第26話 挑発

「あれー・・・めずらしい曲弾いてるじゃない」


ノックも無しで入ってきた来客が、珍しそうに譜面に視線を落とす。


修は鍵盤を叩く手を止めて、1年ぶりに会う彼女の方へ向き直った。


ピアノに寄りかかるようにして立つ癖も腰まである緩やかな巻髪も、華やかな雰囲気もなにもかもそのままだ。


思わず日陰を探したくなるような、強く鋭い眩しさ。


焼き尽くされるような灼熱の笑みに囚われたのは忘れられるほど過去のことではなかった。


「お久しぶりですー。いつこっちへ?」


「昨日から。大村先生のお誕生日パーティーに花添えろって呼ばれちゃって」


「ああーそない思たら、招待状届いてたなぁ」


数日前に見た封筒を思い出す。


毎年かかさず送られてくるそれ。


「白状ねー・・先生教え子たちが集まるの楽しみにしてるのに」


「毎年かかさず花束持って行ってますー」


「えらいえらい。卒業生の宿命よしっかりやんなさいな。でーも・・・これは、パーティーで弾く曲じゃないわよね?」


ピンと譜面を弾いて彼女が問いかける。


誕生日祝いにしては落ち着き過ぎている。


「こないだ、見た映画の挿入歌で・・」


言いかけて慌てて口を噤む。


余計な事を言えば遠慮なしに突っ込まれることは折り込み済みなのだ。


その様子を見て、彼女がすかさず距離を詰める。


「なーになに?恋愛映画?誰と行ったのよー?」


こうやっておもちゃにされることは必至。


修は時計を指差して大げさに言って見せた。


「し・・・静さんこの後仕事やろ!」


「平気平気。まーだ時間あるもーん」


「・・・・」


「あんたがそんなあからさまにしまった!って顔に出すくらい隠しておきたい相手なんでしょ?」


「・・・・」


「修ー?」


「・・・・」


ここは絶対に黙秘権行使だ。


不用意な一言を漏らそうものなら洗いざらい吐くまで逃がしては貰えない。


「ふーん・・・しらばっくれるかぁ・・・」


「勘弁してよ・・・まだ、おおっぴらに彼女って言えるような関係ちゃうねん」


「・・・あらま。あんたが振り回されてるの?珍しい」


「・・・・・・煩いわ」


図星を刺されて分かりやすく不貞腐れてしまう自分が憎い。


もう少し余裕のある大人の男だった筈なのに、彼女を前にすると張りぼての大人の顔は綺麗にひっぺがされてしまうのだ。


無い時間を割いてあの手この手でデートに誘い、遠距離恋愛もどきを続けている修は、未だにまどかとはお友達状態だった。



★★★★★★



ふと電話してみようと思ったのは、教室の帰りにたまたま電車待ちが発生したからだ。


いつもは乗り継ぎもスムーズなのに、今日に限って特急列車が6分遅れ。


ホームでひとり手持無沙汰にしていたらふと、修君の顔が浮かんだのだ。


学校の後は大抵ピアノ教室か自宅の練習部屋にいるって言ってたから。


・・・ピアノ・・弾いてるのかな??


・・・こないだ一緒に行った映画の曲練習しとくって言っていたけど・・・



宣戦布告の告白から1か月。


あたしたちは、お友達を続けている。


最初の強引さが嘘みたいに、あれ以来、修君はあたしに対して答えをせかすようなことは何も言わない。


二人で遊ぶ時に、たまに手を繋ぐことはあってもそれだけ、なのだ。


・・・こんなに慎重な彼をあたしは知らなかった。


でも、その慎重さを知るたびに、なんとなく不安になってほんとに修君はあたしのことを好きなんだろうか?


なんて思ってしまう自分がいる。


だって、ほら。


彼はモテるし、地元に友達も沢山いるし、未だに卒業した音楽教室の発表会にも花を添えてに顔を出している。


コンクールのたびに、沢山のファンから花束を貰ってるし。


好きって気持ちも・・一時の・・・気の迷いとか・・?


あまりにもあっさりと距離を取ってしまった彼に困惑してるのはあたしの方なのだ。


携帯を取り出して、修君の番号を呼び出す。


「えっと・・・なに喋るんだったっけ・・・」


そうだ、電車が遅れてて・・ちょっと時間が出来たから。


こないだの曲練習してる?


今度の発表会はいつ?


それから・・それから・・・




★★★★★★




「相手はどんなコ?この教室の子?それとも・・・」


「あーもうええから!!絶対静さんには会わさへんし!!」


「なによー、教えなさいってばー。あんたが手ェ拱いてるなんて、ありえないじゃない!あたしがびしっと見定めてやるから・・」


「いらんいらんいらんー!」


喧々囂々のやりとりを縫うように携帯の着信音が鳴り響く。


慌ててポケットからブラックメタルの折りたたみ携帯を取り出した修は通話ボタンを押して立ち上がる。


「もしもし、まどか!?」


「も・・・もしもし・・・?」


「どないしたん、今日はレッスンの日やろー?」


「う・・うん・・・あの・・あのね・・今・・帰りなんだけどっ・・電車遅れててっ・・」


「電車遅れてんの?ちゃんと帰れるか?」


「あ・・うん、すぐ来るから大丈夫・・」


「そっか・・・まどかから電話くれるの珍しいよなぁ」


「そ・・そんなことないよ!あたしも架ようとしてるもん。架けようって思う前に、修君から電話が架かってくるからっ」


まどかの言葉に、思わず頬が緩む。


静の視線は感じるけれど、そんなことはなんの問題でもなかった。


「・・・そーなん?電話したいって思ってるのん、俺だけかと思とった・・ちょっと自惚れてみてもええ?」


「し・・・知らない!」


不貞腐れた口調で言い返されても憎らしいどころかますますもって可愛い。


すぐに会える距離にいないことがこういうとき一番もどかしい。


世の中の遠距離恋愛のカップルはどうやってこのもどかしさを耐えているんだろう。


「ほんなら、俺はもうちょっと我慢して電話かけるんやめたらええんやな。そしたら、まどかがかけてきてくれるんやろ?」


「・・・・自意識過剰・・・」


「ほんまに?俺一人の勝手な思い込みなん?」


ここぞとばかりに畳みかけるように問いかけたら、小さな反論が返ってきた。


「・・・こ・・困らせないって言ったのに・・・」


「あー・・そやな・・ごめん」


ここは素直に謝ることにする。


まどかを困らせる事だけはしないとはっきり約束しているのだ。


当然口約束で終わらせるつもりもなかった。


「でも、好きやで」


「・・・・で・・電車来たから・・またかけるね!」


慌てた声と同時に会話が途切れる。


「・・・・・・・・まーた、言い逃げさせられた」


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