第十話 車座で語る
一通り説明したところで、エルタニアはアイにやはり、と言いかけ笑い、アイの出生を気にした素振りもない。若干の拍子抜けを味わうも、等のエルタニアはどこ吹く風で、本来の目的たる少年の魔力量を調べるために少年に向かい合って手を取る。
「よく俺の目を見るんだ」
少年を観察するエルタニア。瞳には真剣さが宿っており、少年は固唾を飲み込み彼の観察を受ける。肩をあげ苦笑いするヘザーと同様に苦笑いを浮かべたアイは、二人で鑑定が終わるのを待つ。
「ふむ…………わからん」
こけた。
アイとヘザーだ。
「ちょっとちょっとふざけないでよ」
「いやふざけているのではない。本当にわからんのだ」
「どういうことですか」
少年の瞼を触り、大きく見開かせるエルタニア。ふむと首をひねり、少年の手を裏返してみたり、叩いてみたりした。
「結界を看破した目を見る限り、魔力の素養があるのだろう。だが、魔力の流れを感じない。これは俺も初めて見た」
「ちょっと~もっとわかるように言ってよ」
ヘザーが文句を言う。
後学のためか、言葉尻こそいい加減だがヘザーは稀に見る真面目さで魔法のことを知ろうとしていた。
エルタニアもそれがわかっているのか、噛み砕いて説明する。
「要するに、魔力は血液と同じなんだ。体中を巡っている。お前らでも聞いたことあるだろう、魔力がなくなれば人は死ぬって」
知っているもなにも昨晩知ったばかりの聞きたてほやほやの情報だ、と少年は笑う。
「だから魔力を扱えるものが触れれば、魔力をその感じることができる。俺っちほどの魔法使いともなれば大抵の人間の限界量だって知るのだってわけじゃない。だがこの少年からは一切それが感じられない」
「え、じゃあ死んでるのその子」
ヘザーのとんでも発言になにを馬鹿なといった気味合いで笑い掛けるも、
「馬鹿げた考えだが、一つの可能性としてはありえる」
とエルタニアが真面目に肯定してしまい、笑顔を隠すアイ。
「とはいえ、それを肯定してしまうのは些か早計だろう。少年、ちょっとその怪力とやらをみせてくれぬか?」
少年がヘザーの剣を見つめる。
「いやいや貸さないよ!? 消し飛ぶのわかってて貸す訳ないじゃん! これは名剣中の名剣なんだからっ!」
大事そうに剣を抱え、背を向けるヘザー心なしか背中が震えている。
哀愁さえ感じられた。
その姿があまりに不憫なため、アイは助け舟を出す。
「あそこの岩とか、どうですか?」
指差す先に巨岩一つ。苔むし、見上げるほどの大きさだ。
「あれを? どうするつもりだ? まさか持ち上げるとか言わないだろ? いくらなんでも無理があるだろう」
エルタニアが顔の前で手を振るが、少年は何も言わず立ち上がり、巨岩の前へ往く。なにをするのかとエルタニアが見ていると、
「持ち上げればいいの?」
と。
本当に無造作に。
巨岩を片手で頭上に持ち上げた。
絶句。それ以外言い様がない。
見守る三人が三人、あんぐりと口を開け、持ち上げた巨岩を見つめた。岩は地上に見える部分よりも地下部分が大きかったようで、土で黒くなった部分には無数に木の根が走っていた。それらも引きちぎり、そのまま持ち上げた、というわけだ。
「そ、そのままその岩を置け、ゆっくり、静かにな」
努めて冷静にエルタニアが言うが、汗が滝のように流れている。
それもそうだろう、彼は木霊のエルタニア。
木々が、どれほど力強いものか知っている。
その力強さは地上よりもむしろ地下にこそある。硬い岩盤を突き破り、栄養を吸い上げる。嵐にも山津波にも負けないよう木を支えているのはほかならぬ、根なのだ。簡単に引きちぎれるものではない。
岩に付く根を見るに、一本やそこらの根ではないことは確かだ。無数の木がその岩に絡みついていたのだ。それを少年はなんの苦もなく引っこ抜いた。
明らかに魔力の域を超えている。エルタニアはそう結論づけた。
少年はゆっくりと岩を元の位置に戻す。少しの地鳴りを感じ、岩は元通りに収まった。ヘザーが大きくため息を吐く。
「相変わらず出鱈目な力だね」
結界にしろ、少年の怪力にしろ、敵に回したら厄介すぎる。
ヘザーは心から安堵した。今はこの二人が敵でなくてよかったと。
