第23話 恋は無敵

「あ・・それ、聴いたことある!」


菫哉が弾いたメロディと、一緒に出てきた映像は化粧品のCM。


なんだっけ・・・グロス・・?


「詩音の好きそうなメロディだと思った」


小さく笑って菫哉が別の曲を弾き始める。


滑らかに動く指から紡ぎだされるのは、ファンタジー映画のテーマ曲。


昔、音楽会でも演奏したっけ。


そう思ってみれば、合唱コンクールでもいっつも菫哉は伴奏だったな。


一緒になって歌った記憶って全然ない。


そこで、ふと今朝教室で聞いた話を思い出した。


あたしが知らないことを、乃亜が知ってたってことに腹が立ったけど。


それを・・・言ったってしょうがないし。


まずは当事者の話を聞くのが筋ってもんでしょう。


クッション抱えたままで、指定席のソファから菫哉に向かって問いかける。


「・・・文化祭で弾くって本当?」


「・・・・誰に訊いたの?」


ピアノを弾く手を止めずに菫哉が問い返してきた。


曲はちょうど一番有名なサビの部分に差し掛かっている。


あたしが一番好きな場面だ。


台詞をそらで言えるくらい何度も見た映画だ。


「・・・乃亜」


ブスっと不貞腐れて言ったら、菫哉が笑って手を止めた。


ピアノ越しにあたしのほうを見てゆっくり名前を呼ぶ。


「しー」


「・・・・・」


そんなんで機嫌直らない。


あたしは一番に知りたかった。


だって・・・あたし・・・一応、菫哉の彼女だし・・


「しー?」


「・・・なに」


不機嫌丸出しの声でそれでも返事だけすると、菫哉がピアノの前から立ち上がって、あたしのほうにやってきた。


クッションに顔埋めたままのあたしの視界に菫哉が足が入ってくる。


と思ったらクッションを取り上げられた。


「・・・返して」


手を伸ばしたら、逆にその手を掴んで引き寄せられる。


「なに怒ってんの?」


率直に言えば、怒っている訳じゃ、ない。



★★★★★★




「どっちから?」


「なにが・・・?」


「告白」


「・・・え・・・わかんない・・」


「なによそれ、流されて付き合ってんの?」


「そ・・そんなことないけど・・」


「大丈夫なの?あんたたち」


胡乱な眼でこちらを見てくる親友の乃亜。


あたしは唇を尖らせて、買ったばかりのカフェオレにストローを突き立てる。


「大丈夫ですー」


昼休みの教室では、休憩を利用して文化祭の準備が進められていた。


あたしも、お弁当の隣りにはゆかたの着付けが載った雑誌が置いてある。


うちのクラスの出し物は“和風喫茶”。


女の子がみんなゆかたで接客するのだ。


出し物は抹茶ミルクとやおしるこ、あんみつにタイ焼きなんかもある。


ゆかたと帯は各自が準備して、お揃いで髪飾りを作るのだ。


クラスを仕切る乃亜は、すでにお弁当を片づけて髪飾りのかんざし作りに入っていた。


勉強も出来て手先も器用。


すごい人を親友に持ったもんだ。


「ちゃんと好きとか言ってくれるの?」


手芸屋さんでまとめ買いしたピンクと赤の羽根を手際よく付けていきながら乃亜がまるで明日の天気の話でもするみたいにして


直下型爆弾を投下した。


「っえ!?」


「そんな驚くとこ?ますます怪しいわね。なんとなく雰囲気で流されて付き合ってるんじゃないの?」


「だ・・・だから・・・ちゃ・・ちゃんと好きって言ってくれるし・・・」


たまには言い過ぎてあたしが戸惑うくらい・・・


「・・・・そう」


以外にも乃亜はあたしの言葉を聞いてあっさり引き下がった。


「まあ、そんな心配してないけどね。あの西門くんにあれだけ甘ったるい顔させるんだから」


「・・・そんなことないです」


「なーに照れてるのよー。文化祭の後には、あんた学校の有名人よー覚悟しときなさい」


「え?」


「弾くんでしょ、文化祭で」


乃亜の言葉にあたしは目を丸くしてもう一度問いかけた。


「え!?」





★★★★★★




