第7話 Love Affirmation 距離感
「お前はまずその偏食をどーにかしろ。んで、ウサギの餌みたいなもんばっかり食うな」
「いや・・・偏食じゃないし、ウサギの餌って・・・ウサギにもあたしにも失礼だっつの」
気付けば野菜ばかりを口にしている美青への鋭い突っ込みは、眉間の皺と憎まれ口で切り返された。
無理やり連れて来たのは自分なので、奢ってやると豪語した宗方の手前、味見程度の食事で終わらせるわけにはいかず、結局美青は、出てきたメニューの6割を完食した。
奢ってもらったのに残すのは申し訳ないという義務感が働いたからこその摂取量で、宗方としては満足している。
義理堅い美青らしく、店を出るなりお茶に行こうと宗方に提案した。
ご馳走様でした、で終わるわけにはいかないと思ったらしい。
思ってもみなかった美青からのお誘いに、即座に乗っかった宗方は、駅前近くのカフェで改めて美青と向かい合わせになっている。
奢られる形になった宗方が選んだのは、シンプルなホットコーヒーだ。
”いやー、姉さん男前ですからー”
という間宮の声がどこからともなく聞こえてきたが無視する。
お茶奢って下さーい、と可愛く女の子から強請られれば悪い気はしないし、男の方もたった数百円で奢ってやったという優越感が得られる。
美味しいです、と終始にこにこ微笑む可愛げのある女子とばかりお付き合いしてきたので、どこまでも対等でいようとしる姿勢には驚かされてばかりだ。
こういう所が、男慣れしている女子と違うんだよなぁ・・・
カフェラテにスティックシュガーを一本入れた美青が、スプーンでカップをぐるぐるかき混ぜながら、だってさぁ、と言い訳を口にした。
「食べやすいもんを探すと、つい何とかサンドとかになるのよ。でもハンバーガーも嫌いじゃないし、焼き魚も食べるし」
「まあ、食事に拘らない橘らしいけど・・・砂糖入れんの珍しいな」
「え?あーそう?夜はなんか甘いもの摂りたくなるから」
「へー・・・なんだ、意外と女子だな」
「・・・意外で悪かったわね」
ジト目になった美青が睨み付けてくる。
「あ、いや、別にそういう意味じゃ」
「じゃあどーゆう意味だってのよ・・・別にいいけど」
ふんっと顔を背けた美青が、頬杖を突いた。
不貞腐れた横顔と、素っ気ないセリフ。
”別にいいけど”が”どうでもいいけど”に聞こえた。
「甘いもん欲しくなるならケーキでも食えば・・って入んねーか、さすがに」
「そーね。今日はもう無理だわ。
だから、菜々海が時々お茶誘ってくれるのは助かる、面倒にもなるけど」
「なにが助かるんだ?」
美青なら、一人でカフェに行くのも平気だろう、むしろ誰かと密接な時間を過ごすことのほうが苦手そうに見えるのに。
素朴な疑問を口にした宗方に、美青が入り口近くガラスケースを示した。
「あれだけ種類あったらさ、一つに絞るって難しいでしょ?」
「ああ、まあ」
ショートケーキに、ガトーショコラ、フルーツタルト、チーズケーキに、プリンやシュークリームのラインナップ。
来店する女性客が足を止めるのも無理はない。
曖昧に頷いた宗方の顔を見て、美青が答えを口にした。
「いっつも2人で、違うケーキ選んでシェアすんのよ。そしたら、一度で二つの味が楽しめるから」
ふたり連れの女子がよくやりそうな行為。
キャピキャピした雰囲気とは無縁の美青と、独特の雰囲気を持っているオタク女子の間宮が、楽しそうにケーキをつつきあっている様子を想像する。
物凄く面白くない。
つくづく間宮の後輩ポジション美味しいな・・・くっそ・・
宗方以上に美青の傍に居て、プライベートにまで踏み込んで付き合っている頼りになるが憎い後輩の顔に一瞬だけ×をつけた。
せっかくのデートもどきなのだ、間宮の事を考える時間が惜しい。
気持ちを切り替えた宗方の向かいで、美青が持ち上げたカップにそっと口をつけた。
程よい甘さだったのか、少しだけ表情を緩めて微笑む。
たかが同僚を前に、気を張る必要もないのだが、それでも今の美青は無防備すぎた。
ひとりで過ごす時も、間宮と過ごす時も、同じ様な表情を見せているのだろうか。
ふと浮かんだ疑問。
途端、再びあのにやけた笑い顔が蘇った。
確信を持ちながらも、しらじらしくコーヒーを飲みながら、明日の天気でも話題にするように宗方は切り出した。
「なあ、間宮と一緒の時も、こうやって向かい合って座んの?」
「うん、カウンター席にはあんまり座んない」
「・・・あーそう」
「何でそこでイラッとすんのよ、宗方」
「べつに」
「べつにって・・」
「今度から俺がケーキ屋付き合ってやろうか?」
「宗方にケーキ屋似合わないでしょ」
前言撤回。やっぱり間宮むかくつ。
★★★★★★
これまでも、何度か部署に差し入れを貰った事がある。
