第28話 バージンロード
まどかが通う高校は結構有名な女子高だとは知っていたけれどタクシーの運転手に”聖琳女子まで”と行き先を告げた時の反応があまりに大きくて、その知名度に修は愕然とした。
「あの超お嬢様学校に用事かい?」
大人びて見られることはあるけれど、そう年端の替わらない学生と思わしき男が1人で向かう場所としては尤も相応しくないらしい。
けれど、上機嫌の修は臆することなく答えた。
「彼女を迎えに行くんです」
「へー・・イイトコのお嬢さん捕まえたわけだね」
ようやく念願叶ってまどかを公然と”彼女”呼ばわりできるようになったのだ。
誰に憚ることなく。
今は、誰にでも言ってみたい気分だ。
そんな修に向かって、運転手は
「校門前で待たないほうがいいよ」
とアドバイスをくれた。
「え?なんで?」
「聖琳のお嬢様は男女交際も禁止の超箱入り娘の集まりなんだよ。校門付近によからぬ男がうろついてたらすぐに警備員が飛んでくる」
「へー・・・」
自分の地元では考えられない。
ひとまず、運転手の忠告通りに校門から少し離れた角で彼女の姿を探すことにする。
授業が終わる時間帯を見計らってやって来たけれどこっちの授業単位までは分からず、結局20分ほど待つことになった。
ぞろぞろと有名なお嬢様学校の制服を来た女子生徒たちが歩いてくる。
その中に、目当ての人物を見つけて修は自然と口元が緩む。
「まどか」
呼び掛けると、前から歩いてきた彼女が一瞬目を丸くしてそれから驚いたように声を上げる。
「!!修くんっ!?」
「迎えに来てもた」
「っえ?な・・・なんで?夜にこっちに来るって・・」
「夜やったら、ちょっとしか会われへんやろ?」
「そ・・そうだけど・・・」
困惑気味の彼女の手を引いて、下校途中の集団から離れる。
タクシーの運転手の言う通り、ちらちらとこちらを窺う視線を感じるが気にしない。
「夜の数時間なんか、あっという間やん。そやから、早めの新幹線乗ったんや」
「そ・・それにしたって・・・」
「まどかが、泊まりがけでホテルまで遊びに来てくれるゆーなら、ゆっくり来てもよかってんけどなぁ」
茶化すように言えば、慌てたようにまどかが言い返した。
「出来るわけないでしょ!」
「そやろ?」
「・・・からかわないでっ」
ジロリと睨まれて、その顔すらどうしようもない位に可愛い。
もっと人通りが少なければな、と思ってしまう。
自分は気にしないけれど、まどかはこんな往来で抱きしめたら間違いなく怒るに決まっている。
「授業午前で抜けて急いで来たのに・・・喜んでくれへんの?」
「・・・う・・・嬉しいけど・・」
「ほんなら、もーちょっと笑って?久しぶりに会えたのに、不貞腐れたまどかの顔見たないわ」
「・・・ごめんなさい」
シュンとなった彼女の指先を繋ぎ直して反対の手で彼女の髪を撫でる。
こうしても、もう誰にも文句を言わせない。
「メールで言うたけど、実はこの後も先生との打ち合わせがあるんや。こっちの会場をいっぺん見ときたいと思ってな」
「うん。文化ホールだよね?」
「行ったことある?」
「昔、家族でね」
「良かった。まどかも道わからんかったらタクシーかなと思ってたんやけど・・・」
「それなら、大丈夫。地下鉄の駅からそう遠くないし、あたしも案内できるから」
「ほんなら、道案内よろしく。ついでに、先生にも紹介するから夜まで付き合ってな」
「・・・・え!?」
「付き合うてる子がおるって言うてあるねん」
にっこり笑った修が有無を言わさずに地下鉄の駅に向かって歩き出す。
「打ち合わせって、大事なんじゃないの?」
「ホール見て、時間の確認とかするだけやから大したことないよ」
「え・・でも、あたし、邪魔じゃない?」
「邪魔やったら迎えに来てへん」
「・・・でも、待ってるのも手持無沙汰だし・・」
★★★★★★
付き合うことになってから、まともに会うのだって初めてなのにいきなり修の”先生”に紹介されるなんて・・・
ある意味、家族を紹介されるより緊張する。
自分も音楽をやっているから尚更だ。
楽器は、触れる人の心を敏感に読みとって音を出す。
だから、メンタル面の影響を一番受けやすい。
恋愛は特に心の大部分を独占してしまうから余計に重要だ。
「そんな難しいことするわけちゃうし・・・まどかの勉強にもなると思うで」
「え・・・」
「いつか、おんなじようにホールで演奏するやろ?」
「・・・・出来る・・かな・・」
そうなれたら良いなと思うけど、まだまだ実感が湧かない。
”憧れ”は遠くて手が届くかどうか分からない。
「俺は、まどかと2人で一緒にやりたいって思ってるのに」
「え!コンサート!?」
「そうやで。目標」
自信たっぷりに笑う修を見て、まどかは複雑な気持ちでいっぱいになる。
すでに、関西では名の知れた存在の修。
それに比べて自分はまだまだ足元にも及ばない。
視線を落としたまどかに気づいた修が安心させるように問いかける。
「バイオリン好きやろ?」
「・・・すき」
「ほんなら、大丈夫や」
「・・・なんで分かるの?」
繋いでいた手を引っ張って問い返してきたまどか。
彼女を振り返りながら、修が答える。
地下鉄の駅は目の前だ。
「好きやったら、努力できるから」
その言葉に、思わずまどかが笑って頷いた。
「うん。頑張れるわ」
文化ホールは駅北の大通り沿いにある。
徒歩10分の短い散歩を楽しんでいると、右手に白い建物が見えてきた。
遠くから聞き慣れたメロディが僅かにだが聴こえてくる。
耳を澄まして修が言った。
「あの建物何なん?」
「あー・・結婚式場なの。最近出来たみたいで、うちにも広告入ってた。空が見える屋上チャペルが有名って・・・あ・・・結婚式やってるみたい・・・・」
「この曲、よー聴くわ」
音を取り始めた修の隣りで、まどかも同じように耳を澄ます。
ここ数年の人気ブライダルソングだ。
女性シンガーのバラード。
ピアノだけのシンプルなアレンジだが夕暮れ時の空の色に
しっくりくる大人っぽい雰囲気になっている。
高い鉄柵の向こうに、チャペルが見える。
フラワーシャワーの中幸せそうに大階段を下りてくるカップル。
「わぁ・・・・」
思わず声を上げたまどかが足を止めた。
食い入るように花嫁の姿を眺めている。
「えーなーぁ」
「いいねー。幸せそう」
「そりゃー・・・人生最良の日ちゃう?」
「すごい!そんなに?」
「・・・好きな人と結婚するんやで?俺やったら、絶対人生最良の日やけどなぁ」
「・・・・」
修の横顔を眺めて、黙り込むまどか。
行き場を失くした彼女の右手を再び捕まえてから問い返す。
「憧れる?」
「・・・・そりゃー・・・いつかはね」
「・・うん」
頷いた修がゆっくりと歩き出す。
「向こう着いたら、一曲目にさっきの曲弾こかぁ」
「ほんとに?」
嬉しそうにまどかが笑う。
「バイオリンがあったらまどかも一緒に演奏すること」
つられるように笑って修がそう提案した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます