第22話 姫君帰還

「遅い」


新幹線の改札抜けてすぐに聞こえてきたのは覚悟していた通りの辛辣な一言だった。


・・・怒られる覚悟してたけどっ。


久々にカミナリ確定かしら?


お兄ちゃんは怒る時は、ある意味パパより怖い。


パパにある甘さがお兄ちゃんにはないのだ。


しかも、あたしが泣いても、駄々捏ねても絶対譲ってくれない。


理論立てて、逃げられない様にあたしを追い詰める。


”なにが“悪くて怒られてるのか、きちんとあたしが理解するまで絶対に許してくれないのだ。


こうなったら先手必勝。


謝ったもん勝ち。


意地とか張ってる場合じゃない。


しかも、たぶん、しーちゃんとのラブラブな時間をあたしのせいで台無しにしてるはずだし。


「・・・・ごめんなさ・・・」


冷たい視線であたしを見下ろすお兄ちゃんに向かって頭を下げたら、次の瞬間両方から頭を拳骨で挟まれた。


と同時に激痛があたしを襲う。


頭ぐりぐりの刑は、お兄ちゃんからの鉄拳制裁の定番のパターン。


あたしが我儘言うたびに、こうやって怒られたものだ。


ってここ何年もこんなことされてないけど!!


「きゃーイタイ、イタイってば!!ごめんんさいっ」


「母さんの慌てようったら無かったぞ。誘拐されたんじゃないかって大騒ぎして・・・」


「・・あああーごめんなさーい」


「ちょ・・・ちょっと・・・菫哉・・・何もそこまで」


離れた場所にいたらしいしーちゃんがこらえきれずに飛び出して来た。


良かった!唯一の味方がここに居た、と涙目でしーちゃんに手を伸ばせば。


「コレはうちのやり方なの」


しれっと言い返してぐりぐりの刑を続行してくる。


しーちゃんに弱いお兄ちゃんもこーゆーとこは折れないらしい。


でも、しーちゃんも負けてなかった。


「女の子に乱暴するなんて最低っ!まどちゃんも反省してるし、いい加減許してあげてよ。新幹線乗って逃げたくなる位、辛かったんだよ!」


本当にしーちゃんが来てくれていてよかった。


お兄ちゃんが一瞬だけ動きを止めて、その分視線を冷たくして見下ろして来る。


「・・・あのな、まどか」


やっと拳骨が離れて、かわりにお兄ちゃんの静かな声が降ってきた。


あたしは恐る恐る顔を上げる。


困ったようなしーちゃんと・・・ホッとしたお兄ちゃんの顔。


「・・・逃げたくなるほど辛かったなら、なんで僕に言わないの?」


「・・・だ・・・だって・・・」


幸せ絶頂のお兄ちゃんになんて、あたしの気持ち分かるわけない。


好きな人にスキって言って、それが通じてずっと一緒に居られるお兄ちゃんに、あたしの辛さなんて・・・


寂しいとか、切ないとか、悲しい、とか。


そんなの・・・分かりっこないじゃない・・・


言ったらお兄ちゃんを傷つけるのが分かったから言えなかった。


心配してくれてるのも知ってる。


分かってるけど・・・


口ごもったままのあたしの乱れた髪を指で梳きながらお兄ちゃんが溜息をついた。


「昔は、何かあると絶対一番に泣きついてきたのに」


「・・・・へ・・?」


思わぬ台詞にあたしは目を見張る。


隣のしーちゃんがニヤッと笑ってお兄ちゃんの腕をつつく。


「なに・・・菫哉、ヤキモチ?弓削君に?」


「馬鹿、違うよ。家族がいるんだから、なにも外で泣かなくてもいいだろってこと」


「結局、一番に自分頼って欲しかったんじゃない」


笑ったしーちゃんをジロッと睨んでお兄ちゃんが否定する。


なんか・・・こそばゆい。


あたしはいつの間に笑えてる自分に気づいた。


心配してくれる友達がいて、幼馴染がいて、お兄ちゃんがいる。


失恋しても、大丈夫。


迷っても、大丈夫。


「父さんも、母さんも待ってる。帰ったら大目玉食らう覚悟しとけよ」


「・・・はーい・・・・お兄ちゃん?」


神妙な顔を作って呼びかけると、先を歩きだしたお兄ちゃんが首を回して振り返って来た。


いつもはお兄ちゃんと並んであるくしーちゃんが手を繋いでくれてなんだか嬉しい。


反対の手を伸ばしてお兄ちゃんの左手を握る。


「・・・迎えに来てくれてありがとう」


「・・心配したんだからな」


「ごめんなさい。しーちゃんも、ごめんね?」


あたしの言葉に、しーちゃんが笑って首を振る。


「おかえり」


手を繋いで3人並んで歩きながら、まるで小さい頃みたいだなと思った。


