第7話 まどかの恋
西門まどか 15歳。
職業 聖琳女子高校の学生。
趣味 ケーキ屋めぐり。
特技 バイオリン。
目下の野望 幼馴染のしーちゃんを兄嫁にして、自分のマネージャーをしてもらうこと。
こんなあたしですが、恋をしないわけじゃないんです。
☆★☆★
駅の路地裏にある、小さい木造の2階建て。
1階は貸倉庫になっていて歩道沿いにあるレンガ造りの階段を上るとそこがお店になっていた。
「ご無沙汰ーマスター」
カズ兄に連れられて、あたしは人生初のジャズバー【グレイス】に足を踏み入れる。
暖色の間接照明のみの店内は薄暗い。
部屋に静かに流れるのが、女性の歌声。
大人って感じ・・・
「あれ・・・久しぶりだねー・・・おやー・・・可愛い女の子連れてるじゃないの。絢ちゃんヤキモチ妬くぞー?」
カウンター越しに優しそうなおじ様のマスターがそう言って、あたしに向かって軽く会釈してくれた。
バイオリンケースを両手で持って、校則通りの”上品な”お辞儀をする。
「可愛いでしょ?でも、ご心配なく。絢花公認だから」
「なんだそれ?」
怪訝な顔をするマスターに向かってあたしは名乗る。
「従兄妹なんです。はじめまして、西門まどかと申します」
「へー・・・従兄妹かぁ・・・いらっしゃい。ゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるあたしの横で、カズ兄が店の中をぐるっと見回す。
「今日は、他のメンバーは?」
「さっきまで勝が来てたけど、茉梨ちゃんのバイト上がりに迎えに行くからって、10分前に出て行ったよ。柊介は今日は奥に居る。珍しく京ちゃんがひとりで来てね」
「へー・・・そうなんだ。あ、マスター、こいつバイオリンやるの。ちょっと、井上と合わせてみたくってさ。・・・いいかな?」
「ああ、もちろん。店が華やかになって、ありがたいよ。後は、多恵ちゃんの今日のテンション次第だな」
そう言って視線を向けられたピアノの横のステージ上にゆったりと音楽に身をゆだねる”井上多恵”の姿があった。
彼女を始めて見たのは一年前。
お兄ちゃんの通う友英学園の文化祭に遊びに行った時、貸し切り状態の音楽室でのびやかに歌う彼女の歌声を聴いた瞬間、鳥肌が立った。
ピアノの伴奏に合わせて、自由に歌うその姿が目に焼き付いて離れなかった。
ただただ、圧倒されてしまった。
その人と、また、こうやって会えるなんて。
拍手に小さく微笑んで見せて、ステージを降りた彼女を眼で追っていたら、こちらに向って手を振る男の人が見えた。
「一臣さん」
「大久保ー、お疲れさん。コレ、こないだ言ってた従妹のまどか」
「可愛い従妹ッスね。はじめまして、大久保です」
「・・・は・・・はじめまして・・」
彼の隣にやってきた井上さんの方にばっかり目が行って落ち着かない。
あたしの視線に気づいた彼女が、ペットボトルをテーブルに戻してから視線を合わせてくれた。
「えーっと・・・・初めまして、井上多恵です」
「に・・西門まどかです!」
「音楽好き?」
唐突に尋ねられて、あたしは勢いよく頷いた。
言葉より先に、体が動いた。
反射的に。
だってこの質問に、コンマ1秒迷うのだって間違ってる。
「好きです!」
「うん。あたしも」
歌うよりは少し高めの掠れ気味の声で言って、彼女があたしに向って右手を差し出してくれた。
あ・・・握手!!
バイオリンケース左手に持ち替えて、慌ててその手を握る。
うわー!!うわー!!!どうしよう!!
「んで、この子と合わせていいんだよね?」
ぶっきらぼうに(しかも手を握ったままで)井上さんがカズ兄に向かって問いかけた。
「お好きにどうぞ?」
カズ兄の答えに頷くなり、井上さんがあたしを振り向く。
「ナニが好き?弾けるの教えて?あー・・そっか、ピアノとも合わせなきゃだからー・・・」
ぐいぐい腕を引っ張ってステージまで連れて行かれてしまう。
この人、たぶん、今音楽のこと以外頭にない。
ワケも分からず、それでも
「なんでも弾きます!」
なんて言ってる現金な自分がいた
★★★★★★
「びっくりしたなー上手だね、バイオリン」
3曲即興でセッションして、ヘトヘトになってテーブルに戻る。
カズ兄が、あたしに飲ませるドリンクを取りに行ってくれた。
指をほぐしながら、あたしは首を振る。
「まだまだです。井上・・・多恵さんのが凄いです」
踊るみたいに、周りの空気巻きこんで、歌の世界に引っ張りこむ。
あのステージに一緒に居たんだって思ったらびっくりする。
ステージ上では、ピアノ伴奏でバラードは始まっていた。
さっきとは打って変わってしっとりした曲。
彼女の表情まで変わって見えるから不思議。
「多恵が、初対面のコとこんなに打ち解けて、楽しそうに歌うの初めて見たよ・・・凄いなぁ・・」
「・・・・・」
「まどかちゃんが来てくれてよかった」
”多恵のために”視線がそう語っていた。
なぜだろう。
あたしはその時に限って、ステージ上の多恵さんじゃなく隣にいる、大久保さんの横顔を見てしまったのだ。
後悔したってもう遅い。
マイクを握る彼女の姿を、目を細めて幸せそうに眺めるその様子は、どこか、しーちゃんを見つめる時のお兄ちゃんに似ていた。
”ちゃんと、守るべきものがある人”
あたしが、バイオリンと音楽をこよなく愛するように。
愛情を注いでやまない人がそばにいる。
もし、多恵さんになにかあったら、この人は、自分の全部をかけて、絶対に多恵さんを守る。
出会って2時間程度のあたしにすら伝わってくる絶対的な愛情の大きさと、真っ直ぐさ。
・・・こんな人に・・・愛されたい。
胸に浮かんだ思いは、メロディーと一緒に膨らんでサビに入った頃には、もうあたしの心に広がっていた。
好き。
この人のこと、好きだ。
絶対割り込めない、強い絆があったって。
そんなの関係ないって思えた。
間違いなく。
あたしの気持ちは、大久保さんに向かってまっすぐに走り出していた。
例え、受け止めて貰えなくても。
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