。
「えええええええ!ちょ、姉さん!?見ました!?いま、ちゃんと見ました!?このカタログ!」
「うっさいな、見たよ、何。だから別に要らないものだから」
美青の素っ気ない言葉に、愕然とした表情で間宮がカタログを美青の顔の前に翳した。
「ななななに言ってんすか!?見て、ちゃんと、見て!シンデレラのガラスの靴ですよ!?」
「あー、そう。ガラスの靴ね、はい、見た。で?」
「ちょ、お、可笑しくないですか!?このカタログ、社内でもかなりの人気の号ですよ!?御伽噺シリーズの、一番人気のシンデレラ!ガラスの靴は、予約限定販売で社員でも初期購入は抽選になったのに!」
「そうなんだ・・・ふーん、あんたも欲しかったの!?」
「うちの女子社員は、みんなコレ見てうっとり溜息吐いて、いーなーガラスの靴持った王子様来ないかなー?ってやってんですよおおお!!どーなってんすか!美青姉さんの頭ん中はあああ!!」
コーヒー片手にプルプル震える間宮の向こうから、一服を終えて戻って来た宗方と平良が歩いて来る。
「おい、フロア空だからってうるせーぞ、間宮!何騒いでんだよ」
「どーした?なんかあったー?」
まともに昼休憩も挟まずにぶっ通しで働き続けた疲労が浮かぶ顔を盛大に顰めて、宗方が鋭い視線で間宮を睨んだ。
普通の女子なら思い切り怯みそうなものだが、間宮は負けじと宗方に詰め寄った。
「あんたの彼女どーなってんすか!」
「っは?美青・・・?」
突っかかって来た間宮に、宗方が目を白黒させた。
「あーこれね、知ってるよ、一時昼の食堂このカタログで溢れてたもんね」
「でしょ!?机に飾る女子まで出て来たのに!それを鍋敷き同然にっ・・」
「リケジョってそんな感じなのかなー?うちの祥香なら喜んで飾りそうだけど・・持って帰ろうかなー喜ぶかな」
「おたくのさっちゃんの話は一旦置いといて貰えます?今は、美青姉さんに、いかにして乙女の自覚を持たせるのかっちゅー話ですよ!平良さん!」
拳を握る間宮の肩をポンと叩いて、芹沢がミーティングスペースを顎でしゃくった。
「間宮、まーまー落ち着けって、橘の事は宗方に任せときゃいいよ」
ぎゃーぎゃー喚く間宮から一旦隔離するから、と言い訳をこじつけて宗方が美青を連れ出したのだ。
「いや、でも!同じ女子としてどーしても納得出来ないい!」
思い切り不貞腐れる間宮の隣で、平良は取り出したスマホで自宅で平良の帰りを待っている恋人にいそいそとメッセージを送り始める。
漂い始めた幸せオーラに間宮が唇を噛みしめて天井を仰いだ。
「王子様に憧れるのは、全乙女の義務なのにいいい!」
「それはお前の押しつけだから、な」
芹沢の苦笑いにも負けずに、間宮が美青の机から救出したカタログを穴が開くほど凝視した。
「ガラスの靴は乙女の夢えええ」
「うん、わかったから、もう半分呪いになってるからな」
☆☆☆
「あれか、その、お前はシンデレラじゃない方が好きなのか?」
宗方からの質問に、美青は豆乳入り無糖コーヒーを啜りながら眉根を寄せた。
「じゃない方って?」
「ほら、他にもなんだ、何とか姫ってのいるだろ輝夜姫?とか?あれ、それは日本か?」
「あー・・うん、どれもね好きじゃないしあんまり話も詳しくない。御伽噺事体苦手っていうか、なんか魔法とかお姫様とか、現実感が無さすぎて駄目だ。憧れる気持ちが分かんない」
「・・そういやお前の口からそういう話聞いた事ねーな」
「読み物としてはいいんだろうけど、自己投影は無理。だって、どう考えても魔法が使えないし、お姫様には慣れないでしょ?お城無いし魔法使いもいないしさ」
「・・それ間宮に言うなよ、泣くぞ」
「言わないけど、だから、ガラスの靴って言われてもそんなテンション上がらないしさ。飾るにしても埃被るし、曇るし、保存に困るでしょ」
「あー・・うん、わかった。色々と勉強になった」
「は?何の勉強?」
「俺は、ちょっと攻め方を考えなきゃならないって事だな」
「何?あんたどこを攻め落とす気なの?怖っ」
「ガラスの靴にも、御伽噺にも引っかかってくれないんだろ?」
「あたし!?」
「お前以外誰がいるんだよ」
「・・・いや、まあそうだけど・・・なんかごめん」
「謝るなよ」
溜息を吐いた宗方が、美青の座る一人掛けのソファの前にしゃがみ込む。
「あのな、俺の意見じゃないぞ。あくまで一般論だ。普通はガラスの靴を見れば、間宮ほどじゃなくても女子は騒ぐもんなんだよ」
「あーまー・・そうでしょうね」
「んでもって、ああいうカタログに載ってる、ネックレスやら指輪やらを恋人に強請るもんなんだよ」
「これと言って欲しいものも無いし・・」
「だろうな・・だから、お前はさ、何になら引っかかってくれるんだよ」
「へ?」
「俺は、お前さえその気なら喜んでガラスの靴を用意するのに」
「・・そうなの!?」
「そんな驚くとこか?最初からそう言ってる」
「でも貰っても、置く場所無いし・・」
飾る場所を作る為には不用品を処分しなくてはならない。
綺麗に保存できる自信も無いので、宗方の気持ちは別として、贈ってもらうのは申し訳ない。
心底困った様子を見せる美青に、宗方がやれやれとため息を吐いた。
「あー・・そうだよな。そうなると思った。ガラスの靴って、ただのオブジェだと思ってるだろお前」
「玄関に置いておいたら運気でも上がるの?」
風水的アイテムとして利用価値があるのだろうか。
クリスタルには退魔の力があると聞いたことがるけれど、ガラスの靴にそんな力があるとは思えない。
額を押さえて天井を仰いだ宗方が、膝の上に置かれたままの美青の手を握る。
「普通は、ガラスの靴はプロポーズの時に渡すんだよ。シンデレラってそういう物語だろ」
「・・・え・・・えええええ!?」
シンデレラにあやかってなんて素敵なエピソードを強面男の口から聞くことになるなんて夢にも思わなかった。
唖然とする美青に、宗方が不敵に微笑んだ。
「だから、風水でもなんでもいいから、欲しくなったらすぐに言えよ。婚姻届けと一緒に押し付けてやるからな」
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