第18話  ある意味殴り込み

「どーゆーつもりよ!?」


掴みかからんばかりの勢いで乗り込んだ控え室。


あたしの剣幕に押されるように、後ずさりながら両手を上げて降参ポーズの修君は苦笑いする。


「どーゆーもこーゆーもあらへんし」


「あのタイミングできらきら星変奏曲とかっ・・・」


「泣かせてもた?」


「泣いてないし!」


反射的に言い返して、あたしは慌てて目を逸らす。


と、物凄く言いにくそうに、修君の先生が口を挟んできた。


「あの・・修君、ちょっとお茶買ってくるわね」


その声であたしはようやく二人きりじゃなかったことを思い出した。


羞恥心で頬が赤くなる。


挨拶もろくにせず取り乱した非常識な知人というレッテルは、甘んじて受け入れます・・・


「すっすいません!!」


「いいのよう、こちらこそお邪魔しちゃって御免なさいね」


・・・せ・・・先生それ、なんか間違ってますから!!


ニコニコとお財布片手に楽屋を出る先生。


うーわーやだー!!!


すっごい誤解ですから!!


アワアワするあたしを横目に、修君がおっとりと口を開いた。


「お疲れ様とか無いのん?」


「あ・・・」


さっきの驚きでころっとそんなことは忘れてた。


「労いにきたんやなくて・・・まるで殴り込みに来たみたいやで?」


「り・・・両方よ!」


「へーほんなら半分は、労いに来てくれたんや」


嬉しそうに修君が笑う。


「・・・演奏は・・・めちゃくちゃ良かった・・・お疲れ様」


「おおきに」


「でも・・・」


「うん?」


「気付かないふりしてて欲しかった」


あたしの、どうしようもない片思い。


数年ぶりに再会した友達にも一目で分かる位・・・あたしの気持ちはモロバレってこと・・


うーわー・・・惨めっ・・・


でも、そんなあたしの気持ちは綺麗に無視して


「そらー無理やわ」


あっさりと修君が言いきった。


「黙って見守るとか無理やから。性格的に性に合わへんねん」


「慰めじゃないなら・・・あれはなに?」


不貞腐れて訊いたあたしに向かって修君が楽しそうに告げた。


「励ましや」


「・・・・・ありがとう」


その言葉はすごく・・・自然に零れ出た。


そっか・・・励ましかぁ・・・


頑張っても無駄だって、諦めるしかないからって。


いっつもそう思ってた。


あんなに仲良いふたりを目の前にして、横槍入れれるわけもなく。


しょうがないって言い聞かせてた。


なんとか忘れなきゃって。


でも・・・


好きでいてもいいんだ。


大久保さんにとっての、井上さんの位置にあたしは一生立てないけど。


それでも、この気持ちに無理やり区切り付ける必要なんてない。


これから、育っていく気持ちが結べなくても、行き止まりでも。


好きだと思ったその気持ちに正直でいたい。


それは、少しも間違っていない。


しーちゃんやお兄ちゃんにすら言い出せなかった、とにかくスキって気持ち。


・・・すき。


あたしの顔を見ていた修君が驚いたみたいに呟いた。


「ほんまに好きやねんなぁ・・・その人のこと」


「・・・すき」


「・・・・そっか」


「無理を承知で・・・でも好きなの・・・・・割り切るなんて出来ないの・・・まだ・・心で光ってる」


キラキラ星みたいに。


静かに・・・だけど、強く。


大久保さんに、大事にされたい。


もう、そんな高望みは言いません。


だから、どうか、終わらせないで。


あたしの中で生まれた・・・一方通行でも、大事な恋。


片思いでも・・・尊い恋なの。





あたしの一方的な宣言を聞いた後、修君が思い出したように言った。


「なんか・・・ガキの頃のこと思い出したわ」


「・・・・え?」


「舞台に立つ直前までぶるぶる震えとったくせにいざ演奏始めたら信じられん位落ち着いてて、そんで、戻ってきたら満面の笑みで・・・楽しかった・・って」


「・・・あたしのこと?」


「そうやで。覚悟決めたら、まどかは強いもんなぁ」


「・・・・そう?」


両親の舞台について回る事が多かったせいか、発表会でもコンクールでも、周りが心配するほど緊張したことはない。


それでも、やっぱり自分の出番が近づけば手足はそれなりに震えた。


それをぐっと踏ん張って、握りしめて、お兄ちゃんに背中を押されてえいや!と踏み出せば、怖い気持ちはいつだって吹き飛んで行った。


お兄ちゃんはあたしを、まどかは本番に強い、と言うけれど、多分そうなんだろう。


「決めるまでは、ぐずぐずするけど」


「失礼ねっ」


「ほんまのことやん。背中押して貰うの待っとったくせに」


「・・・お兄ちゃんを待ってたのよ!」


順番的に、いつもお兄ちゃんの後に演奏することが多かった。


舞台袖に戻ったお兄ちゃんが、険しい表情のあたしのそばにやってきて、出番前にトン、と背中を押してくれるのだ。


その手に押されるみたいに舞台に出ると、不思議と腹が据わっていつも通りの演奏をすることができた。


コンクールで結果が残せた時はいつもそんな感じだった。


「うん・・そやなぁ。いーっつも、まどかは菫哉のこと待っとった」


「・・・」


「俺は、そんなまどかのことずっと見とったんやで?」


「・・・・・・っ・・・え?」


思わず彼の方を見返す。


それって・・・・


困惑気味のあたしの顔をまっすぐ見つめて、彼は笑った。


「俺のめーっちゃ遅い初恋や」


「・・・うそ・・・」


あまりに爆弾発言過ぎて、ぽかんと間抜けに開いた口が塞がらない。


修君の・・・初恋!?!?


「ほんまや」


「・・・・初恋・・かぁ」


呆然としたまま呟いたあたしの言葉に、しみじみ頷いて感慨深げに修君が言った。


「あのちーさかったまどかが・・・好きな人出来たとかいうねんもんなぁ」


「びっくり?」


「いやー・・・なんや不思議な感じするわ」


そう呟いて修君が微笑んだ。

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