第14話 上昇気流に乗って

「行くよ!」

 レオは風がいてくる方に向かって、飛行機をはなった。


 しゅっ。

 ふわっ。

 飛行機はあっという間にどんどん高く上がっていく。この前のテスト飛行よりもずっと高く、見えなくなりそうなくらいまで。


「ほんとにこんなに飛ぶんだ」

 これが上昇気流なんだ。


 レオは学とアンジュと一緒に、ぽかーんと空を見上げる。ゆっくり流れていく雲たちの世界に、飛行機が仲間なかま入りしていく。

「思った以上だな」

 学のうれしそうな声にレオはうなずく。


 ところが突然とつぜん、学がさけんだ。

「まずいレオ! 追いかけるぞ」

「え?」

もどってくる気配がない。雲といっしょに流されてる。追いかけないと回収かいしゅうできなくなるぞ」

「えええっ!」

 学があわてて自転車に乗る。レオもアンジュを連れて追いかける。


りろー! 降りてこーい!」

 雲と同じ方角ほうがくに流されていく飛行機にさけつづける。

 手を伸ばしたって捕まらない。高く高く上がってしまった飛行機は、降りてきてくれることを願うしかない。

 広場をけて、池のはしを通って、森の横を通って――飛行機は公園から外に出てしまった。

「まいったな」

 学が速度を落とす。小さな点のように見えていた飛行機の影が、どんどん遠ざかっていく。

「でも追いかけるしかないよ!」

 レオが学を追いいて先を走りだす。

「レオ! ここからは上ばかり見てないで、よく気をつけろよ!」


 公園を出ると、ならんだ家にはさまれた見通しの悪い道や、車の多い道を通るしかない。曲がりくねったり、信号があったり。思ったように追いかけることができず、どんどん引きはなされていく。

 ついに飛行機の姿すがたが見えなくなって、二人は自転車にまたがったまま止まった。

「あああああああ……」

 どうしよう……。

 レオは放心状態ほうしんじょうたいで空を見上げた。


「すまない。ぼくが悪かった。100回も巻こうなんて言って……」

 学がくやしそうに言う。

「こんなことなら、アンジュを乗せてればよかった……」

「もしかするとどこかに落ちてくるかもしれないから、ぼくは下を探す!」

「じゃあぼくも!」

 再び動き出そうとする2人にアンジュがかみつくように言う。

「ちょっと待って。どこに落ちてくるかなんて、分からないじゃない!?」


 それはそうだけれど、アンジュの飛行機をくしてしまったらもう家に帰してあげられない。

 レオと学は、道に落ちていないかと下を見たり、木に引っかかっていないかと上を見たりして町をうろうろした。でももし誰かの庭に入ってしまっていたら? 屋根に乗ってしまっていたら? そもそも雲にたどりついていたとしたら、もう戻って来ないんじゃないだろうか。

