第25話 宣戦布告

立候補・・・その意味・・・候補者として名乗りを上げることこの場合は何の候補?


「・・・なんの・・・?」


あたしは無意識のうちにそう呟いていて、それを目ざとく訊きつけた修君がニヤッと笑って鍵盤から指を離した。


「きまってるやん」


「・・・え・・・」


「彼氏」


彼氏・・・って恋人ってこと。


恋人に立候補するってことは・・・すなわち・・・修君は・・


「お・・・おさむ・・くん?」


ようやく出てきた応えを確かめるように、あたしはおずおずと彼に視線を戻した。


今のって・・・今のって・・・


「・・・それって・・・・告白・・?」


「そうやで」


「・・・え・・・えええええ?」


「そない驚かんでもええやん」


苦笑して彼があたしの手を無造作に握る。


あまりに自然過ぎて、それを振り払うことが出来なかった。


って・・なんで!?


告白された方が慌ててるっておかしくない!?


普通逆でしょう!?


そのまま人だかりを抜けて、店を出る彼。


当然あたしも引っ張られる形になる。


降り注ぐ太陽は気持ちよくて、ぽかぽか陽気。


なのに、あたしは一人真っ赤になってる。


なんで、どうして、の疑問符がバラバラの音符で頭の中を踊り狂う。


「び・・びっくりするでしょう!普通!!」


前を歩く彼の後頭部を思いっきり睨んだら、修君がくるっとあたしを振り返った。


途端、ドキンと跳ねた心臓。


これってトキメキ?びっくりしただけ?どっち?


いつもならすぐに聞こえる心の声が、この時ばかりは何にも聞こえてこない。


ぱちぱちと瞬きを繰り返すしかないあたしに、修君が眉を持ち上げて見せる。


「びっくりしたんは最初の感想やろ?その次は?俺のこと、見てェや。立候補してもええの?あかんの?」


いいも・・・・悪いも・・・・・


「・・・・な・・・なんでそんな急なのよ・・」


思考がちっとも思いつかない。


だって・・・この数カ月あたしはずっと・・・大久保さんに・・一応“恋”していたわけで・・・


・・・その相手を大久保さんから、修君に変更なんて・・・頭が・・・追いつかない・・・


「いま、言いたくなったから。我慢するんは性に合わへんねん。好きやって思ったら、言えるときに言うとかな。今日、まどかと別れてから後悔しても遅いやん?」


二人の自宅の距離を考えると、まあ確かに、と納得しかけていや待って!と突っ込む。


「・・・ま・・・前向き・・」


修君の強さの理由が分かった気がした。


自分に素直、で率直・・嘘がない。


自分を偽らないから・・・だから・・・強い。


「困ってるん?」


いつの間にか並んで歩いていた彼が、あたしの顔を覗き込む。


窺うみたいな視線。


不思議と嫌な気持ちはしない。


あたしは・・・そもそも彼を嫌い・・・じゃない・・・


昔からの知り合いという事もあるし、彼にはお世話になった恩を感じているのだ。


「・・・困って無い・・・」


「ほんなら、よかった」


「けど」


「けど?」


「迷ってる」


どうしていいのかわかんなくって。


受け取っていいのか、大丈夫なのか・・・この人と・・・恋を・・・・するの?


思ったことそのまま口にしたら、修君が声をあげて笑った。


「素直やなぁ」


そう言って伸びてきた手に髪を撫でられる。


お兄ちゃんの手とは全然違う。


”家族の愛情”じゃなくて”恋愛対象”として・・あたしに触れる手。


そんなことを思ったら、何も言えなくなってしまった。


彼の気持ちを理解しようとすればするほど、身動きが取れなくなってしまう。


分かりやす過ぎる愛情表現は、不安は無いけど、その分受け取る側の戸惑いも大きい。


しーちゃんの気持ちを始めてちゃんと理解した。


俯いてしまったあたしに、彼の優しい声が降ってくる。


降り注ぐ日差しと同じように、優しくてあったかい声。


「迷ってええよ」


「・・・・修君・・」


ゆっくり顔をあげたら、穏やかに微笑む彼がいた。


「ちゃんと迷って、悩んで、考えて。俺でええんか。急がんでもええから」


「・・・ほんとに?」


「っていうんは嘘」


さらりと言い返されて、あたしは気色ばんだ声を上げる。


「え!?どっちよ!!」


「正直ゆうたら、そんなん待ってられへん。俺は、菫哉とちゃうねん。先手必勝がモットーやし、専守防衛でじりじり攻めるんは苦手や。・・・強引に引っ張ってまどかがこっち向くならそれでもええって思ってる」


「な・・・」


思わず言い返そうと口を開いたあたしを遮るように彼が言った。


「そやけど!」


「・・・」


「・・・ちゃんと好きになって欲しいねん。流されて付き合うんじゃなくて、まどかが自分の意思で俺のこと選んでほしいねん。そやから・・・待つから・・・考えて」


いつでも自信に満ちていて強気な彼が語尾を弱めるところなんて初めて見た。


お兄ちゃんが静なら、彼は正反対の動。


どんなときでも、自分で道を切り開いて行ってしまう人。


先陣切って飛び込んであっという間に見えなくなってしまう人。


・・そんな彼が・・・”待つ”って言ってくれている。


少し迷ってから、修君があたしの手を今度はそっと握ってきた。


あたしの気持ちを確かめるみたいな、そんな優しい繋ぎ方だった。


「けど・・・困ってないって聞いたから。手ェくらい繋いでもかまへん?」


「・・・繋いでから言うの?」


強引なのかそうじゃないのかもうよく分からない。


けど、そんな修君も嫌いになれない。


笑って問い返したら、彼が開き直って言った。


「嫌やて言われても離さへんけど」


「やっぱり強引じゃない」


「・・・こんなん強引の範疇に入らへんよ」


自信たっぷりで答えた修君が、さっきより強く手を握って駅前の大通りをゆっくりと歩き出した。

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