第16話 ホンキ?
「えっ・・・大久保さんも行くんですか!?」
カフェタイムのグレイスに響き渡ったあたしの声。
慌てて口を押さえたけど・・・良かったあ・・・ざわつく店内では、みんな自分たちのお話に夢中みたいだ。
それより何より問題は、目の前の彼の前で大声を出したこと。
「そんな意外?」
大久保さんはあたしの方を見て可笑しそうに問い返す。
「ク・・・クラシック聴かないタイプかなって」
「あー俺は聴かない」
「・・ですよね」
ということは。
「でも、多恵はけっこう雑食だから、興味があればなんでも聴くんだよなぁ」
あ・・・やっぱり。
分かってたけど結構イタイ。
井上多恵のあるところ、大久保柊介アリってわけね。
今回も、井上さんの鶴の一声でチケット取ったって言うんだもん。
つくづく・・・・羨ましい。
間近に迫った弓削修のコンサート。
会話のついでで彼のコンサートに行くことを話したらなんと、大久保さんたちも来るって言うんだもん。
・・・・嬉しいけど・・・やっぱり複雑・・・
修君のピアノは久しぶりだし楽しみだけど。
大好きな大久保さんは大好きな井上さんと来るわけで・・・
どんなときでも、大久保さんは井上さんが優先順位の第一位。
分かってても。
目の当たりにするとやっぱりイタイ。
落ち込みそうな自分に喝を入れつつ、あたしは話題を切り替える。
「クラシック以外の曲もやるみたいですから退屈はしないと思いますよー。あ・・・じゃあ、あたしそろそろレッスンなんで・・・」
荷物を手に立ち上がる。
時間まで結構あるんだけど・・・なんとなくここにいるのは辛い。
「気をつけてね」
優しい笑顔に見送られて、夕暮れ時のお店を出る。
溜め息は吐きたくない。
顔は上げていたい。
思いっきり息を吸い込んで、あたしはゆっくり駅に向かって歩き出した。
★★★★★★
お兄ちゃんは、素直じゃない。
昔っからしーちゃん一筋で、他の子に見向きもしないくせに本人の前では少しもそんな素振りを見せない。
だから、しーちゃんはお兄ちゃんの気持ちに気づかずに”ただの幼馴染の男の子”と認識したまんまだったのだ。
あたしから見れば、こんなに態度に出てるのに。
鈍感なしーちゃんと意気地なしのお兄ちゃん。
あのね、ピアノで全部伝わるなんてそんなの嘘よ。
言葉にしなきゃ伝わらないの。
言わずに済むような恋なんて無い。
だから、余計、あたしはあの人に惹かれたのかもしれない。
言葉も、態度も、全部。
あの人が何かするのはみーんな全部なにもかも。
それはもう綺麗に真っ直ぐ井上多恵に向かっている。
知らずにいるのか、知ってて気づかない振りしてるのか。
一定の距離を保っている二人の関係は酷く曖昧に見えて、だけどとても頑丈だった。
たぶん、あたしの知らない歴史のせいだ。
突っついたりしたくらいじゃ解けない強い絆がそこにはあった。
大久保さんの呼ぶ
「多恵」
その声に潜む強い思いがただひたすらに眩しかった。
真っ直ぐ一直線に愛情を注ぐ大久保さん。
それに答えるんじゃなく、受け入れることで答えを出しているように見えた井上さん。
たぶん・・・大久保さんも、その答えは望んでないんだ。
側にいられるだけでいいって。
大事にしたいって。
そういう気持ちが、ちゃんと伝わってくる。
あたしも・・・いつか・・・
そんな風に大事にして、大事にされたい。
・・・あたしは大事にされたかっただけなのかしら?
しーちゃんや、井上さんみたいに?
誰かに優しくされたかっただけなのかしら?
