第39話 Love Affirmation  完パケ

「よーやく終わった・・・」


和やかな談笑を遠くに見ながら、美青は会場の隅に置かれた椅子に腰かけて、申し訳程度に盛り付けられたサラダを突いた。


当然、自分で選んだものではなくて宗方に押し付けられたものである。


無事システム導入が完了してから3日後、志堂本社の会議室に関係者が集まっての納会が開かれた。


出席者は、システム会社の代表である丹羽や、志堂と本田の重役、同行秘書の小野寺、システム主任の補佐として松田も来ていた。


あの一件以降初めて顔を合わせたわけだが、松田も小野寺も以前と変わらない態度で接してくれて、それだけが救いだった。


挨拶もそこそこに、それぞれの上司の元へ戻っていた二人を見送って、美青はすぐ壁の花へと舞い戻った。


志堂側の挨拶回りは進んで宗方が買って出てくれている。


それは物凄く有難い。


最低限の挨拶を終えた後で、適当に見繕った栄養バランスのよさそうなサラダをごく少量さらに盛り付けて美青に押し付けると、宗方は一人で談笑が続く輪の中に戻っていった。


「後は任せとけ。お前はこれでも食って座ってろ、な」


「え、いいの?助かるけど」


「なんでそこで訊くんだよ、いいに決まってるだろが」


「いや、でもさ・・」


「上役に挨拶は終わったし、これ以上ウロウロしたら具合悪くなるかもしれんだろ」


「そこは頑張るけど」


嫌だし苦手だし避けたいけれども!


1人じゃないからまだマシだし・・・


美青の言葉に、心底呆れた顔で宗方が切り返した。


「いまここで頑張るとか言うなよ。俺がいる時位ちょっとは頼れ。こういう時の為に俺がいるんだろ」


まるでそうする事が自分の仕事だとでも言わんばかりのどや顔を向けられて、美青は思い切り首を振った。


「・・・いや、あんたの仕事はあたしの代わりに挨拶回りして、どうでもいい世間話することじゃないから!もっと大事な仕事いっぱい抱えてるでしょ!」


フォロー役を買って出たとはいえ、そこまで仕事の内と思われてしまっては申し訳がない。


正直今回の仕事は、宗方と組んで助かる事だらけだったけど!


でも、これが普通なんて思ってはいけない。


それは思い上がりというやつだ。


美青としては社会人として、至極真っ当な回答を述べたつもりだった。


だから、ない胸を張ってみせた。


が、目の前の宗方は酢を飲んだような顔になってそれはそれは重苦しい溜息を吐いた。


「あーのーなー・・」


地を這う様な低音で呻ったかと思えば、美青の手首を乱暴でないぎりぎりの強さで掴んで、傍にあった椅子に腰かけさせた。


必然的に宗方を見上げる格好になった美青が、憤然と不満を顔に出す。


その肩を掴んで宗方が凄んだ。


「誰が、いつ仕事の話つった!?」


何を言い出すのか。


美青は宗方の言葉に茫然と口を開けるしかない。


忙しすぎていま自分がどこにいるのかも忘れちゃったの!?


今回のシステム導入の着地点が見えた頃から、宗方は一時的に芹沢に回していた仕事を自分で引き受けるようになった。


他のメンバー任せで欠席しがちだった他部署との連絡会議にも元通り顔を出しているし、新年度に追加予定のシステム変更の案件にも携わっている。


それだけ超多忙にも関わらず、今まで同様美青の面倒を見ようとするのだから、無理が祟らないわけがないのだ。


付き合うようなってからは、先に美青が退勤する日は、大抵帰りしなマンションに顔を出す。


別に何をするわけでもないが、顔を見ないと落ち着かないらしい。


全く以て理解不能な理由だが、これまでかけた数々の心配があるので無下にも出来ず、それで宗方が安心するならと好きにさせていた。


それでも、家に来れば玄関でじゃあな、で終わるわけも無く、晩飯食ったの?から始まり、結局お菓子を摘まんで終わらせていた夕飯を見抜かれて、ぶつくさ言いながら宗方が台所に立つ。


逆だろ!とは思うが、向こうが作る料理の方が断然おいしいから仕方ない。


自炊長いって言ってたし、人の包丁捌きを見てはハラハラしてるより宗方もいいだろうし。


とあれこれ言い訳を付けて納得している。


結局ウダウダとテレビを見て過ごして、終電間際に宗方が部屋を出る事も少なくなかった。


やっぱり寄り道すんな、すぐ帰れって追い返すべきだった。


今更な後悔を振り払って言い返す。


「何言ってんの!今ここ仕事場よ!仕事の延長!」


「馬鹿、違う、そうじゃねぇ!」


「なにが違うのよ!?」


「決まってるだろお前の立場だ!」


「・・・立場」


はて、たしかこちとら主任にもなれていない平社員の筈でしたけど。


ぽかんと呟いた美青の様子に、宗方がああー、と頭を抱えた。


「なに、なんでそんな落ち込んでんの、ねえ、なんで・・・凹むような事言った?」


「あー・・・いや、そうだ、そうだった」


ついには、美青の隣でしゃがみ込んだままブツブツ言い出す宗方。


美青は宗方の広い肩に手を置いて、励ます様に軽く叩いた。


「あんた絶対疲れてんのよ。仕事立て込んでるし、会議も続いてるし、そのうえあたしの様子まで見に来るし。今日から一人でもちゃんとご飯食べるから。わざわざ寄り道して、帰宅時間遅くする事無いよ。朝もどうせ早く来てんでしょ?ちょっとは自分の事考えてよ、あたしだって、ほら、一応カノジョなわけだし・・・それなりに、心配とかさ」


