第21話 癒しの音楽

我ながら子供みたいなことしたと思う。


だけど。


この憤りをどこにぶつけたらいいのか分かんなかったのよ!


☆★☆★


海沿いの公園のベンチで、遠くに見えるライトアップされた橋を見ながら視線を夜空へと巡らせる。


ほんっとに修君を引っ張り回しちゃった・・・


時刻は21時前。


お兄ちゃんとの約束で、あたしを最終の新幹線に乗せると話しをしたらしいから、もうしばらくしたら駅に向かわなくてはいけない。


修君は、あたしに何も尋ねなかった。


ホントに大人なんだわ。


お兄ちゃんとは似ていないけれど、お兄ちゃんと同じ位彼の事は信用できる。


しーちゃんの何もかもを独り占めしてしまうような守り方をするお兄ちゃんとは真逆のやり方を知っている人。


たぶん・・・この人は他人との距離の取り方が上手なんだ。


お互いにとって適度な距離を常にキープできる。


だから、居心地が良いのだ。


でも、決して放っておかれた感じがしないのはやっぱり彼の他愛無い言葉が優しいからだろう。


「・・・あたしね・・・見込み無い片思いってこれが初めてなの」


「失恋未経験ってなかなか凄いで」


「ない。だって、傷つくの怖いから。好きだよ。って言われたら、安心するし・・・好きでいてくれるならあたしも好きになろうって思える。最初から、相手の気持ちが分かってると、不安じゃないでしょ?」


「えらい保守的な恋愛やなぁ」


「だってそれでも幸せだったんだもん。ちゃんと、相手のことも好きになったし、それでいいと思ってた。・・・けど・・・違った。大久保さんが、どこ見ててもいいって思った。あの人が、全身で愛情注ぐ相手が羨ましくて、いいなぁって・・最初はそれだけ思ってたんだけど・・・そのうち、井上さんがどうしようもなく羨ましくなった。もうね、ハタから見てても分かるくらい、愛されてるの。大事にされてるってわかるの。お兄ちゃんが、しーちゃんのこと可愛くて仕方無いってのとちょっと似てる・・・あんな感じで、とにかく・・」


「・・・誰かに大事にされたかったんか」


「あの人に大事にされたかった。あんな風に優しく名前呼ばれたら幸せだろうなって思った。だって・・・あたしには無理だもん。どうしたって、井上さんにはなれないし・・・大久保さんはね、井上さんの歌も、価値観も、外見も中身も。みんな、全部、ぜーんぶ愛してるのよ。・・・あたしだって・・・ちゃんと持ってる。バイオリンだってあるし、夢だってある。友達もいるし、家族だっている。だけど・・・どうしようもなく・・・羨ましかったんだもん」


無い物ねだりして、届かない愛情を欲しがった。


あたしの目に映ったふたりの”壊れない愛”は尊くて。


眩くて、透明で、憧れそのものだった。


誰かを、僻んだり、羨んだり、そんなことありえないと思ってた。


だってあたしはいっぱい持ってる。


あたしの中で、あたしだけで、十分に幸せになれる。


そうでなきゃいけない。


でも、だけど。


「・・・菫哉も、あっさり幼馴染の子とくっついてまうし・・・寂しかったんやろ?そんで、余計焦ったんちゃうんか?」


「・・・・人をブラコンみたいに言わないで!」


「そうは言うてへんけど・・・お前ら兄妹昔っからくっついとったし、なんやかんやいうてまどかはお兄ちゃん子やし、菫哉も過保護やから・・」


「あたしの好きが偽物だったとか言ったら怒るわよ!」


大久保さんの視線の先に、自分の姿を望んだ日は確かにあったのだ。


いつか、彼の隣に行きたいと願っていた。


それが、永遠に叶わなくても。


・・・あれ・・・?


叶わないこと覚悟してたのか?


絶対うまくいくわけないって・・・知ってて・・・


知ってたから、ずっと勝手に思っていられるってどっかで思ってた?