「ごめんね。大事な飛行機だって言ってたのに。こんなことになって……」

 レオは自転車をこぎながら、カバンの中のアンジュにあやまった。


 ポツリ。

 ポツリ。

 気がつくと、あたりがうす暗くなっていた。大きな雲がもくもくと広がって、いつの間にかレオたちの上をおおっていた。

 ザアァァァァァァ。

 夕立だ。


最悪さいあくだ。こんな時に」

 レオはカバンのふたをアンジュにふわっとかぶせると、近くの店の軒先のきさきを指さした。

「しょうがない、あそこで雨宿あまやどりしよう!」

 ところが学は、雨を歓迎かんげいしてさけんだ。

「これで確実かくじつにどこかに落ちてくるはずだ! 探してくる!」

「ちょっと! ぬれちゃうからやめて!」

「今がチャンスなんだ! 空にのぼった物は、雨といっしょに落ちてくるんだ!」

 それを聞いてレオもこうしてはいられないと、ふたたび出動準備じゅんびに入った。

「アンジュはカバンにしっかり入ってて!」


 ところが、アンジュはカバンの中で大暴おおあばれし始めた。

「やめてやめて! 雨の中うろうろするなんて! なくなっちゃったもんは、しょうがないじゃない。わたしがこのまま消えてしまえばいいだけのことよ!」

「なんでだよ! 僕たちはそんなのヤだよ!」

「うるさーい! わたしだって2人がびしょぬれになるなんて、イヤなんだから! つづきをやるなら、雨宿りしてからにして!!」


 アンジュがすごい剣幕けんまく怒鳴どなたりあばれたりするものだから、2人は仕方なく店の軒下に入った。


「どいつもこいつも、ったくムダに親切なんだから」

 アンジュが不愉快ふゆかいそうにつぶやく。

 むだな親切か……。

「――なんとかしてあげるなんて言っておいて、くすだなんて……ほんとムダなおせっかいしちゃったよね……」

 レオはしゅんと頭をれた。

「別に……わたしあなたたちのことを怒ってるわけじゃないから。悪いのは――」

 アンジュはそこで言葉につまって、しばらくしてポツリと言った。


「――悪いのは、わたし。こんなことになったのは、わたしがちゃんと上の方の風まで読まなかったせいだし、それにアリエルの説明もろくに理解りかいしないで乗ってたのが、そもそもの始まりだもん」


 それからアンジュは、雨が止むまでの間に雲の上の真実をちょっとずつ話してくれた。

「前にレオ、天使って飛べるんじゃないのって言ったことあったじゃない? 実はその通り。天使ってね、本当は飛べるのよ」

「……そうなんだ」

 みょうにしんみりと話をするアンジュに、レオも学もどんな調子で話を聞いたらいいのか分からなくて、ただそううなずいた。

「うん。ふつうはね。飛べないのはわたしくらい」

「……」

「でもそんなこと、カッコ悪くて言えなかった」

 そうなんだ。

 アンジュはいつも堂々どうどうとしていたのに。カッコ悪いところを見せないように、がんばってた部分もあったのかもしれない。


「雲をわたることもできないから、学校にもいまだにお母さんに連れていってもらってて。見兼みかねたアリエルがわたしのために、飛行機を作ってくれたのよ。この前の10才の誕生日たんじょうびに。アリエルっていうのはね、同じ雲に住んでる友だちで、ちっちゃいときからすごくなかがいいの」

 アンジュが飛行機を大事な物だとずっと言っていたのは、友だちのおもいがそんな風にまっていたからだった。


「本当にごめん」

「ううん。レオも学もアリエルと同じくらい、飛べないわたしのために手をしてくれたじゃない。だから十分だよ。ありがとう。もう気にしないで」


 雨が上がると、あたりからいっせいにカナカナカナ……というヒグラシの声がし始めた。レオと学はふたたび、自転車で町をまわった。風向きを元に、アンジュが飛行機の落ちていそうな場所の見当をつけてくれた。でも見つからないまま、夜の7時になってしまった。


「2人とも。もう帰らないと、お母さんにしかられるよ」

「しかられたって構うもんか。とにかく見つけなきゃ」

「そういうことじゃなくて。ちゃんと帰らないと、お母さん、心配するでしょ」


 それを言うならアンジュだって。

 雲の上では、もう何日もお母さんが心配しているだろう。お母さんだけじゃなくて、お父さんとか、友だちだとか、いるとしたら兄弟だって。

 もしアンジュがこのまま帰ってこなかったら、きっととっても悲しむだろう。

 ぼくも、アンジュがこのまま消えることになってしまったら、悲しくてしょうがない。

 だからなんとかして飛行機を見つけてやらないと。

 でも、これから陽もれるのに、見つかるだろうか――


 そんな風に弱気になりかけた時、レオの頭にあることがハッとひらめいた。夕立がったあとのように、頭の中が急に明るくなった。

「そうだ。ぼく、あの飛行機の設計図せっけいずを書いたんだった!」

 7つ道具の入ったカバンから、レオは折りたたまれた紙を取り出した。しめった紙を開くとそこには、色んな方向から見た飛行機の図と、長さやあつみのメモが書いてあった。


「ねえアンジュ! アンジュのと同じ飛行機を作るから、それでゆるしてくれないかな?」

「え……? でも、あれと同じものを作るなんて、無理むりよ……」

「同じのは無理でも、同じのを作るから!」

 言っていることがメチャクチャである。


「ぼくも手伝ってもいいか?」

「なんで学まで? あれと同じものを作るのは無理よ?」

「もちろん! 手伝ってよ!」

「だ~か~ら~! あの飛行機はね……って、2人とも聞いてる?」

「聞いてる聞いてる! 無理なんでしょ! でもがんばるよ!」


 2人は一番星がかがやき始めた空の下、元気に自転車をこぎ出した。

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