宗方に限って仕事中倒れるような事はないだろうけど、万が一ということもある。


もし、そんな事になったら、どう足掻いたって美青じゃ助けられない。


宗方を背負うどころか肩を貸せるかどうかも疑問だ。


大真面目に言った美青を今度は見上げて、宗方がおもむろに手を伸ばした。


「そこまで分かっててなんでわかんねぇかな・・」


「へ・・・にゃに・・・いひゃい」


遠慮のかけらもない勢いで頬が引っ張られる。


びっくりする位熱い指先に意識が集中してしまって顔が見られない。


違う生き物だって改めて自覚する。


「俺がお前のとこに通うのは、心配云々置いといて、会いたいからだ。


決まってんだろ。


様子見に来た、なんて体の良い言い訳だよ馬鹿。


そうでもしねぇとお前家に上げないだろ」


「そ・・そんな事は・・ないけど・・付き合ってんだし」


「だったらもーちょっと警戒しろ!いやすんな!」


「ちょっとどっちよ!?」


「あーもういい。この話は後だ」


「え、なに勝手に終わらせてんのよ!」


「言ったらお前逃げるだろ」


「は?そんなの話す前から分かるわけないでしょ」


「・・・とにかく、今は同僚としてじゃなく、彼氏として俺を頼れよ。


お前が引っ張り出されないように愛想振り撒いて来るから」


「・・・」


ようやく最初の話の答えに辿り着いた。


宗方は最初から、この会場に来た時から仕事と別の視点で美青を見ていたのだ。


そうやって身軽に切り替えられると困る。


経験値ゼロのあたしにそれを測れっての!?


ハードルが高すぎるわよぉ!!


ぐっと唇を噛み締める美青の指先を一度だけ握って、すぐ解いてから宗方が立ち上がる。


「よし、納得したな。じゃあな、それ位なら食えるだろ」


それっきり、背中を向けた彼は一度も振り返らなかった。


会場の四隅には何脚か椅子が置かれていて、立食パーティではああるが、休めるようにもなっている。


言い付けを守ろうとタラモサラダをゆっくり食べていると、一通り話を終えた宗方がこちらに戻ってきた。


「お、ちゃんと食ってるな、えらいぞー」


嬉しそうに言って、宗方が隣の椅子にドカリと腰を下ろした。


少し離れた場所では、松田と小野寺が丹羽を交えて何やら話し込んでいる。


こういう場所にいると美男美女というのは視線を集めるものだ。


見目の良い3人が和やかに談笑する様は見ているだけで目の保養になる。


「もう行かなくていいの?」


「一通り挨拶はしたしな、ばらけ始めたしいいだろ、ん」


ネクタイを少しだけ緩めた宗方が、手にしていた小さなグラスを取り皿の隅に乗せた。


一口サイズのバニラアイスに、チョコレートソースがかかっている。


「デザート、いるだろ?」


「・・・いる」


「それ食い終わってからな」


「・・なんなの、あんたあたしのお目付け役なの?」


「立派な彼氏様のつもりだけどな」


どうだ参ったか、と言い切られると何も言えなくなる。


それなりに立派な彼氏だと思っている事は絶対に言わないでおく。


「・・・あっそ」


美青の素っ気ない答えに気分を害した様子もなく、宗方が話題を替えた。


「それよりさ」


「なに」


「俺の寝不足が画期的に解消される方法があるんだけどな」


「それ、あたしがさっき提案したでしょ」


物凄く前向きな提案だ。


宗方の不安も解消されて、健康的な生活が送れる素晴らしいアイデア。


けれど、宗方は美青の予想の斜め上を行く回答を投げてよこした。


「お前がさ、俺と一緒に住めばいいよ」


「・・・何言ってんの。馬鹿じゃないの、熱でもあんの!?」


「至って本気で大真面目だ。俺は寄り道せずに帰れるし、不要な心配もしなくて済む。部屋なら余ってるし、お前の部屋の荷物位余裕で入るぞ」


「いや、ちょっと、だから」


慌てる美青を綺麗に置き去りにして、宗方がスマホのスケジュール帳を開いた。


「で、いつ越してくる?」


呆れるのを通り越して、美青はもう怒鳴るしかなかった。


「人の話聞きなさいよ!!」

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