第十三話 覇道を往く
時は遡り、十二日前。ジッカリム、白夜城大広場。
ファルアザードが中央の椅子に座り、そこに集まる兵達を見回していた。
一人として微動だにせず、王の視線を受けている。
その誰もが、白銀に輝く鎧を身に纏い、王の指令を今か今かと待っていた。
王の右隣にはギシンがならび、逆の位置にはトーンが並ぶ。
トーンもいつもの薄笑いはしておらず、真面目な顔で王の言葉を待ってはいたが、数分も持たずへらへらと笑い出す。それを正面から見ている兵達は気が気ではないが、実力名声ともにジッカリム最高峰の彼だから許されるのだと、無視を決め込む。
下手に動いて王の不信を買い、悪戯に命は落としたくない。それが本音だ。
遂にファルアザードはツェルとの戦争を公言した。
民はまた戦争が始まるのかと、最初こそ不満を訴えたが民に助力していた豪族が、ツェルの手の者により亡き者にされたと聞いて翻った。
無論そのような事実はない。
先日ファルアザードが始末した豪族達の一人なのだが、そこは全てツェルに罪を被ってもらうための事前工作であった。その事実を知るのもごくわずかな人間のみで、兵達も殆どの者が知らず、我らが主君達の無念を晴らさんと、闘志を燃やしている。ジッカリムは国を挙げて、戦闘態勢に入ったのだ。
「ギシン、仕込みはどうだ」
「滞りなく」
「トーン、兵の様子は」
「やる気十分殲滅至極、一方的な虐殺の舞台になることを保証致しましょう」
「ふん」
王が見渡せば確かに、闘志が鎧を着ているかの様な熱気がひしひしと感じられた。
この日のために武力も溜め込んだ。
いくつかの策も弄した。
反対の声を上げる者は全て葬った。
これですべての準備は整った。
王は立ち上がり、剣を抜き放つ。そうして、天を突くように高く掲げた。
「行くぞ者共、ツェルを地上から消し去ろうぞ!」
地鳴りのような兵達の怒声が場内に響き渡り、白夜城が開戦を告げる鬨の声を上げた。
その声はギシンの心を震わせる。
ついに大願成就の時は来た、と。
ファルアザードとギシンの出会いはそう古くなく、戦争の後すぐに出会っている。
彼がどのようにファルアザードに近づいたかは誰も知らないが、いつの間にかそこにいた、と皆が口を揃えて言う。そして、ファルアザードが狂ってゆくのもこの辺りが皮切りだった。
以前のファルアザードは疑り深い性格ではあったが、それでも国はしっかりと治めていた。放置されたままの法や、農耕、高い税収関税。それらを上手く纏め、力ある豪族がのさばる事を許さなかった。決して賢王ではなかったが、凶王でもない。国は少しずつ豊かになっていたのだ。
波動の存在と、グレン、そしてギシンに会うまでは。
どんな願いでも叶える現象、波動。それを知ったファルアザードは力を欲し、戦争を仕掛けた。この辺りはジッカリムという国で育ったため、欲しいものは力ずくでも奪い取るという悪癖が前面に出てしまった。
戦争を仕掛けるうちに世界を治める神を顕現したとの報が彼の耳に届く。
彼は激怒した。
この世界は人間が治めて繁栄したというのに、わざわざ治世のために神を取り出した愚行に、怒り狂った。
そうして出会ったのがグレンである。
どんな狂人が神を顕現させるなどという暴挙を犯したかと思えば、意外にもその人物は、身体的には一般男性のそれと変わらず、だが纏う覇気の苛烈さたるや、ファルアザードがこれまで出会った人間全てを合わせても足りない程強大なものだった。心を折られるには十分すぎた。
そのような人物でさえ、この世には神が必要だと、思ったことに彼は絶望に似た感情を覚えたのだ。
そしてギシンである。彼はファルアザードのすぐ傍に居て常に囁き続けた。
波動があるから、弱い人間はそれに頼ったのではないか?
波動があったから世界は歪んで出来てしまったのではないか?
波動がなければグレンという悪魔も産まれず、戦火もなく、無駄に血を流すこともなく、平和に過ごせていたのではないか?
全ての元凶は波動。神なき世界で未だ神の恩恵にあやかろうなどと言語道断。波動はこの世界に、必要のないものなのだ、と。
ファルアザードの大願とは、波動の完全抹消。
ファルアザードは少しずつギシンに毒され、周りが見えなくなってゆく。
崇高な大願だと信じているが、そのために払った犠牲は計り知れない。
だが、前しか見えないファルアザードは気にも止めない。揶揄のつもりで言った『ギシンの手のひらで踊る』とは、揶揄でもなんでもない、完全なる傀儡であった。
ギシンは笑う。己が大願を自身の手を一切汚さず成就出来る日がもうすぐそこまで来ていると、実感して。
手駒も揃い、メルティナの血筋をうまく利用し、全ては計画通り事が運んでいる。
一つ気になると言えばトーンが帰還した際報告した、謎の戦力を持つ少年ぐらいだが、対策は既に手中にある。
全ては万全であり自身の思うままに盤上は動いている。これが笑わずにいられるか。
ジッカリム全隊、ツェルに向け出陣。兵数三万。
ツェルまでの道のりでその総数は五倍近くまで膨れ上がる。開戦はすぐそこまで迫っていた。
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