志堂が提携を結んでいる老舗スイーツ店の焼き菓子や、課長が店舗の視察調整で買って帰ってきたデパ地下スイーツ。
それらは、いの一番に女子社員に回された。
どれでも好きなものを選べばいいといわれて、間宮とふたりで、可愛いパッケージを見ながら悩んだものだ。
いつも決まって最後に選ぶのは宗方で、しかも美青が選んだものと同じものをチョイスする。
自分で食べるのかと思いきや、有無を言わさず押し付けられるのが常だった。
だから、甘いものはあまり好きじゃないのかと思っていたのだ。
でもここにきてまさかのケーキ屋一緒に行こうか発言が飛び出した。
どうやら、物凄い誤解をしていたらしい。
最近はスイーツ男子とか呼ばれる、甘党男性も多いらしいし、そういえば菜々海がこないだ持ってきた乙女ゲームにも、いっつもドーナツ食べてるほんわかした男子高校生がいたっけな・・・
「ごめん!」
美青の突然の謝罪に、宗方が目を瞠る。
「なにが!?」
「甘いの苦手だって勝手に思い込んでた!宗方もケーキとか好きだったんだ。いっつもこっちに回してくれるから、勘違いしてた」
「は、いや・・・勘違いっつーか」
言葉を濁す宗方に、いよいよ申し訳なくなってくる。
確かに、彼の見た目だと甘いものとは縁がなさそうに見られがちだ。
でも、甘いものを好きになってはいけない、なんていう法律はどこにもない。
「いいよ、いいよ。似合わないとか言ってごめん!
ケーキ好きに悪い人いないって、テレビで言ってたし。
甘党だからってこそこそ隠す必要もないって。
ほら、あれだ・・・えーっと、ギャップ?そういうので、好きになる女子もいるって」
げっそりと肩を落とす宗方を、何とか励まそうと、美青は必死になって菜々海から仕入れた乙女ゲーム攻略知識を披露した。
多種多様なキャラクターのラブゲージを跳ね上げて、告白させるためには、彼の事を良く知り、理解して、受け入れる事が大切なのだ。
過去も、誰にも言えない悩みも、ひそやかな楽しみも。
力説する美青に視線を向けた宗方が、盛大に溜息を吐いた。
あれ・・・あんまり効果が出ない・・・
美青にしては物凄く頑張って喋ったほうなのに。
「あのな、色々間違ってるぞ、橘」
「へ?」
「別に俺はー・・・甘党って訳じゃない」
「え・・・そーなの?」
「嫌いじゃないし、付き合いで食べる位はするけどな」
「あー・・そう」
「だから、甘いもの目当てってわけじゃ」
「うん・・・で?」
「・・・で・・・ケーキ屋に行くのは、お前らが行くからで」
だんだんと渋い顔になっていく宗方に、美青は安心させるように言った。
「菜々海と行ったら嫌でもケーキセット食べるし、なんならあの子、さらにパフェとか頼むし、ちゃんと食べてるから、そこまで心配しなくてもいいわよ」
宗方にとってあたしは、あの一件以来、放っておいたらどこかで貧血でも起こして倒れていそうな人間と思われているんだろう。
だから、必要以上に目をかけて、口煩くしてくるのだ。
もとから面倒見のよい彼は、研修で面倒を見た後輩は、配属部署が違っても、ちょくちょく様子を見に行って世話を焼いたりもしている。
手のかかる相手ほど、放っておけないタイプなのだ。
そんな性分の彼だから、美青にも必要上に気を配る。
それはもう鬱陶しい位に。
有難いと素直に受け取れない自分の性格にも問題があることは分かっているのだ。
それでも、長年これでやってきたのだから、今更自分を変えられない。
だれがどう見ても可愛げのない同僚なんだから、もっと距離を取ってくれて構わないのに。
呆れる位、宗方は面倒見が良い。
他人とは、普通よりちょっと離れてる位がちょうどよい。
ギリギリ素っ気ないと思われないラインを見極めるのが難しくて、いつも失敗をするのだが、美青がどんなに冷たくあしらっても、宗方は懲りずに近づいてくる。
本当に、距離の読めない相手だ。
こっちが一歩離れても、気づくとまた元の距離に引き戻されている。
そうして、時々急に距離を詰めてくる。
「心配だけじゃねーよ」
まるで美青を惑わす様に。
「・・・何、そんな気になる?」
部署に入った頃から、何かとぶつかる事が多かったので、色々と目につくところがあるのだろう。
自分の中でそう結論づければ、宗方が真っ直ぐな視線を向けてきた。
「気になってる」
茶化すでも、誤魔化すでもない、静かな言葉。
どこらへんが?
と冗談半分で尋ねようとしたけれど、出来なかった。
先に視線を外したのは宗方の方だ。
「つっても、どーせわかんないんだろーけどな」
諦めにも似た声が、美青の耳に焼き付いた。
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