第9話 響くのは愛

恋にはなぜ・・・勝者と敗者があるのですか・・・?


どっちかが、いっつも勝ってるの!!


ちなみにたぶん・・・いまのところ・・・


いっつも負けてるのは・・・あたしです・・



☆★☆★


「ええええー!!!!」


「ここここ声おっきいよー!!まどちゃん!!」


「だだだだってー!!!」


「しーってば!!」


あたしの部屋だし、誰も来ないけど・・


でも、壁に耳あり障子に目ありって言うし・・・


誰がいつどこで聞いてるか分かんないし!!


まどちゃんの口を思いっきり押えて、あたしはきょろきょろ当たりを見渡した。


・・・誰も聞いてないよね!?


「・・しー・・しーちゃ・・くるし・・」


「あ・・ごめんね!!だってあんまりまどちゃんがビックリするから!」


「だってビックリするわよ!!しーちゃんってどんだけ鈍感なの!?」


「ど・・鈍感かなぁ・・・」


「お兄ちゃんあんなに明らかにアピールしてたのに!直接言われるまで気づかないなんて!!」


「・・・だって・・」


そんな風に考えたこと無かったのだ。


菫哉は幼馴染で、大事で。


彼のピアノも大好きで・・・でも。


彼が”好き”だから”ピアノ”も好き・・・なんて。


あたしの中ではイコールで結び付かなかったのだ。


・・・ありえないって思ってたもん・・・


「で?」


「・・・え?」


「キスぐらいした?」


「・・・・ええええええええ!!!」


今度はあたしが声の限り大声で叫んだ。


耳の良いまどちゃんは、慌てて両の耳を塞ぐ。


キ・・・キスとか・・・


「それこそありえないよ・・・」


「なんで?」


あたしは意を決してまどちゃんに耳打ちする。


「だって・・・まだ、スキって言ってない・・」


「・・・・えええ・・もがっ・・」


叫ぶこと必須なので、彼女の口を塞ぎにかかる。


これで一安心・・・じゃなくって・・・


「こ・・告白ってどーすんの?」


って年下に訊いてどーするの?


なんって情けない幼馴染・・・まどちゃんに恋の相談にのって貰う事になるなんて・・・


しかも、相手は彼女の兄!!


だってしょーがないじゃない!!


乃亜に訊いたら


「目を見て、すき。それだけよ」


簡潔すぎて分かんないのー!!!


場所は?時間は?どこで?どんな風に?


恋愛ドラマも、恋愛小説も当てになんない!!


だって、どれも”あたし”じゃないもの。


誰かを真似して見せたって、偽物になるだけだ。


ホンモノはあたしの中にしかない。


だから、それを、見つけるきっかけが・・・ほしいのに。


「・・・告白・・・かぁ・・・」


彼女の大人っぽい溜息に、あたしは思わず問いかける。


「恋わずらい・・・とか?」


ヒトのことはピンと来るんだよね・・・


「・・・敵いっこない相手に、片思いなの」


「・・・え・・・」


「しーちゃんと、お兄ちゃんみたいに・・・幼馴染で、すごーくお似合いの人なの・・・邪魔したって無駄だし・・・2人ともすごく好きだし・・邪魔なんかできないのに・・・諦めきれないんだよねぇ・・・ダメって分かってるのに。・・・泣くってわかってるのにね」


「まどかちゃん・・・」


「あたしも言いたいよ、好きって。でも言えない。だから・・・しーちゃんは、好きって思ったら言ってみて。その瞬間の、素直な気持ち。飾らなくていいから。きっと、お兄ちゃんはそれが一番嬉しいと思うな」


小さい頃からバイオリン片手に色んな年上の子供や大人たちと関わってきたせいか、まどちゃんはかなり大人びている。


あたしはもう彼女の達観したような台詞にこくこく頷くしかないのだ。


そしてー



★★★★★★




廊下をずんずん進む。


目的地は彼のクラス。


時刻は午後16時半。


殆どの生徒は帰ってる。


彼は、クラス委員なので、定例会に出席した後今頃教室で荷物をまとめている筈。


ってこれは、乃亜の情報だけどね。


あたしは大きく深呼吸して、菫哉のクラスを覗き込む。


・・・いた!!


「菫哉!!」


あたしの声に、窓際の席から彼がこちらを見返して来る。


うううー・・・


ドキドキするな!心臓!!


落ち着け、あたし!!


「・・・すごい剣幕でどうしたの?」


憎らしい位いつも通りの彼が、問いかけてくる。


「ピ・・ピアノ、弾いて!!」


「・・・いいよ。音楽室、行く?」


「うん!」


二つ返事で頷いて、あたしはこっそりガッツポーズ。


・・・・とても、人生初の告白を控えた乙女の姿とは思えない。


でも、これで第一難関はクリアした!


あたしの筋書きはこうだ。


彼をいつものように音楽室に呼び出す。


ピアノを弾いて、と言えば間違いなく菫哉は来るから。


そこで、こういうのだ。


『あたし、菫哉のことが好き』


音楽室でなら、きっと素直に言える。


だから・・・


ぐっと拳を握り締めて、音楽室に入る。


ようし!!


気合いを入れて振り向くと、すかさず彼の腕が伸びてきた。


手首を緩く掴まれる。


「・・・珍しいね。緊張してる?」


「べ・・別に・・」


別にじゃないってば!!


あたしの反応を見て、菫哉が笑う。


「リクエストある?」


「・・・あ・・えっと・・・」


「ピアノ、聞きたいんじゃないの?」


「・・え・・あ・・・」


「無いなら、詩音の好きなの適当に弾こうか?」


「・・・菫哉」


「うん?」


ピアノに向かおうとした彼が振り返る。


あたしは息を吸う。


”好き”って・・・言わなきゃ。


「あの・・・あのね・・」


「どうしたの?」


「・・・え・・・えっと・・・」


「しーおーん?」


覗きこむみたいにして、彼があたしの耳元で名前を呼ぶ。


余計に思考が回らなくなる。


だからー・・・!!


「ひ・・弾いて!!」


「言いたいことあるんじゃないの?」


「・・・ない!!」


ないことないってば!!


もうやだ!


しゃがみ込むみたいに、ピアノの足もとで丸くなったあたし。


これじゃあダメじゃん・・・


菫哉はちょと迷ってから、ピアノの前に腰かけた。


「じゃあ・・・いまの詩音に弾くならこれかな?」


そんな風に呟いて、ゆっくりと鍵盤を叩きだす。


夕暮れの空に吸い込まれるような、透明な音の波。


懐かしい”星に願いを”のメロディ。


・・・大好きな曲。


あたしより、あたしの“迷走”を分かってる。


・・・好き。


それだけでいいのに。


他に、何にも要らないのに。


なんで、肝心な言葉だけ、出てこないの?


一番、言いたいのに。


今、今すぐ。


菫哉が、あたしの為に弾いてくれてる間に。


あたしは、足に力を入れてゆっくり立ち上がる。


ここで、逃げちゃ、だめだ。


きっと、今じゃなきゃ。


だめだ。

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