第15話 最後の制作・豆知識4

 アンジュのものと同じ飛行機を作ろうと決意したレオたちが向かったのは、じいちゃんの家だった。家では夜通し工作するなんてゆるしてもらえるはずがない。だからじいちゃんの家で、徹夜てつやで作らせてもらうつもりなのだ。


 自転車で走っているうちに、ぬれた服もずいぶんかわいてきた。

 徹夜――やったことはないけれど、この前の12月に除夜じょやかねを聞くため夜更よふかししたことはある。こんな時にアンジュには悪いけれど、想像そうぞうするとレオはなんだかワクワクしてきた。


「たのもー!」

 じいちゃんちのドアをたたく。

「なんだ、レオか。どうした、こんな時間に」

「あのさー、今日とめてくれない? 学と2人で急いで作りたいものがあるんだ」

 レオは顔の前で手を合わせる。つられて学も頭を下げる。

「それはかまわねぇが、なにをそんなに急いでるんだ? 明日じゃだめなのか?」

 そう言ったじいちゃんは、レオのカバンから心配そうに顔を出しているアンジュに気がつくと納得なっとくしたようにうなずいた。

「こりゃあ一大事いちだいじだな」


 じいちゃんは作業場の電気をつけるとみんなを中に入れて、おくの部屋から電話を持ってきた。

「お前たち、母ちゃんには連絡したか?」

「まだしてない。これからしようかな~って」

 えへへと笑うレオ。

「しょうがねぇなあ。じいちゃんからしてやるか。学の家は何番だ?」

 じいちゃんは2人の家へと電話をかけて、2人がとまると伝えてくれた。


「さてさて、そんで何を作ろうってんだ? きのう見せてくれたあいつはどうなった?」

 じいちゃんは今日のできごとを聞くと、板や竹ひごやセロファンといった材料ざいりょうを色々出してくれた。

「こんなもんでなんとかなるといいんだがな」

 じいちゃんが出してくれたのは、レオの父さんが子どものころ模型飛行機もけいひこうきを作るのに使っていた材料ざいりょうだった。

「この板はバルサってんだ。木材の中でも特に軽い木で、模型飛行機には昔っから使われてる」

 バルサは軽いだけでなく、カッターで切ったりけずったりが簡単かんたんにできるのも特徴だ。竹ひごは竹を細くしたもので、曲げると翼のほねなんかに使える。セロファンは骨に透明とうめいな紙のようなフィルムだ。

「ありがとう。やっぱりじいちゃんちはすごいよ。なんでもあって」


 レオは、つくえの上に7つ道具と設計図せっけいずを広げ、ゴーグルを装着そうちゃくした。作業開始だ!

 学が言った。

「ぼくが線を引こう。切るのはレオの方が得意とくいだろ」

「おう! じゃあたのんだぞ!」

 レオは、学に定規じょうぎとえんぴつをわたす。

「なら、じいちゃんは竹ひごを曲げてやろう。あれをうまくやるには熟練じゅくれんわざが必要だからな」

 じいちゃんはふっふっふと笑うと、楽しそうに竹ひごを手に取った。


 アンジュはというと、つくえのすみでこまった顔でみんなの作業をながめていた。学が板に部品の形を次々書いていくと、レオはそれを小刀で切りぬいていく。じいちゃんは竹ひごをけずって形を整えて、ろくそくであぶって温め翼の形に曲げていく。

 アンジュの飛行機はレオが作った試作機よりずっと複雑ふくざつだから、部品も多いし細かくて、ずっと大変だ。


 作業に没頭ぼっとうするレオと学の顔が、だんだんつくえに近づいていく。1時間も2時間もそんな姿勢しせいでいたらしんどいんじゃないかと心配になるくらい、体を丸めて前のめりになっている。


