第27話 決着を付けさせて
好きか嫌いかと言われたら・・・好きだと思う。
だって嫌いになる理由なんかない。
だって・・・修君良い人だし・・・
「悩み中?」
「・・・しーちゃんっ」
「さっきから、ぐーるぐる・・ね?」
笑ってあたしの手元にあるB5のノートを指差すしーちゃん。
あ・・・・
シャーペンで書いた渦巻きが所狭しと並んでいる。
「まどちゃんの、悩んだ時の癖ー」
「・・・・・」
「で、図星指された時に、そうやって不貞腐れるのも昔からまどちゃん変わってないねェ」
「・・・・ちょっとは大人になってない!?」
幼馴染からの手痛い指摘にあたしは身を乗り出した。
失恋を経て大人の魅力を手に入れたつもりなんですが!?
「昔からおませさんだったじゃない」
「ちょっとは女っぽくなってない?よーく見て」
悔し紛れに言ってやる。
しーちゃんは、昔から人のことをとてもよく見ている。
お兄ちゃんの機嫌が悪い時なんて、喋らなくてもピアノの音聞いただけですぐに分かっちゃうのだ。
だから、お兄ちゃんはしーちゃんの前では”良いカッコ”しようとするようになった。
初恋の女の子に”とーやくん、ご機嫌斜めなのー?”としょっちゅう心配されるのは子供心に悔しかったんだろう。
お兄ちゃんはかなり、プライド高い方だし。
だから、音にもすごく敏感で、プライベートでも神経質。
とーっても”扱いにくい“人なのだ。
だから、しーちゃんの前では弾けなくなった。
見栄と意地で取り繕った音を鳴らしても、しーちゃんは喜ばないからだ。
そんなお兄ちゃんを、問答無用で手懐けてしまうしーちゃんは、やっぱり兵だと思う。
だって、あのお兄ちゃんが必死になってかっこ悪いとこ曝け出しても追いかけた人だし・・・
だから、あたしも敵わないって思うんだけど。
「うん。最近、すごーく女っぽくなった。仕草とか・・・表情とかね」
「・・・・」
「気づいてないの?」
唖然としたままのあたしを見据えてしーちゃんが笑う。
手に持っているのは、何かの楽譜。
お兄ちゃんにリクエストする予定なのかな?
「・・・ほんとに?」
「なんか・・毎日楽しそうだし・・・こないだまで、元気なかったから・・・心配してたんだよ?菫哉もすごく気にしてたし・・」
「家ではいつも通りだったけど・・」
「でも・・・まどちゃんの好きな曲、弾いてくれてたでしょう?」
「あ・・・」
「愛の挨拶」
「・・・・」
お兄ちゃんがお父さんから貰った防音室の他に我が家にはもう一つピアノが置いてある部屋がある。
プライベートリビングだ。
家族で過ごすことを目的として、両親がこの家を建てた時に一番拘った部屋。
日当たりの良いサンルームから続く広いその部屋は中央にグランドピアノが置いてある。
ピアノを覚えたばかりの頃は、いつもお兄ちゃんはリビングで弾いていた。
そこに、あたしのバイオリンが加わって華やかになってそれを、誰より喜んだのは両親だ。
お兄ちゃんがピアノに”挫折”してリビングで弾かなくなってからはあたしのバイオリンが唯一の音源になった・・・のに。
あたしが、家を飛び出したあの日の夜はあたしが眠るまで、リビングから曲が聴こえていたのだ。
明るくて、華やかで・・・眩しい曲。
”まどかのイメージにぴったりだね”
昔、お兄ちゃんがそう言ってくれた曲。
「いっぱい・・心配かけちゃったね・・」
ソファに腰かけたしーちゃんの肩に頭を載せる。
「うん。心配したよー」
笑ってしーちゃんは、あたしの頭を撫でた。
お兄ちゃんよりずっと細くて優しい手つき。
でも、どこかお兄ちゃんに似てる。
あたしはポツリと呟いた。
「・・・あのね・・・悩んでるの」
しーちゃんは静かに頷く。
「うん」
「自分の気持ちがわかんなくって・・・困ってるの」
「うん」
「嫌いじゃなくて・・・むしろ好きだし・・・良いとこも沢山知ってるの・・・修君の・・・だけど・・・・踏み出せないんだぁ・・・」
「怖いよね」
「・・・」
自分の中で、思いもよらなかった答え。
“怖い”なにが?
「好きって言ったら終わりじゃないもん。そこから、始まりだもん・・・どこまで行けるんだろうって・・・ずっと一緒にいられるかなって・・・いっぱい考えちゃうよね・・それで、余計不安になっちゃうよね」
「・・・しーちゃんも・・・そうなの?」
尋ねたら、あっけらかんと彼女が頷いた。
「もちろん。いっぱい不安になるし、いっぱい悩んじゃうよ」
「・・・そういうときは・・・どーするの?」
あんなにお似合いの仲の良い二人でも、そんなことはあるのだろうか?
「ふたりで、頑張って乗り越えるの」
そして、しーちゃんが魔法の言葉をあたしに囁く。
”だって・・・それが・・恋愛・・だからね”
★☆★☆
楽譜の隣りに無造作に置いていた携帯が震えた。
次の定期公演の打ち合わせ変更かと思って急いでそれを手に取る。
練習に打ち込んでいたら、いつの間にか時計は23時半を回っていた。
ええ加減にしとかんと・・・明日頭回らへんなぁ・・・
おそらく先生だろうと確認した画面に表示された名前は”西門まどか”
俺は慌てて通話ボタンを押した。
「あれ、まどか?」
「うん・・」
「どないしたん?元気ないやん・・・つーか、こんな時間にどないしたん?なんかあった?」
22時以降に連絡がくることなんてなかったのに。
「・・・あのね・・・話したいことがあって・・」
「相談事か?」
やけに深刻そうな口調に、スコアを纏める手を止める。
何か深刻な事態が起きていない事を祈りつつ耳を傾ければ。
「うん・・・大事な・・相談なの」
「なんでも言うてや。どないした?」
「あの・・・け・・・決着・・・付けたいの」
「決着?」
「そう・・・修君と・・・あたしの」
「ちょ・・・ちょお待って」
焦って上擦ったままの声で割り込んだ。
それでこの口調なのだとしら、その答えは。
「それって、ええ話なん?悪い話なん?」
彼女は、俺の質問には答えず。
代わりにたっぷりの沈黙の後でこう言った。
「・・・・これから、一緒に居てくれますか?」
携帯片手に俺がこくこく頷いたのは言うまでもない。
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