第10話 Love Affirmation  突撃

「急にお誘いして本当にごめんなさいねぇ」


全く悪びれず、コロコロと口元に手を当てて笑う和服の女性を前に、美青は顔を引き攣らせながら苦笑いを返した。


ごめんなさいとか言う前に、この状況を説明してよ。


60代位だろうか。白髪交じりの髪を綺麗に結った姿は、上品で、けれど有無を言わせぬ喋り方には言いようのない威圧感を覚える。


こういうのなんて言うんだっけ・・・ああ、そうだ。


近所の世話やきおばちゃんだ!!


漸く的確な例えが出てきて、脳内で勝手に納得する。


美青は運ばれてきたカフェオレに手も付けずに、宗方の身内だと名乗る目の前の女性をひたと見据えた。


会社のエントランス前で誰かを待っている様子の女性を見つけたと思ったら、着物とは思えない素早さで近づかれて、あっという間に止めてあったタクシーの中に連れ込まれた。


これではまるで誘拐だ。


仰天する美青に、さっき電話で話したじゃないの!と声をかけた彼女は、新幹線停車駅前の有名ホテルの名前を告げるとすぐに車を走らせた。


その間美青に一切口を挟ませなかった。


まさに早業だ。


宗方の事で、どうしてもあなたに用事があると真顔で言われたので、そのまま飛び降りる事無くホテル併設のカフェまで同行したわけだが、如何せん話が見えない。


宗方本人に言えない話を、どうして美青が聞かなくてはいけないのか。


「宗方・・さんのお身内の方があたしに何の御用でしょうか」


「剛ちゃん、会社でどう?」


「どうって・・・」


何をどんな風に応えれば良いのかさっぱり分からない。


「私はね、あの子の母親代わりのようなものなの。嫁いだ妹が早くに亡くなってからは、自分の子供同様に世話を焼いて来たのよ。今は主人の実家暮らしになったから、あまり顔を見る機会も無くなってしまったんだけど・・・」


「はあ・・・」


「たまーに電話しても、何も変わり無い仕事は順調だの一点張りでしょう?そろそろ結婚を考えてもいい年頃なのに、そういう相手もいないようだし。それならと思って、主人のお知り合いのお嬢さんとのお見合いを勧めた途端、絶対に嫌だって断るから、ちょっと気になっちゃって。電話かけても忙しい、時間が取れないって素っ気ないのよあの子」


はあ、と重たい溜息を吐いて、きっと剛ちゃんとお似合いなのに、と叔母と名乗る女性が頬に手を当てた。


何となく宗方の様子がおかしかったのは、彼女からの連絡が原因なのではと思えてくる。


仕事が一番楽しい年頃の男に、その気も無いのに結婚を押し付けるなんて、無謀すぎると思うけど・・・


「・・・まだ結婚を考えられないとかじゃないですか・・・」


相手が云々というのではなく、家庭を持つ事自体に興味が無いのかもしれない。


事実、宗方はこの仕事に向いていると思うし、本人も楽しそうだ。


今は目の前の仕事に全力を注ぎたいという彼の気持ちも分からないでもない。


それに・・


「お見合いが結婚と直結しているっていう事自体、抵抗があるのかもしれないし・・」


先日2人で食事をした時も、彼女はいないとは言っていたものの、欲しくはないとは言わなかった。


その気がないわけではないのだ、きっと。


「あ、あたしはただの同僚ですし、彼の何を知ってるわけでもないですけど・・・」


「でも、あの子電話に出たじゃない?」


「それは、さっきもお話しましたけど、たまたま偶然です。彼に渡すつもりが、画面に触ってしまって・・・」


彼女が何を期待したのかは知らないが、ふたりの関係を誤解されるのは困る。


宗方のためにも。


「あたしと話をするより、本人と話されるほうがいいと思いますよ。不要な誤解をされているのかもしれませんが、あたしと宗方さんはただの同僚なんで」


きっぱり言い切った美青を前に、宗方の叔母は少しの動揺も見せなかった。


むしろ楽しげに眼を細めて見せた。


「剛ちゃんが、こうもはっきり私のお願いを突っぱねたのは初めてなの。訳を訊いても、理由何てない、とにかく今はお見合いは出来ない、その気も無いのに相手に会うのも失礼だって」


「まあ、そうですよね・・」


「だから、ちょっと不思議に思って、仕事場に気になる相手でもいるのかって訊いたのよ。そうしたら、同じ職場に女の子はいないって大声で言い返して来て」


「・・・オンナノコはいない」


まあ、たしかに美青も間宮も、普通の女性社員の規格からは大きく外れる存在ではある。


それでも、存在自体全否定するような発言には、軽い憤りを覚えた。


「変でしょう?実際あなたは剛ちゃんと同じ部署でお勤めなのよね?」


「そう・・ですけど」


「私に詮索されるのが嫌で、隠しておきたかったのかしら?なんて思ったら、色々気になっちゃって」


居てもたっても居られずに、新幹線に飛び乗って来ちゃったのよ、と微笑まれても、反応に困る。


そもそもどうして宗方はそんな馬鹿みたいな嘘を吐いたのか。


詮索されたくないのならもっと巧妙な嘘を吐くはずだ。


隠しておきたいって何?