”好きな人がいる”


って。


だから、寂しくないって。


あたし・・・寂しいから片思いしようとしたの?


「・・・・気持ち悪い・・・」


あたしの呟きに修君がぎょっとなって身を乗り出した。


「大丈夫か!?」


自分の気持ちがわかんない。


あたし、なんで大久保さん好きだったの?


”大事にされたかったから”


誰に?


”好きな人に”


あたしだけを、大事にして欲しくて、あたしだけを見てて欲しくて。


だって好きってそういうことでしょう?


その人で自分の中がいっぱいになっちゃうことでしょう?


胸が苦しくなって、眠れなくなることでしょう?


相手の気持ちを考えて不安になって動けなくなるものでしょう?


『ずっと、しーのこと考えてた』


蘇った記憶。


お兄ちゃんのピアノのそばで嬉しそうに微笑むしーちゃん。


大事な彼女にだけ見せる、お兄ちゃんの甘ったるい顔。


あたしを好きだと言った男の子はみんな優しかった。


いつもあたしを優先だった。


こちらを気持ちを量るように、いつも言葉を欲しがった。


”好きだ”という言葉だけを。


でも。


口にしなくても、愛されてることしーちゃんは知ってる。


離れてても、いつでもお兄ちゃんを信じてるし愛されてる。


大事にするって・・・恋ってそういうもんでしょ?


回転し続けた視界がようやく定まってくる。


メリーゴーランドがゆっくり速度を落とすみたいに。


世界が正しく映りだす。


愛されたい。


大事にされたい。


あたしだけを見てて。


でも、そんな人はいない。


どこにもいない。


だから。


ひとりだけを見つめ続けている人に惹かれたの?


揺らがず思い続ける気持ちが羨ましかった?


愛されてる井上さんが。


思い続けている大久保さんが。


一方通行でも。


スキって気持ちで、あたしは自己満足してただけ?


「・・・あたし・・・恋がしたかっただけ・・・?」


すとんと落ちて来た簡単すぎる答え。


そして同時に胸に押し寄せて来るのはとてつもない罪悪感。


「・・・やだーもう・・やだー帰れないー」


お兄ちゃんにさんざん偉そうに恋愛説法説いて聞かせて挙句の果てが、あたしは恋に恋する女の子でした。なんて。


恥ずかしすぎてやってられない!!


無我夢中で好きって気持ちを、知りたくて。


ひとりでからまわって、回り巻きこんで。


飛び乗った新幹線。


振り回されて途方にくれたのは・・・・優しい修君。


もうこうなったら選べる未来は・・・


「・・・絶交?」


「は!?」


あたしの突然の思い付きに素っ頓狂な声を上げて修君がこちらに向き直る。


「ちょっと待て。なに勝手に自己完結しよるん?」


「もーいいの。なんか、いろいろ、解けた」


「失恋は?」


「大久保さんたちはきっと幸せになると思う。それで、いいの。そうでなきゃいけないの。だって・・・あたしが欲しがってるのはそういう愛だもん。簡単に壊れない、強くて、一途な気持ちだから」


「なーんも言わんとひとりで答え出しよってからに・・」


苦虫噛み潰しまくった顔で修君が呟く。


「ホントにごめんね」


「・・・恋がしたい。って願望は?」


「それは、まだあるよ。だって、あたしも、誰かを必死で追いかけたいもん。苦しい位好きになりたいもん。だから、探す。今度は、ちゃんと自分の気持ちと向き合ってみる」


あたしが、心から好きになりたいと思える相手を。


しっかり彼の顔を見て答えたら、溜息交じりで


「こういう時ですら隙が無いもんなぁ」


とぼやかれた。


意味が分からずにとりあえず謝っておくことにする。


「ごめんね。うんざり?やっぱり絶交?」


「・・・あのなぁ・・・冗談でも絶交とか言うな。心臓に悪いわ」


「・・・そう・・・なら、良かった」


心底ホッとしたあたしの顔を見て、修君が


「しゃあないなぁ」


と苦笑いで呟いた。

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