第12話 Love Affirmation  撃沈

「俺・・・橘にフラれた気がする・・」


馴染みの居酒屋に着くなり、届いたビールを一気に煽った宗方が、やけくそ気味に言った。


そのままジョッキをテーブルに乗せて、ぐったりを溜息を吐いて項垂れる。


付き合えよ、と引っ張られて来た芹沢と間宮は、顔を見合わせて何事か?と首を傾げた。


「フラれたって・・・とうとう言ったんですか!?」


「え。なに、ガチ告白して、ごめんなさいされたの、お前!」


おいおい!と興味津々の視線を向けられた宗方は、うなだれたままで、昨夜の出来事をさらっと話した。


あの状況で、あの反応。


いけた!とガッツポーズを堪えた次の瞬間、あろうことか美青は電車に向かって駆け出したのだ。


甘ったるい空気を振り払うように。


抱き寄せた宗方は、もっと腕に力を込めておかなかった事を心底後悔した。


「っはーあ・・・なるほどー・・」


「まーたしかになー・・今日一日、あの子、お前の事綺麗に避けてたよな」


「ですねー。てっきりいつもの口喧嘩の延長かと思ってました」


「振った相手に、期待させるような態度は取れない、っていう意思の表れかー・・・」


本日の橘美青の様子を振り返って、分析をする芹沢と間宮に、宗方が肩を落としてテーブルに突っ伏した。


”フラれた”というか”躱された”感じがした。


だから、ほんのわずかの希望を持って出社したのだ。


けれど、その希望はものの数秒で霧散した。


フロアの入り口で挨拶を交わして以降、美青から宗方に声をかけることは一度も無かったのだ。


元より、美青からアクションを起こすことは稀なので、それはカウントしない事にしたとしても、宗方から声を掛けてた際にはいつものような、どうでもいい会話が繰り広げられる、はず・・だった。


が、声を掛けても必要最低限の事しか言わない。


仕事以外の事で話しかけようものなら、困ったような顔を向けられる。


これまでの”鬱陶しいな”という表情ではなく明らかに、どう対処していいか分からないというようなそぶりを見せるのだ、あの美青が。


これで”フラれた”と確定した。


「・・・やっぱり俺の事避けてたよな?」


それでも誰かに尋ねずにはいられなくて、宗方が声を上げる。


と、芹沢と間宮が同情するような視線を向けてきた。


「まーもう、これだけあからさまに避けられちゃあ、そういうことになりますよねぇ。姉さんの事ですから、きっと人生初の告白で、どうしていいか分からずに、それがそのまま態度に出ちゃってるんですよぉ」


「初心で可愛いよなぁ。あの仕事命の才媛が、右往左往してるってフロア中注目してたし」


「そんな周りの視線すら気づかない姉さんの狼狽えっぷり、可愛かったですよねぇ!もう颯爽と王子様のごとく現れて、困っている姉さんを攫ってしまいたくなるほどに!!」


「ここで志堂専務とか来たら、それこそ社内スキャンダルだよな!」


「ああ!最高のキャスティングですね!うふふふふ!!白の騎士こと王子様志堂専務と、黒の騎士ことガテン系宗方さん。ふたりの間で取り合いされる初心でピュアで意地っ張りな人間嫌いのお姫様!!ひゃっほう!!面白い!ネタになる!!めっちゃ筆が進むぅ!」


「やめろ、勝手にキャスティングすんな!」


「え、間宮、ちなみに俺の役割は?」


「んーそうですねぇ。芹沢さんはー・・姫を見守る兄殿下とか如何でしょうか?初恋に戸惑う妹に的確なアドバイスをしつつ、可憐な妹が恋によって洗練されていくさまを淋しい思い出見つめる役です」


「おお、それいいねぇ」


「ちなみに、サポーター間宮は、素敵な魔女っ娘キャスティングで黒のゴスロリで参戦します、これだけは譲れません」


「うん、似合うな、それ、間違いなく。ゴスロリってさぁ。細い子が着るより、ちょっとぷよっとしてる子が着た方ががぜん可愛いよな」


「分かってますね!そうなんですよ!強調すべきは胸の谷間と絶対領域です!」


「おお!!なるほど!」


ぺらぺらとどうでもいい話を繰り広げる二人に、宗方の堪忍袋の緒が切れた。


「おまえらいい加減にしろ!!!」


「はいはーい、悪かったって」


「失恋兄さんすみません!調子乗りましたっ!」


へらへらと笑って見せた芹沢が、テーブルに置いていたスマホが光っている事に気づいて席を立つ。


「彼女ですかぁ?」


「あいつマメだからな。定期連絡欠かしたことねぇんだよ」


「あー失恋兄さんには無理そうですねぇ」


「いや、俺だってそれなりに・・・ってお前な!」


「まあまあ、飲みましょうよ。どうせ、フラれたってすぐには諦めつかないわけでしょ?そんな簡単に割り切れる思いなら、告白ここまで引き延ばしたりしてませんよねぇ」


「お前さ・・・ほんっとむかつくけど、時々優しいよな」


「うふふーアメとムチのバランスで、男心をむぎゅうっと掴むわけですよ」


「・・・なるほどな・・・お前みたいな女を好きになったら、きっと楽なんだろうな」


「おお!お手軽発言ですかい!」


「悪い・・・そーじゃなくてな・・・なんっつーか、こっちの機微も理解して、ちゃんと先回りしてくれて・・・適度にフォローしてくれさ。面倒なことにはなんねぇだろーし・・・」