”恋”なんて、ずっと遠いものだった頃みたいだ。




★★★★★★




タクシーの中で振り返ったら、まどちゃんが菫哉の肩で熟睡してしまっていた。


こうしてみると、まどちゃんも年相応の女の子に見える。


いつも大人びて見えるのが嘘みたいだ。


1人っ子のあたしにとっては、縁のない“兄弟”ってやつ。


微笑ましい光景に思わず笑みを浮かべたら、菫哉が小さく


「しょーがないヤツ」


と呟いた。


その一言にさえ、優しさが詰まっていて愛おしくなる。


「・・・安心したんだよ。お兄ちゃんの顔見て」


張りつめていたまどちゃんの表情が、菫哉の顔見たとたんにホッと緩んだ。


ずっと、心のどこかで緊張していたんだと思う。


パニックになって、気付いたら新幹線に乗ってたんだもん。


部屋に閉じこもる。じゃなく、新幹線に飛び乗っちゃうトコがいかにもまどちゃんらしいけど。


高校生の女の子がひとりで心細くなかったわけがない。


ただでさえ、ショックな出来事があったのに。


・・・大久保さんと井上さんの距離が近づいたのはすぐに分かった。


大久保さんが、井上さんに触れることを躊躇しなくなったから。


これまでも、井上さんに関しては甲斐甲斐しく世話を焼いていたけれどそういうのとは違う。


”恋人”にするみたいな扱いをするようになったのだ。


アレを目の当たりにしたまどちゃんは相当にショックだったろう。


彼女の抱えていた思いが、憧れに近いものであったとしても想いを寄せていたことに変わりはないのだ。


まどちゃんには言わないけど(怒るから)まどちゃんは昔からかなーりのブラコンなのだ。


本人無自覚だけど。


たぶん、あたしと菫哉が付き合い始めて急にお兄ちゃんを取られてしまったような気持ちになったんだと思う。


優しいまどちゃんは、お兄ちゃんの彼女であるあたしに敵意を向けることが出来ずに、お兄ちゃんの代わりになる人を探して・・


そして、大久保さんを見つけたのだ。


永遠に自分だけを大事にしてくれる存在。


菫哉の代わりに大事にしてくれる存在。


・・・でも・・・


なんで、今回弓削君のトコに逃げたんだろう・・・?





この時のあたしの小さな予感は


遠くない未来、現実のものとなる。


まどちゃんと一緒に西門家に戻るや否や、すぐにあたしに帰宅命令が発動された。


それもそのはず。


時刻は午後23時半。


高校生がウロウロしていい時間じゃない。


緊急事態だったし、おば様がうちのママに説明してくれていたから(基本我が家は放任だし)まったくお咎めナシだけど。


おば様に抱きしめられた後、おじ様とおば様に問答無用でリビングに引っ張られて行く寝起きのまどちゃんを見送ってあたしは菫哉と揃って西門家を後にした。


久々にこんなに遅くまで2人で居たなぁ・・・


ちっともゆっくりできなかったけれど。


でも、不謹慎だけど、やっぱりちょっと嬉しい。


徒歩1分の距離だから、すぐに我が家についてしまう。


こんなに近所だと、遠回りしようがないもんね。


ふと、隣を歩く菫哉を見上げたら視線が合った。


「ん?」


問われて慌てて首を振る。


「・・・ううん・・」


返事を聞いた菫哉が小さく笑ってあたしを抱き寄せた。


西門家のレンガ塀に押し付けるみたいにして、キスが降ってくる。


門灯の影になるから、誰にも見られないけど・・・


それでもやっぱり回りが気になって視線を泳がせたら顎を捕えられてしまった。


額をくっつけたままで唇が触れる距離から菫哉が問いかけてくる。


「この時間じゃ誰もいないよ」


「・・・し・・知ってるけど・・・」


「1分もたたないうちに離れるんだから、コレ位許して」


許すとか、許さないとか無いし・・・


言い返そうとするけど、すぐに唇が重なって意識がブレた。


そう言えば、今日は放課後からちゃんとキスしてないかも・・・


って・・・ちゃんと、って、ナニ、ナニ!?


よぎった思考に焦って余計に心拍数が上がる。


最後に頬に触れた唇が離れて、菫哉があたしの髪を撫でる。


心臓は・・まだ落ち着かない。


「おやすみ」


穏やかに言われて、ちょっと物足りなくなってしまうあたし。



・・・ごめんね、まどちゃん。


お兄ちゃんに関しては、あたしも譲れないよ。

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