あたしは寂しくないし、可哀想じゃないっていつもみたいに、否定できない自分がいた。
★★★★★★
「コンサートってワンピースよね!?間違ってないよね?」
真顔でそんなことを言うしーちゃん。
パールベージュのひざ丈のワンピースを見下ろして不安げな彼女。
心配無用な位とっても良くお似合いです。
そっか・・・しーちゃんがあたしたちの発表会見に来てたのってもうずっと前の話だもんなぁ・・・
「間違ってないよ」
思いっきり噴き出したお兄ちゃんが、しーちゃんの手を握る。
しーちゃんをしっかり捕まえた自信からか、お兄ちゃんはこれまでの鬱憤を晴らすかの勢いで四六時中しーちゃんにべたべたと構いまくっている。
はいはい、見てませんよ。
「ば・・馬鹿にしてる!?」
「いや、全然」
「ほんとに?まどちゃんも!?」
「う・・うん・・・ドレスコード無くても、やっぱり・・・カジュアルな格好は避けるべきだと思うから」
「そ・・・そうだよね」
ほっと息を吐いたしーちゃんが、あたしの方を見て微笑む。
「まどちゃんは、今日もやっぱり可愛い」
「ありがとう」
オフホワイトのモヘアワンピはお気に入りなのだ。
上着羽織れば半袖でも寒くないしね。
でも。
「あたしより、ずーっとしーちゃんのが可愛いよね?お兄ちゃん」
「もちろん」
一気に真っ赤になったしーちゃんを前に、楽しそうに微笑むお兄ちゃん。
なによー!告白したからって!!!
なんか最近余裕でムカつく・・・
当てられるのは馬鹿みたいだし、邪魔しないと話してあるのであたしは早々にバカップルから離れることにする。
始まる前に、直接席で落ち合えばいい。
チケットを頼んで貰った先生も来ているはずだからお礼を言いたかった。
買って来た花束を手に歩き出す。
久しぶりに会う修君に渡すべく選んだお花だ。
「じゃあ、お兄ちゃん、しーちゃん、後でね」
「弓削によろしくな」
言われなくても分かってるわよ、と振り返らず手だけ振り返した。
うっかり振り向いてキスの一つでもされていた日には、今の心境だとお兄ちゃんを蹴り飛ばしてしまいかねない。
さーってと・・・どーやって控え室まで行こうかなぁ・・・関係者って言ったってパスなしじゃ通して貰えないだろうし・・・無理を通したらファンだと思ってつまみだされちゃうかしら?
昔なじみではあるけれど、ここ数年は知人というレベルなので、修君の周りのスタッフさんなんて分からない。
あたしが思案に暮れていると、聞き慣れた声がした。
「やあ、まどかちゃん」
★★★★★★
コンサートにやって来ていたグレイスのマスターのおかげで難なく控室までやって来る事が出来た。
カフェを始める前は音楽教師を仕事をしていたという話を聞いたことがあったけれど、その時の知り合いの人が今日のコンサートスタッフの中に居るらしく、口を利いてくれたのだ。
本当に助かった。
あのまま名案が浮かばないままで一人立ち往生していたら、開演に間に合わなかったかもしれない。
控え室のドアを開けてくれた数年ぶりに再会する男の子を前に、最初に出た第一声は
「えーっおっきくなってる!!!」
だった。
返って来たのは
「当たり前やん」
という苦笑交じりの懐かしいイントネーション。
修君の後ろから顔を覗かせた彼の先生が、マスターを見て微笑む。
「ご無沙汰してます、先生」
「元気そうでなによりだ。若林さん」
なんでも、学生時代の音楽の先生がマスターだったそうな。
懐かしそうに見つめ合う二人を横目に、あたしは記憶より30センチは大きくなっている修君を見上げる。
「そ・・想像とあんまり違うからびっくりした・・」
「どんな想像しとったん?」
「なんか・・もーちょっと可愛い感じ?」
「なんやそれ・・・先生からまどかが来るて聞いてめっちゃ楽しみにしとったのに・・・」
「あ・・・そうなの?だから、あたしのこと見ても驚かなかったんだ」
だってもう3年は会ってない筈なのに・・・
「そうやで。・・・しっかし変わってへんなぁ」
「え!?身長伸びたよ!!3センチは!!」
必死になって言い返したあたしに向かって、修君が遠慮なく言い放つ。
「それ、伸びたに入らへんで」
「・・・あたしもまだまだ成長期だもん!」
「そんなん、俺かてそうやわ」
ああ、そうだった。
昔っからあたしをからかって遊ぶのはこの人の悪い癖なのだ。
いつもは”大人びてる”と言われるあたしを形無しにするのだ。彼は。
「・・・・せっかくお花持って来たのに、先生にあげちゃおうかなぁ」
不貞腐れたあたしに向かって慌てたみたいに修君が言う。
「ええっ!そら無いわ。俺のために選んだ花ちゃうのん?」
「・・・そーですけどー」
「有難く貰います」
満面の笑みで手を差し出す彼を見て、あたしはどこかほっとしながら
その手にお日様みたいなオレンジの花束を手渡した。
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