「でも、面倒でも姉さんがいいんですよねぇ?」


「ああー・・・そうだな・・・面倒でもあいつがいい」


腕を組んだその上に頭を預けて目を閉じる。


抱き寄せた身体は相変わらず折れそうに華奢で、細くて・・・でも、ちゃんと柔らかかった。


そのことに安堵したと同時に、物凄く動揺した。


ちゃんと理解していた筈なのに、橘美青という人間が”女の子”なんだと改めて実感したら、居てもたっても居られなくなった。


指通りのよさそうなサラサラの髪。


ほのかに香った花の香り。


香水をつけるようなタイプには見えないから、シャンプーかな?と思ったら、馬鹿みたいに心臓が痛くなった。


腕から綺麗にすり抜けて行った美青は、また、明日!と手を振っていた。


だから、どこかで安心していたのだ。


「悪いな、あれ、なに、またへこみ中?」


「失恋の傷みと戦いながらも、途切れぬ彼女への想いにのたうち回っていらっしゃいます」


「なあ、間宮、さっきの台詞取り消していいか?」


「ええー男に二言はない、ですよぉ」


「なになに、どんな素敵な決め台詞吐いたの?」


「うふふー乙女の心を擽る甘いセリフなので内緒にしておきます。で、それはさておき、あのう、ちょっと質問なんですがね」


急に真剣な口調で間宮が切り出した。


「・・・んー・・なんだ」


ジョッキに残った水滴と、琥珀色の液体をぼんやりと眺めながら宗方が答える。


「宗方さん、姉さんに好きだってちゃんと言いました?」


「・・・いや、態度で分かるだろ、あの状況だぞ!?」


同僚にしては近すぎる距離で、自分の態度に気づいていたのかと尋ねたら、美青はしっかり頷いたのだ。


「見てないのでどの状況かはわかりませんけど・・」


「お前のピンクな色眼鏡で記憶したデータだと、改ざんされてる可能性もあるしな」


「芹沢さん辛口ぃ」


「いやいや、言うべきことははっきり言っとかないと」


「じゃあ、言葉にしてないんですね?」


「・・・して・・ない」


もう少し時間があれば、もちろん向かい合って言うつもりだった。


美青が逃げられないように捕まえて、だが。


その前にものの見事に逃げられたのだ。


頷いた宗方に、間宮が顎に手を添えてふーむと唸る。


どこかの名探偵のような仕草に、頼りがいを感じてしまうのは、自分が弱り切っている証拠なのか。


宗方が固唾をのんで見守る中、間宮が急にポンと手を打った。


「こーなったら、マグレにかけてみましょう!望みはある、かも?」


「ん?どういうこと?」


「望み何てあるか!」


芹沢と宗方の台詞が綺麗に重なった。


間宮が、いつになく情けない顔でこちらを見てくる宗方と、興味津々の表情で答えを待つ芹沢に向かって、人差し指を立てて見せる。


「考えても見て下さい、相手は、あの、橘美青ですよ!」


「え?」


「ん?」


「これだけあからさまーな宗方さんの、中坊なみのアプローチに全く気付かずスルーし続ける、超鈍感な姉さんだから、もしかしたら、告白だと思ってなかったかもしれません」


「・・・はは・・・まさか・・」


宗方が冷汗を掻きながら答える。


あれが告白じゃないならなんなんだ。


ただの思わせぶりな態度で美青に迫っただけじゃないか。


しかも美青は気づかずに、ろくに動揺もせず去って行った。


物凄く、俺が馬鹿みたいじゃねぇか!!!!


「おそらく、少女漫画にも触れていない姉さんにとって告白とは、昭和スタイルですよ!」


突拍子もない間宮の発言に、宗方と芹沢が怪訝な顔になった。


昭和スタイルとはなんぞや?


と首を傾げる先輩二人に、間宮がしたり顔で囁く。


「靴箱に手紙で放課後の呼び出し!ふたりきりの校舎裏で夕陽のなか好きだ!と叫ぶ、あれですよ!」


「・・・はああああ!?ありえるかそんなもん!」


馬鹿か!と叫んだのは宗方だ。


芹沢は意外にも納得した様子で、ふむふむと頷いた。


「確かに一理あるかもな。それとなく態度で匂わせるんじゃなく、直球勝負じゃないと、気づかないと。カーブやフォークボール、変化球は綺麗に無視されるって事か」


「まさか・・・だろ」


「手のかかる女だって、分かってたんですよねぇ、宗方さん?」


間宮がにんまりと微笑んだ。

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