「弾けばいいわよ。学校でも、お店でも、どこでも!!」


掴まれた腕を振りほどく。


あたしに、菫哉を縛る権利はない。


いや、実際はあるんだろうけど、でも、それは恋愛関係での話だ。


菫哉を独り占めしたからといって、菫哉のピアノを独り占めできるわけじゃない。


そんなのわかってる。


いやってほどわかりきってる。


「・・・・ああ・・・そのことか」


あっさりした菫哉の物言いがまたあたしの怒りを増長させる。


目の前がチカチカする。


気持ちに抑えが効かない。


こんなこと言ったってしょうがない。


菫哉はこんな言葉で縛れない。


だけど。


「そのことって・・・菫哉のピアノは、あたしの為でしょ!?あたしの為だけに弾くんでしょ!?」


一息で言いきって、それから自分の言葉を反芻して恥ずかしくなる。


あたしは小学生か!?


まるでお気に入りのおもちゃ取られたみたいな・・・


「・・・か・・・帰る!!」


いてもたってもいられなくて、一刻も早く菫哉の前から


いなくなりたくて、防音ドアに向かって一直線。


・・・のつもりが、すかさず伸びてきた腕に捕まった。


「帰さない」


飛んできた言葉に思わず怯む。


この状況じゃなかったら嬉しかったかもしれないけど・・・


「・・・なんでよっ」


必死になって嚙みついたら、菫哉の指が伸びてきた。


額を弾かれる。


「詩音が俺の話ちゃんと聞くまでは帰さないよ」


「・・・・聞くことない」


「僕はあるの」


「・・・・」


ぶすっとふくれっ面のままで菫哉の顔を見上げる。


困ったみたいな彼の表情が近づいてきて、額がぶつかった。


キスの寸前に聴こえてきた言葉は。


「・・・はやとちり」


「・・・ちょ・・っ・ま・・・」


「だめ」


「・・・い・・・・・っ・・・息・・・もたな・・・」


「大丈夫、ちゃんと呼吸できるから。しー・・・ちょっと落ち着いて」


そうは言われても・・・


あたしは必死になって身を捩る。


だって、この状況でどうやって落ち着けと?


あたしは自分の心臓が発作起こさないでいられることが信じられない。


じたばたもがくあたしを他所に、菫哉は遠慮なくあたしの唇にキスを落とす。


しっかり抱きしめられているので、逃れることもできない。


幾度となく降ってくる唇。


いつもみたいな、優しいキスじゃなくて、あたしは余計に困る。


困るっていうか・・・焦る・・・


”ピアノ演奏するかどうかの返事は保留にしてある”と告げた彼から有無を言わさず抱きしめられて、すぐにキスが始まったのだ。


体の力が抜けていって、ずるずるとしゃがみこみそうになるのを彼の腕が支えてくれた。


と思ったら、いつものソファに座らされる。


これでやっと解放されると思ったら甘かった。


「詩音」


名前を呼ばれて、菫哉のほうを振り仰ぐと同時に顎を捉えられる。


反論の余地すらない。


絡め取るようなキスの合間に、自分のものとは思えない声が漏れた。


鼻にかかったその声に驚いて、同時にこみ上げてきた羞恥心で顔が赤くなる。


菫哉の指が熱くなったあたしの頬をそっと撫でて、首筋に下りた。


「・・・・と・・・・や?」


舌足らずになった呼び声にこたえるみたいに、彼が微笑む。


さっきまであんなキスしてたと思えない位に穏やかな表情。


ひとりパニックになってる自分がバカみたいだ。


「しーが悪いんだよ?」


「・・・・・なに・・・が?」


茫然と問い返すと、したり顔で彼が答える。


「あんなこと言われて、なにもせずにいられるわけないじゃない」


「・・・・・うるさいっ」


「で?僕がピアノ弾いてもいいの?だめなの?」


「・・・リクエスト入れてくれるなら・・いい」


あたしの言葉に頷いて、菫哉が微笑んだ。


「なんでも弾くよ」

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