第24話 連弾
「まどかはピアノいくつまでやっとったっけ?」
「10歳まではバイオリンと並行してた」
「そうかぁ・・連弾ならなんとかなるかなぁ」
「もう今は弾けないよ?指運びも絶対忘れてるし・・・弾くより聴くの専門」
「簡単な曲やったら弾けるやろ?」
そう言っ修君があたしの右手を掴んで鍵盤に乗せる。
目の前にあったキーを鳴らすと、すぐ隣で修君がオクターブ低い音を鳴らした。
・・・わ・・・楽しい。
お兄ちゃんのピアノや、修君のピアノを聴いていたら自分の実力の無さにがーっくりしてしまったのだ。
だから、もう弾くのはやめようと思った。
だって、最初っから、目標通り越して憧れちゃうような人が二人も目の前にいたら、やる気になんてならない。
完全に敗北宣言してしまうに決まってる。
あたしじゃなくってもね。
待ち合わせた駅から出るなり、修君はあたしを連れて楽器屋さんに向かった。
そうして、店頭に並んでいる色んなピアノを片っぱしから鳴らしては音を確かめている。
さすがにここにはバイオリンは無いから、あたしは傍聴専門。
「今は、どれくらい弾いてるの?」
「んー?そやなぁ・・・学校から帰って、寝るまで。あ、もちろんウチの学校は普通の進学校やから勉強もそれなりにせなあかんから、音楽漬けってワケちゃうけど。でも・・・休みの日やったら朝から晩まで弾いとるよ」
「・・・ほんっきで好きなんだね」
「そやなぁ。これで生きていきたいと思うくらいには惚れてるなぁ」
「・・・・」
修君は、お兄ちゃんと正反対。
素直に思ったことは口にするタイプ。
ピアノに対する愛情も迷いがない。
きっと、恋をしてもそうなんだろう。
”好き”だから”好き”それ以外の理由を必要としない人だ。
あれこれ考えずに、直感で動くタイプ。
・・・これまでにいなかった人・・・
★★★★★★
「憧れてました。・・・えっと・・・いまも憧れです。あたし・・・ずっと大久保さんに大事にされたいって。井上さんになりたいって・・・思ってました。でも・・・あたしは、どんなに頑張っても井上さんにはなれないってやっと分かって・・・だから・・・あの・・・いろいろヤキモチ妬いたりしてごめんなさい!!」
あたしの言葉を聞いて、ふたりは顔を見合せて困った顔をした。
それから、井上さんが
「謝って貰うようなことしてないし・・・許す、許さない以前の問題じゃない?こっちはまったく無害だったわけだから・・・水に流そうよ」
あっさりそんな風に言って。
「そうそう。俺らなにもしてないし・・なぁ?」
大久保さんも笑ってくれて。
余計に申し訳なさと情けなさがこみあげてきてあたしは泣くまいとして、必死になって言った。
「でも・・・あたしがスッキリしないんで・・・これだけは言わせてください。お二人とも大好きです!」
ぐるぐる回って行きついたのはこれだったから。
”井上多恵”を大事にする彼に惹かれて、彼に大事にされる井上多恵になりたいと思ったのだ。
「ありがとう・・・これからもよろしく・・・で、いい?」
井上さんの台詞にあたしは思い切り頭を下げた。
「十分です!ありがとうございます!」
言ったらすっきりした。
もやもやは綺麗に流れていった。
あたし、また“きれい”な音が弾ける気がする。きっと、また、恋もできる。
今度は”誰か”になりたいっていう恋じゃなくて。
”あたし”を好きになれるような恋が。
あたしのままで幸せになれる・・・恋が。
★★★★★★
お店からの帰り道、修君に電話をかけた。
「ちゃんと言ってきたの」
「えらかったなぁ。泣きたかったやろ・・・頑張ったなぁ。そっち、行ってやれんくてごめんな」
彼の、その言葉で。
その優しい言葉が、嬉しくて、今度こそあたしは泣いた。
「こんな場所で申し訳ないけど、リクエスト訊こか?」
適当に音を重ねる修君があたしに向かって言った。
土曜の午後なので、店の前の通りは大勢の人が行き交っている。
これも・・傍から見たらデートとかいうのかな?
先週の失恋報告連絡の電話を思い出す。
「え、こないだの?」
「そう。電話で約束したやろ」
「・・・愛の挨拶・・・」
「あー明るいトコ来たなぁ」
笑いながら最初の一音を鳴らす修君。
あ、やっぱり。
しょっぱなから華やか。
お兄ちゃんなら、もう少し溜めて、上品に仕上げようとする。
修君の音は、そこに花が咲いたみたいに響く。
「あたしが、次こそハッピーになれるように。良い恋が出来るように、とびっきりの弾いてよ」
「・・・・そんなすぐに恋愛する気にならへんやろ?」
「そんなのわかんないでしょ?この人!って思ったら、好きになるかもしれない」
「前向きなんや」
「そうよ。後ろ向きはやめるの。だって、次は、あたしも両想いになりたいもん。好きって言ったら、好きって言ってほしいもん」
一方通行はもう嫌だ。
ぐるぐる回って不安になって、抜け出せなくて。
滑らかな指づかいで曲が進められていく。
お店の中にいたお客さんたちの視線が集まってくる。
人慣れしているし、度胸があるので修君は顔色一つ変えないままだ。
自動ドアが開くたびに、外の人たちがこちらを窺ってくる。
だって・・・絶品・・・あたりまえだけど上手い。
華があって、眩しくて、希望に満ちた音楽。
こんな風に、恋をしよう。
降り注ぐ太陽を吸いこんで、強く光れるように。
鍵盤が光る。
まるで修君が魔法かなにか使っているみたいだ。
あたしはどんどん元気になっていく。
丁寧に、丁寧に、最後の一音を鳴らした後で
修君があたしの目をまっすぐに見つめていった。
「それ、俺が立候補してもええの?」
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