第8話 加減を知らない

防音室で菫哉が弾くピアノも好きだ。


あの場所は、菫哉があたしにピアノを初めて聞かせてくれた場所であってあたしと菫哉が出会った場所でもある。


でも・・・・窓を開け放した音楽室から聴こえてくる菫哉のピアノの曲があたしは一番好きだ。


音の広がりも、響きも、ぜーんぶ空に融けそうで。


あたしは深呼吸するみたいに、菫哉の音楽を吸収できるから。


堪らなく好き。


「・・・好き・・・か・・」


言葉にしたら、急に恥ずかしくなってあたしは慌てて口を閉ざして周りをキョロキョロ。


と、乃亜とばっちり目があった。


・・・・あちゃー・・・しまった・・・


「だーれが好きなのかしら?」


「・・・乃亜ちゃん」


「あたしも好きよ」


「彼以上に?」


「恋と友情は全く別もんです」


「・・・だーよねー・・・」


あたしはずっと、菫哉のピアノが好きなのだと思っていた。


彼の音楽を・・愛しているのだと思っていた。


でも。


最近はちょっと違うのだ。


「恋なのねー」


「・・・のんちゃん実はエスパーなの!?」


「んっふっふー。みーんなしーちゃんの顔に書いてあるのよ」


「うそ!?」


「本当です」


「どどどーしよ・・・」


「菫哉くんには言ったの?」


「・・・相手の名前まで描いてあるの!?」


本気で鏡取り出そうかとカバンを漁るあたしの肩を叩いて乃亜は訳知り顔で言った。


「だって、しーちゃんにとっての異性って菫哉くんだけだもんね」


「・・・そ・・・そんなこと・・・」


あるかもしれないです・・・


「よーやく自覚したってわけね。ピアノじゃなくって、本人が好きってこと」


「・・・・どーしよう」


こんな気持ち知らないんです・・・




ピアノは好き。


菫哉も好き。


でも・・・二つが一緒になったら・・・


あたしはもう手も足も出なくなるのだ。


だってもう・・・きっと目を合わすことも出来ない。


・・・なのに・・・


「・・・なんっで来ちゃってるかなぁ・・・・」


ピアノの心地よい音色に耳を傾けつつ、あたしはピアノの足に凭れかかって膝を抱える。


・・・だって音がぁ・・・!!


乃亜大先生に恋愛指南受けてたら、聴こえてきたんだもん。


・・・あたしの好きな曲・・・


弾く人なんて決まってる。


っていうか、あたしは菫哉の音とそうじゃない音は分かる。


だから・・・弾き寄せられるみたいに・・・


こうやってやって来てしまう。


放課後の音楽室に・・・


「携帯鳴らすより早いよね、こっちのが断然」


「・・・携帯で呼んでよ」


不貞腐れてピアノの足元から彼を見上げる。


「携帯鳴らしたって、無視する癖に」


「しないよ!!」


「昨夜は、詩音の好きな曲弾いたのになー」


「なに!?何弾いたの?」


思わず身を乗り出してしまう。


なんだろう・・・小犬のワルツ?アイジンググレイス?


それとも・・・それとも・・・


「華麗なる大円舞曲」


その昔これを聞いたあたしが言った言葉”シンデレラのダンスパーティーの曲みたい!!”我ながらナイスなネーミングだと思う・・・


よく菫哉のおじ様と一緒にダンス(もどき)をしてたっけ。


大好きな曲・・・


「いいなーあ」


「だから、来ればよかったのに」


「・・・だ・・・だって・・・」


「来れない理由でもあったの?」


「・・・べ・・・別に」


「まあいいけど・・・」


呟いた菫哉が立ち上がって、あたしの目の前にやってくる。


「・・・なんで顔赤いの?」


「は・・・走ってきたから・・」


「そんなにピアノ好き?」


「・・・ピアノはねっ」


「そんなにハッキリ言わなくても・・」


「だって・・・」


口ごもったら、菫哉があたしの腕を掴んで引っ張り上げた。


あっという間に立ち上がるはめになる。


ピアノ弾いてる繊細な手の持ち主とは思えない位強い力。


「詩音」


目の前の彼を見ない様に、視線を逸らしたら頬に零れた


髪を器用に掬われてしまった。


鍵盤を叩く指だと思うと、余計に動けなくなる。


こんな時に名前呼ばないでよー!


「・・・な・・なに」


「・・・逃げてもいいけど、無駄だと思うよ?」


「なにが・・」


っていうかもう何も聞きたくない。


「詩音が、何も言わないうちは幼馴染もいいかなと思ってたけど。


ピアノだけじゃないよね?好きなの」


覗きこむみたいに言われて、あたしはもう思考回路が回らない。


「・・・な・・・なんで・・」


必死になって距離を取ろうとするのに、ちっとも広がらない


のはなんでなんだ!?


って動けてないから・・・体が。


明らかに困ってるのに!!


菫哉ときたら、平気な顔であたしの頬を撫でる。


「言わなくても顔に書いてあるよ?」


「・・・うそー!!!」


やっぱり鏡見れば良かった!!


思わず頬を押さえる。


いや、オデコか!?あごか!?


もうホントにどうしよう!!!


「・・・・しーちゃん」


まるでまどかちゃんが呼ぶみたいに、楽しそうに彼が言う。


「は・・・ハイ」


「昔から、単純だよねぇ」


「・・・・へ?」


ポカンとしたら、彼があたしの前髪の上からキスをした。


「そろそろ好きって言ってよ。もう加減してられないよ?」


・・・逃げられないってこーゆーこと!?

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