第二十一話 宿命に抗う決意

「西に行けば森があるのだよ。全力でそこまで逃げて、夜になったら更に遠くへ落ち延びるのがいい。どこまでもどこまでも落ち延びて、幸せになって欲しいんだよ」


 兵士達を少年とエルタニアが蹴散らし、黒曜石の廊下を全力で駆ける間も、アイの耳にトトの声がついて離れなかった。

 本当ならそんなこと考えている場合ではない。

 逃げることに集中しなければならない。 

 だが、背中で気を失う少女の存在がそれを許してはくれない。


「一気に抜けるぞ!」


 魔術師だというのに、少年よりも突出し並み居る兵士をなぎ倒すエルタニア。

 その取りこぼしで、尚且つ向かってくる兵だけをより抜き、目にも止まらぬ早業で気絶へ追い込む少年。

 地上へ出る頃には追う兵の半数以上を地に伏していた。

 そしてひたすら西へと走る続ける一行。

 しかしどこまで逃げても、兵達は執拗なまでにその追跡を緩めなかった。

 マーレンが語っていた話が事実だということを物語っていた。

 

 アイはツェルという国に期待をしていた。

 父の生まれ育った場所が、第二の故郷になるのではないか、と。

 だが実際はどうだ? 

 どこに行っても争いの影は消えず、数刻の間に裏切りを知った。

 旅の道連れは増えても失くすものばかりで、アイの擦れた心は益々荒む。

 トトの傍を離れたくないと必死にすがった少女を気絶させ連れてきたが、果たしてそれでよかったのか。トトを一人行かせてよかったのか。疑問ばかりが後から後から湧き出てくる。

 草葉の陰に隠れエルタニアが呪文を唱える。

 森に入ってしまえばエルタニアの独壇場だ、早速数人の兵士を飲み込み、何処となく消し去る。

 隠れ家を樹木の間に築き、ようやくエルタニアが厳しい顔を緩ませたのを見て、一行の緊張感が解けた。


「さて、これからどうするか」


 視線を少女に向ける。

 エルタニアの睡眠花のおかげで今は眠っているが起きればどうなるか、想像しなくてもわかる。

 アイが何気なく手を伸ばしその金糸を撫でると、夢の中でもトトを求めているのだろう、アイの手を取り小さく、トト爺と呟いた。

 その姿がたまらなく愛おしくて、その姿を守りたくて。

 アイは逃走の計画を立てるエルタニアと少年に、はっきりと告げた。


「私は、戻ります」

「……それは、どう言う意味だ」


 アイの呟きに一瞬の逡巡を見せたあと、低く鋭い声で反応するエルタニア。


「トト導師が言ったように、この戦争はこれで終わるかもしれない。でもその後は? ジッカリムが波動を捨て置くわけがないし、人々に対する圧政は今よりもむしろ増すでしょう。確実に今より悪い未来が待っていると、私でもわかります。ならばせめて戦いたい。自分の意見が通らないからって力に訴えるのは愚かなこと。でも力なき正義では守りたいもの一つ守れない。争いを避けるばかりではいけない気がします。守るために戦うことも、時には必要なんじゃないですか?」

「だからと言ってどうするの? トトやあの男マーレンの話から推測するに、ジッカリムの軍団は、今や相当な人数の大軍隊と化しているみたいだよ」

「トトは自分で犠牲になると言った。それを無駄にする気か?」

「でも」

「何をそんなに気にする? お前は愚か少年も少女も同士であったヘザーも、中心的存在だったトト導師も、何よりも故郷のために戦ったお前の親父も切り捨てた連中だぞ? ここでお前が戦前に立ってなんになる? 何の役に立つ? 俺が教えた魔法や魔戦技だっていくらお前が才気溢れていても、長い年月を経て扱えるようなものなんだ。付け焼刃にも程がある。な? だから、自分の身を大事にしろよ。俺に二度も三度も大事なものを失わせないでくれよ、頼むから」


 エルタニアの声が震えていた。

 その感情を隠さない声に、誰もが静かに聞いていた。

 その言葉で、どれだけエルタニアがアイを大事にしていたかわかった。

 どれだけ親友を想っていたかも、どれだけヘザーを助けられなかったことが悔しいかも、胸を締め付けられる程に気持ちが伝わってきた。

 アイは俯き肩を震わせるエルタニアを抱きしめた。

 優しく暖かな両の手で包み込むように。

 少年はそれを見守る。

 アイと少年の視線が交わる。

 その瞳には悲痛なまでの覚悟が闘志となって宿っていた。

 それを見て少年の腹も決まる。

 もともとアイに拾われたこの命。

 彼女と共に生き、彼女と共に果てることになんの悔いが残ろうか。

 彼女の想いに殉じよう、彼女のためにこの身を捧げよう。

 そのためにきっと僕はうまれてきたのだから。


「ありがとう師匠。あなたの心遣い、とても嬉しく思うと共に、そんな優しいあなたを師事することが出来て本当に誇りに思います。ですから見ていてください。私はあなたの弟子として、立派に自分の意志を貫いてみせます。あなたの親友と同じように、例えこの身が果てようとも私は私の心のままに。それが私の生きる道です」

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