そりゃあ多少の欠陥はあるけど、あたしだって菜々海だって立派な部署の一員だ。


それ相応の仕事をしているという自信はある。


だってこの仕事に女らしさとか必要ないっての!!


要るのは正確性と、処理能力とスピード。


これまで協力し合って片づけてきた案件をあれこれ思い出していくうちに、なんだか胸の奥がもやもやとしてきた。


認められていると思っていたのに。


憮然とした表情で怒りのやり場を探す美青の向かいで、こちらを見ていた筈の宗方の叔母が、遥か後方に向かって手を振った。


「ふふっ。きちんと時間を守るのはあの子のいいところよねぇ」


彼女の言葉に、美青が怪訝な顔で振り返る。


「葉子おばさん!って・・・な、なんで橘が!?」


声をかけた宗方が、一緒にこちらを見つめてくる美青に気づいて仰天した。


「それはこっちのセリフ」


突如現れたイライラのはけ口に、美青は鋭い視線を向けた。


「ちょっとおばさんどういうことだよ、なんで橘と一緒に」


「さっきあんたの電話を鳴らした時に、少しだけお話したのよ。それで、来ちゃった」


「来ちゃったって・・・え・・さっきの電話?橘、お前すぐ切ったって」


「ああ、私が無理に話しかけたんだから彼女は責めないで。だっている筈の無い女性の同僚が電話に出たもんだから、驚いちゃって」


にっこり笑って宗方を見つめる叔母に、宗方がしまったという顔になった。


「いや・・・だから、それは」


言葉に困る宗方を睨み付けて、美青が勢いよく立ち上がる。


「甥御さんも来られたみたいですし、用事もないようなんで失礼しますね」


「あらあら、そんな事言わないで。カフェオレだけでも飲んで行きなさいな」


「結構です」


毅然と言い切った美青、こちらを見つめて返答に困っている宗方に冷たい視線を向けた。


「あんたが認める女の子じゃなくて悪かったわね」


「っは!?お前何言って・・・」


「女の子と思える存在は職場にはいない、そういう事でしょ?」


言い切ったセリフが鋭く自分の胸に突き刺さった。


自分でもどうしてこんな冷たい声になるのか分からない。


何に苛立っているのかも。


「なんでそうなるんだよ、頼むから歪曲した取り方すんのやめろ」


「普通に聞いたら誰だってそう思うわよ!」


撥ねつける勢いで言い返して、美青は歩き出す。


エントランスに出ればタクシーは捕まえられるし、ここからなら地下鉄でも帰れる。


とにかく一刻も早くこの場から立ち去りたかった。


「待て」


すかさず宗方が美青の華奢な手首を掴んだ。


「何よ」


睨み付ける美青を無視して、宗方は視線を叔母に向けた。


この事態を愉しむ様に肘掛け椅子にゆったりと身を委ねていた叔母が、少し身を乗りだして小首を傾げる。


「葉子おばさん、お見合いの件は電話でも断っただろ?」


「お写真だけでも見たらどう?家元が推薦されるだけあって、すごく清楚で感じの良いお嬢さんよ」


手にしていた紙袋からお見合い写真らしきものを取り出す彼女に、宗方はあっさり首を振った。


「見た目がどうとかじゃなくて、今は他の人の事は考えられないから断るって言ったんだ」


「あらやだ、剛ちゃん気になるお相手でもいるの?」


口元に浮かべた笑みには、明らかにからかいの色が滲んでいる。


美青はどうして自分が手を掴まれたまま引き留められているのか分からずに、宗方の腕を引き離そうともがいた。


が、当然の事ながら彼の力は一向に緩まない。


しかもあろうことか、美青が暴れれば暴れる程掴む指に力を込めてくる。


家族ケンカなら他人の居ない所でやってくれと呆れた表情で宗方を見上げた途端、宗方がなぜかこちらを見下ろしてきた。


「・・・いる」


「まあそう!」


楽しそうな叔母の声と。


「へ!?いるの!?」


美青の間抜けなツッコミが重なった。


そう思ってみれば、この間彼女がいないとは聞いたけれど、気になる相手云々にまで話が及ばなかった。


というか、そんな事考えた事もなかった。


さっきまでの怒りもどこかに吹っ飛んで、代わりに胸の奥に生まれたのは驚き。


瞬きを繰り返す美青に、宗方が顰め面になる。


「・・・お前なぁ・・・」


「なに」


真顔で返せば、宗方が盛大に溜息を吐いて美青の手をそっと離した。


「いや・・・もーいい。とりあえず駅まで送る」


「は?いいよ、別に」


気遣いは無用と突っぱねた美青に、ぜひそうさせてあげて、とどうしてか宗方の叔母が口添えしてきた。



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