第15話 嵐を呼ぶ
膝を抱えたままで動けないあたしを、遠慮なく抱きしめる菫哉。
髪に、肩に触れる指は蕩けるみたいに優しい。
だからホッとしてしまって、その隙に唇が重なる。
安心させるみたいに握られた指先にもキスを落としながら菫哉が優しく問いかけてきた。
「・・慣れた?」
「・・・・・・・慣れない」
これっぽっちも。
「言うと思った」
そう言ってまた笑う菫哉。
怖い位機嫌良いんですけど・・・?
「菫哉は慣れたの?」
「・・・慣れるわけないよ。でも、詩音がそばにいたら触れてたいと思ってる」
「・・・ピアノ弾けなくなっちゃうよ?」
「ピアノも弾くよ」
「・・・・じゃあ・・・れ・・練習しなきゃ・・」
何とかこの状況を抜け出そうと必死なのに菫哉は一向にあたしを離そうとしない。
って、また頬に唇の感触。
酸欠で倒れるのが先か、体温が急上昇しすぎて倒れるのが先か、どっちだろう。
「うん」
頷いて、菫哉があたしの髪を撫でる。
「だから・・・ピアノ」
しどろもどろで呟いたら、菫哉があたしの顔を覗き込む。
見た事も無いような甘ったるい目線を寄越さないでくださいとお願いしたい。
「何聴きたい?」
「え・・・えっと・・・」
もうすでにいつものように返事が出来ていないあたしの様子に、菫哉は笑みを深くする。
「考えて」
「う・・うん・・・」
そうしている間に、また唇が重なる。
だから考えらんないってば!!!
もうずっとこのままだったらどーしよ・・・
ぼんやりそんなことを考えていたら、ドンドンと豪快なノックの音が聞こえた。
この叩き方は・・・
「お兄ちゃん!ちょっといい!?」
やっぱりまどちゃんだ。
麗しの聖琳の制服姿のままで颯爽と部屋に飛び込んでくる。
ノックをしてくれたのは本当に本当にありがとうなんだけど、もうちょっと時間をおいてドアを開けて欲しいです、切実に!!!
菫哉はあたしの座るひとりがけソファの手すりに両手を乗せたままつまりは、あたしから少しも離れずに妹を振り向いた。
「まどか、思いっきり邪魔だよ」
しれっとそんなことを言うから焦る。
あたしは必死になってまどちゃんに取り繕うしかない。
「ぜぜぜんぜんそんなことないよ!!」
むしろ助かったよ!
あのまま流されていたらどうなっていた事か!!
「ごめーんね?」
全く悪びれずにコケティッシュに笑った彼女はまさに聖琳の華だ。
「わざとだろ」
「なんであたしがお邪魔するのよー。兄の恋路を誰より応援していたあたしよ?見くびらないでほしいわねっ」
「・・・それくらい大久保さんの前でも喋ればいいのに」
呆れ顔で言った菫哉の意地悪な顔。
なんてこと言うのよ!!
慌てて彼の腕を叩いたけれどどこ吹く風だ。
ほんとに邪魔された事を根に持っているらしい。
予想通り真っ赤になったまどちゃんが、おば様譲りの大声量で怒鳴り散らした。
「なんで知ってんのよ!?」
「お前の顔見りゃ誰だって分かると思うよ」
「う・・嘘でしょ!そんな態度出てたの!?」
「音に出てたよ」
「・・・・意地悪っ」
「図ったみたいなタイミングでやってくるお前が悪いよ」
「偶然だって言ってるでしょー。それより、防音室に彼女連れ込んで何する気だったのよ」
腰に手を当てて意地悪い笑みを浮かべるまどちゃん。
あああ・・・火に油を注ぐことを言わないで・・・
「ここは僕が父さんから貰った部屋なんだから、何しようと僕の勝手だろう?」
「・・・聞いた!?しーちゃん!!お兄ちゃんはやっぱり危険な男よ!!2人きりは危ないわ!あたしと上でお茶しない?」
「まーどーかー」
低い声で言われて肩をすくめたまどちゃんが渋々返事する。
「・・・はーい」
「用件は?」
「お兄ちゃんとコンクール競ってた弓削 修(ゆげ おさむ)が今度こっちに来るらしいよー」
「弓削が?」
「うん。なんかこないだのコンクールで優勝してからその凱旋で全国回ってるみたい。バイオリンの先生が、修君の先生とお友達らしくって話聞いたの」
「知り合い・・?」
「むかーしね。僕がまだ全国のコンクール出てた頃に顔合わせてた相手だよ。小さい頃は同じ音楽教室にも通ってたんだ。向こうが転勤で愛知に行ってからは年に一、二回会うかどうかだったけど・・・」
まどちゃんが、あたしに向かって懐かしそうに話しだす。
「昔はコンクールで顔合わせるたびによく一緒に待ち時間過ごしてたの。どうする?聴きに行きたいならチケット先生に頼んでおくけど?」
「・・・詩音?」
少し考える素振りをみせた菫哉があたしを振り向いて問いかけた。
視線を上げて返事をする。
「はい・・?」
こうして見上げると、やっぱり菫哉の方が綺麗な顔してる。
睫毛も長いし・・・肌も綺麗だし。
思わず見惚れているとちょっと眉を上げた菫哉が問いかけて来た。
「たまには他の人のピアノも聴いてみる?」
「えー!!」
あたしより先に声を上げたのはまどちゃんだ。
「あの独占欲の塊のお兄ちゃんが、別の男のピアノ聴かせるなんて!」
「僕とはまた違ったタイプの演奏家だし、面白いかなって思っただけだよ」
面倒くさそうに言った菫哉が視線で問いかけてくる。
「・・・行ってみたいかも」
「じゃあ決まり。先生にチケット3枚って言っておいて」
「・・・・?」
小首を傾げるまどちゃんに、菫哉が呆れて続ける。
「どうせ、自分も連れてけって駄々捏ねるだろ」
「!!さっすがお兄ちゃん!!お邪魔はしないのでご心配なくー!じゃあさっそく先生に連絡しておくね!!」
嬉しそうに部屋を後にするまどちゃんを見送って、菫哉が苦笑交じりであたしの方を見返してきた。
「たまには、まどかも構っておかないと後が怖いからね」
その顔が”お兄ちゃん”であたしは思わず笑ってしまった。
でも、これが”嵐”の始まりだったのだ。
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