第二十七話 あなたの死に様にドラマはない
ツェル黒曜神殿最奥。
波動はそこにあった。
「これが波動……」
ファルアザードが目を見開き、近づく。
「まさしく。これが波動、神の零した力の一端でございますな」
黒曜石の部屋に、弱々しくも青白い炎のように漂うそれ。
熱はなく、存在する圧力も感じない。
ただそこにある。
それだけは何故だか感覚でわかる。
「おい、見えるか」
ギシンがつれてきた部下に問い、部下は二人の見ている方向を凝視するが何も見えないと答える。嘘を言っている様子もない。
「どういうことだ?」
「おそらく波動の資格でしょう。見えないから願いを叶えられない。見えるから願いを叶えられる」
もう一つ。波動存在や反動存在にも感知はできるようだが、ギシンはそれを敢えて言わない。
「王には資格があるということでしょう」
「波動を扱う力がか?」
「左様」
「どんな願いでも叶うといったな?」
「ええ、そのように聞きました」
「ならばこの波動を消し去ることを望んでも、いいというわけだな」
「……そのように」
ギシンは少々驚いた。
あれだけ絶望的な戦力の差を見せつけられても、この王はその力を欲しない。先ほどあれだけ波動の力なくば神に対抗できぬと力説したばかりだと言うのに、それすらも忘れている。
なんという愚王なのか。
いや、とかぶりを振る。そう仕向けたのは自分だ、そのように心を制御したのだ、これは当然の帰結である。疑うことを忘れ、盲信する王。
「では試す。そして世から波動を消し去る」
だがそれでは意味がない。
ここまでやってきた意味が。
国を一つ裏から操り、下らない政権争いまで口を出しこの愚王と共に軍隊を率いてやってきた意味が。
ここで退場を願おう。
ギシンの瞳に怪しい光が宿り、仕込み杖を抜きファルアザードの背後から心臓を貫いた。波動に夢中になっていたファルアザードは当然無防備な背中を晒し凶刃に伏す。
「やはり、裏切ったか」
とだけ血反吐を吐きながらも呟き、絶命した。
何ともあっけない幕切れである。
「最後の最後で気を緩めてしまいましたな王よ。それに波動には利用価値がある。正しく認識せずにこの世から消し去ろうなどと愚の骨頂ですぞ」
血溜りに倒れるファルアザードにそう愚痴るが返す言葉などありはしない。
ジッカリムが八代目、英雄殺しの豪傑王ファルアザードは、人知れずその人生を終える。
彼の人生は波動に始まり波動に終わったと言っても過言ではない。
実は彼が産まれるまで、トト導師はジッカリムにいた。
ファルアザードの名はトト導師がつけ幼少期までトトと一緒に暮らしている。それゆえに育ってしまった信じる心。
彼は信じてしまった。
ギシンのような怪しい男をではなく、自分の優秀さを。
彼が犯した過ちはたった一つ。自分を過信してしまったことだ。
「……遅かったのだよ」
「おや、御早いお着きで」
トトが神殿最奥に駆け込むと、そこにはもう事の切れたファルアザードと、ニタニタと笑うギシンの姿があった。トトの出現に殺気立つジッカリム兵。しかしギシンがそれを手で制し、対話を続けた。
「お前は……生きていると確信していたよ、なにせ儂が生きている。トト死亡の報を受けたときはさすがに焦ったが、これ以上にない証拠だからな、表裏一体のこの関係は」
「貴様の目的は、波動の力を手に入れることか?」
「まあ少し待て。きっと奴らも来る」
「なんのことだよ?」
「最後の幕間だ、役者が揃ってからお喋りしても遅くはあるまい」
何を言っている、とトトが吐き捨てようとしたとき、地響きと神殿の崩れる音が聞こえ始めた。外で一体何が起こっているというのか、ジッカリムの兵たちも地震の規模に戸惑いを隠せない。
唯一、フードを深くかぶった一人を除いて。
揺れで頭を覆っていた頭巾が外れる。
そこから零れる長い黒髪。現れた端正な顔立ち。
絶句。
トトの驚き方はそれしか表現の方法がないくらい、その人物は驚愕の正体を顕にした。
崩落音が止む。
「トト爺! 本当に生きている!!」
「トト! 探しました!」
間が悪いことにアイ達が駆けつけた。
とすれば先ほどの地響きは彼らの仕業ということになる。
どうやって移動してきたかも容易に想像できる……が、いっその事その移動で神殿こと潰れてしまえばよかったのかもしれない。
そうすれば辛い想いをしなくて済むはずだったのに。
運命とはどうしてこうも残酷なのか。
最初にその存在に気づいたのは、少年。
目を見開き、肩を震わせている。
アイも同様にその存在に気付き、涙を流す。
「あなた、まさかヘザー? 無事だったんですか」
ギシンは笑う。
これが少年に対する、切り札だった。
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