第13話 複雑な関係?
お母さんには、菫哉の発表会に行くって嘘を吐いた。
でも、半分は本当だし。
だって一応ジャズバーだし・・・お酒出すトコだし・・・仮にも高校生が出入りする場所じゃない・・・と思う。
テレビでよく見かけるような、ばっちりメイクにミニスカートにピンヒールで大人顔負けに闊歩出来るような夜の街はこのあたりにはなく。
20時すぎると静まり返る住宅街で長年育ってきたあたしとしては電車で3駅のジャズバーに行くのだって・・・結構な勇気がいる。
そりゃあ・・・クラスには、遊ぶ場所がいっぱいある街まで出かけて行ってクラブを回るような子もいるけど。
そんなのはあたしとは無縁の世界・・・
だから、今日はドキドキする。
と思ったら、いつも自信たっぷりのまどちゃんが、なぜかあたしよりもずっと緊張していた。
彼女は1曲だけ、菫哉と井上さんとセッションするらしい。
コンクールにも沢山出て、場慣れしてるはずのまどちゃんがさっきからしきりに鏡を見てはため息を吐くのだ。
「・・・どうしたの?」
電車の振動と走行音にまぎれない様に彼女の耳元で尋ねる。
バイオリンケースを大事に抱えたまどちゃんがあたしの方を見て眉を下げて無理に微笑んだ。
「・・・すっごい・・・緊張する・・・」
「まどちゃんでも緊張するんだね・・」
「するよー!!そんなの!!だって会うの久しぶりだし、何しゃべっていいか分かんないし・・・っていうか・・・あの人あたしなんて全く眼中にないしー・・」
「・・・・へ?」
人?バイオリンじゃなくて?
きょとんとして呟いたあたしに向かってまどちゃんが
小さな小さな声で告げた。
「・・・今日ね・・・あたしの好きな人・・・来るの」
こんな自信無さげなまどちゃん初めて見た。
いつだって胸張って顔を上げてるイメージだったのに。
真っ赤になった彼女が初めて年下の女の子に見えた。
情けないけどあたしより、ずーっとしっかりしているし・・・
「どんな人?」
「・・・・分かんない・・・上手く言えないの・・でも・・・すごい好きなの」
震える声で告げるまどちゃんの手をぎゅっと握って、頑張れ、頑張れと祈る。
★★★★★★
お店に入ったらすぐに菫哉が来てくれた。
調律していたらしくて、捲くっていた袖を直しながらあたしとまどちゃんに向かって微笑みかける。
育ち・・なんだろうなぁ。
こういう場所でも、菫哉は一切気後れしない。
年の割に落ちついてるから余計かもしれないけど。
たぶん、小さい頃からご両親の仕事関係の”大人”とばかり接していたから、自然と子供っぽさが早く抜けてしまったんだろう。
思えばまどちゃんも昔から早熟な子だったし。
「えらく肩に力入ってるけど?まどか」
「・・・そんなことないけど!」
「ならいいけど・・さっそく合わせたいんだけど準備できる?」
「もちろんよ」
頷いたまどちゃんが、ちらっと視線を店内に彷徨わせる。
例の彼を探しているんだろう。
そんな彼女の背中を見送ってから、菫哉があたしの手を握った。
「あれ?詩音も緊張してるの?」
「・・・・え・・?」
「指先冷たくなってる」
「・・・あれ・・ほんとだ・・・・あ・・」
彼がまだ、ピアノ教室に通っていた頃。
発表会のたびについて行ったあたし。
客席に座って菫哉が舞台に現れるのをずっと待っていた。
あの頃からずっと・・・
思い出し笑いをしたあたしの顔を彼が覗きこむ。
「なに?」
「あたし、菫哉が弾く前はいっつも緊張してた。最初の発表会の時からずーっと。まるで自分のことみたいに、ドキドキしてたもん」
「・・・しくじらないよ」
柔らかく微笑んで菫哉が呟く。
「マスターに言って、席用意して貰ったから。ちゃんと近くで見てて」
「いつもみたいに?」
「そうだよ」
楽譜とCDに埋もれた防音室を思い浮かべる。
まじかで響くピアノの音に包まれる瞬間の幸せな一瞬。
今日は”みんなのための”演奏だけど。
「しっかりね」
彼の手を握り返したら菫哉が静かに頷いた。
出して貰ったオレンジジュースを飲んで、音合わせをするのを近くで眺めていたら、あたしの間横を通り抜けて大慌てでステージに上がった人影があった。
「ごめんっ!遅れちゃった」
そんな一言と共にマイクを握ったのは井上さんだ。
薄でのニットにスキニ―デニムと至ってラフなスタイル。
耳元でレース編みの蝶のピアスがひらひら揺れる。
マイクを握った瞬間から、井上さんが遠くなる。
「多恵ちゃん、とりあえず水分補給しな」
そんな声とともに、マスターがカウンターにウーロン茶を置いた。
反射的にあたしは立ち上がってそれを手に取る。
舞台の上の彼女におずおずと差し出した。
「あーゴメンナサイ。お客さん使っちゃった」
マイク通して聴くより少し高い声。
ストローを口に含んでごくごくと勢いよくウーロン茶を吸いこむ。
なんていうか・・・パワフル?
歌を歌うってものすごく体力要るって聴いたけど・・・
「マスターごちそー様。んじゃ、合わせようか」
空になったグラスをあたしの手に戻して、ゴメンネ?
と呟いてから彼女はピアノとバイオリンの方に向き直った。
もうすっかり”歌い手”の顔になっていた。
あの・・・もやもやした気持ちが嘘みたいに晴れて行く。
あたし・・・きっとこの人好きだわ。
菫哉やまどちゃんと同じように、心から音楽を愛してる。
それが伝わってくる。
3人が奏でる音の波にうっとりしていたら
急にあたしの手の中からグラスが消えた。
と同時に間横から声がする。
「あーごめんね・・・多恵のやつ歌始めると他のこと御留守になるから・・・」
「・・・?」
声の方を見ると、背の高い男の人が立っていた。
たぶん何かスポーツをしてる人なんだろう。
すらっとしてる割に筋肉質。
でも、ちっとも暑苦しくないのは穏やかな表情のせいかもしれない。
人当たりの良い優しい口調ととっつきやすそうな笑顔。
なんていうか・・・お兄ちゃんって感じの人。
「あの子たちの友達かな?」
「あ・・・ハイ」
「多恵の幼馴染の大久保柊介です」
彼が名乗るのと、斜め前のまどちゃんが真っ赤になるのが同時だった。
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