いつか敵に回した時、どうすればいいかなんて見当もつかない。それなら敵に回さないように努力する他ないのだから。
「最初の頃より力が出ているように思います」
アイが言うには、最初は縄を千切る、鉄食器を折るなど、その程度だった。
現在の少年の怪力とはその地力が違う。
「少年、体に変調はないか?」
「うん、なにも」
(あれだけの物を動かしてなんの変化もない。相変わらず魔力の流れも感じない。とすればこれは)
エルタニアは心で結論を出した。
「これは多分、波動由来の力だろう」
アイとヘザーがなるほど、と頷いた。
「そうなるのか~まぁ魔力を使ってないなら、そうなるよね」
「記憶が失われたのは反動存在の所為かもしれませんね」
「可能性は高い。というかそう考えるのが妥当だろう。怪力を少年が得て、その反動存在と少年が交戦し、その結果記憶を失った」
「うん、それが一番しっくりくる説明だね」
少年はアイらの輪に戻り、座り込む。
逆にエルタニアが先ほどの巨岩へ観察に出かけた。
「アイが前に言っていたけど、なぜ反動存在は波動存在を破壊しようとするの?」
「それについては諸説あるのですが、はっきりとしたことはわかっていません」
「ただ、波動存在と反動存在は相容れないものって考えるのが一般的かな。歴史を紐解いてみても、ずっと両者は争っているんだよね」
ツェルの歴史に詳しいヘザーをしてこの程度の知識だ。波動と共にあるとはいえ、やはりよくわかっていないが本音のようだ。
「マグベルトに戻れば、あるいは」
エルタニアが呟く。
「マグ、ベルト? なんのことですかそれは」
「世界に広がる神話の、源流が生きる街の名だ」
アイの問いにエルタニアは振り返り、少しだけ言い辛そうに答える。
「神話の源流? なにそれ?」
ヘザーの疑問は最もで、まるでその神話こそが本物と、エルタニアが言っているように聞こえるからだ。
「各国に伝わる神話はそれぞれ違う。だがそれはもともと一つで、その神話が元になっているんだ。ツェルで波動自体が最高神として伝わっているが、ヨヌで言うところの父なる神と同一ではないかといわれている。ジッカリムでは既に神話は廃れているが、彼らの信じる神に等しい存在、太陽王も元々は神話の一部なんだ。ツェル出身なら知っているだろう、世界は波動から出来上がったのだと」
ヘザーは静かに頷く。アイが驚きの声を上げた。
「知りませんでした。両親がツェル出身なので、それがツェルの神話だと思っていましたが」
「グレンの語った神話とはどんなものだ?」
少年が少しだけ、なにか違和感を覚えるが、それが何かわからないままアイはエルタニアに話をする。聴き終えたエルタニアはなるほど、と独り呟き、
「それはツェルとヨヌの神話を混ぜたものだが、神話の源流に近い。独自の解釈でそこまでたどり着くとは、流石は英雄といったところか」
などとひどく感心した様子で大腿を叩いた。
波動の悪魔などと揶揄され貶められる事しかなかった父を褒められ、アイは少しだけ誇らしくこそばゆかった。
「まぁさ、波動の謎解きもいいけど本来の目的を忘れないでね、まずはツェルに行くことが先決だよ」
楽しそうに語り合うアイとエルタニアに、少しだけ呆れた様子のヘザーの忠告。確かにこれ以上神話や波動について語っても何ら収穫はないと少年も思う。魔力由来の力でなければ、どんなに振るっても問題はないだろう。と思った少年だったが。
「無闇矢鱈に力は行使するなよ、どんな事が起こるかわからんからな」
とエルタニアに釘を刺された。出鼻を挫かれ落ち込む少年に、ヘザーがにやにやしながら近付き、肩を組んだ。
「私がいるから大丈夫だって。いざとなったら君に頼るけど、二人で守っていけばいいじゃん、アイを」
ヘザーの言葉に少しだけ元気をもらった少年は、ぎこちないながらも笑いかけた。エルタニアはそれを見て立ち上がり、帰り支度を始めた。アイもそれに倣うように立ち上がり、腰につく落ち葉を払う。
「さて、話が終わったなら帰るとしよう」
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