「あっ。やっちゃったー」

 つかれが出たのか、レオが切りぬきに失敗し始めた。これで3回目だ。

「その部品は細かいからなぁ。手伝ってやりたいが、じいちゃんの目には、よう見えん」


「……ねえ、ちょっと休んだら?」

 見かねてアンジュが言う。

「大丈夫。ボンドがかわくのを待つ時間に休めるから、部品作って、ひっつけるところまでやっちゃいたいんだ。な、学」


 工場の柱時計が10時のかねを鳴らした。

「あれ? 学、これさっきの右のヤツと長さがちがうぞ」

 レオだけでなく学までも、集中力が切れてきた。

「ごめん。計り直すよ」

 2人はあくびをかみ殺し、目をパチパチさせた。このくらいのこと、どうってことない。アンジュが消えてしまうのに比べれば。

「なによ。無理しちゃって……」

 アンジュはポツリとつぶやく。自分が迷惑めいわくをかけていると思うとアンジュは2人を見ていられなくなって、そっとつくえから下りた。


 そこにみーこがやって来た。

「みーこ」

 アンジュがぶと、みーこがほほをせてきた。

「みーこはいい子だねー」

「みゃーん」


 その声に、じいちゃんが作業の手を止めた。

「しまった。よしよし、ごはんまだだったな」

 すると、レオと学の方からぐ~とおなかの鳴る音が……。

「まさか、お前たちもご飯まだか?」

「いや~。ちょっと急いでたから」

「こりゃ大変だ。なんかあったかな」

 じいちゃんはおくの部屋に上がろうと、くつをぬいだ。その時アンジュがえかねたようにさけんだ。


「おじいちゃん! レオ、学! 色々ありがとう。もう無理しないで」

 アンジュは、両手を大きく広げて立った。

「飛行機なら、わたしが何とかする!」

「何とかって?」

 アンジュの広げた両腕りょううでの間で、大きく光のかがやいた。


「言ったでしょ、あの飛行機。わたしの友だちが作ってくれたって。どうやって作ったと思う?」

 バチバチとした光に向き合うアンジュ。その光景こうけいにみんなは目を丸くする。


「わたしたち天使はね、だれかのためになら、ねがった物を出せるのよ。相手のことを大切に思う気持ちをエネルギーにして。だからわたしは、自分のために飛行機を出すことはできないの。だけどみんなのためなら――出せるはず!!」

 そう言って、アンジュは呪文じゅもんのようなものをとなえだした。


「☠୬○●○⨄୫◉○◉‼⤇⤇⤇⤇◉○✼○✼○✼○✼……」


 アンジュの手に力がこもる。光の輪がぐぐぐと大きくなる。


 パアァァッッッ!


 一瞬いっしゅんあまりにまぶしくて、レオたちは目を開けていられなかった。次の瞬間しゅんかん、目を開けるとそこには――おにぎりとカラアゲの山が皿に乗って、ちゅういていた!


「うわあ。すごいよ! すごいよアンジュ! おいしそ~!」

 レオは両手を広げ皿にった。広げた手の上に、皿がふわっとりてくる。

「これが、空気の錬金術れんきんじゅつというやつか……!? こんなものが見れるなんて……」

 学はくり広げられた光景こうけいに目をかがやかせた。


 感動している2人とは裏腹うらはらに、アンジュはがくりとひざゆかについた。

「やっぱりわたしは、だめな子なんだ……。こんな時にも思った物が出せないなんて……」

 アンジュはがっかりしたように言った。

 じいちゃんはアンジュをなぐさめるように、そっと手のひらに乗せると、レオたちといっしょに食卓しょくたくへ連れていった。



 食事を終え、2人が作業にもどると、じいちゃんは部屋のすみの引き出しから小さなぼうを出し、アンジュに見せた。

「これは、じょうちゃんがみーこのために出してくれたもんだったんだな」

 それは、カラスとたたかった時に使った棒だった。

「長いこと物作りをやっとるが、こんな素材そざい見たことないからな。めずらしい思って取っといたんだ。木ともちがうし、プラスチックともな~んか違うもんな」

 アンジュは首を横にふった。

「覚えてないです。でも、それはわたしが出したものじゃないと思います。だってわたし、これまで何も出せたことないし……」

 どうして出せないのか。それを考えると自分のだめなところを思い知らされるようで、アンジュはいつもいやな気持になる。

「わたしはわがままで、人を思いやる気持ちの足りない子だから……」


(今だって、目の前で無理してる2人を見てたのに、飛行機を出してあげられなかった。2人のことを大切に思ってるつもりでも、ぜんぜん気持ちが足りていないってことなんだ)

「そうなのかい? でも嬢ちゃんはさっき、あの子らが一番よろこぶ物を出してくれたと思うがなぁ」

(おじいちゃん、優しい。でも、わたしが出したかったのは……あんな物じゃない……!)


 アンジュは作業場に目をやった。レオたちはまた飛行機作りに戻り、せっせと働いている。

(きっと、疲れてるよね。家でゆっくりご飯を食べて、させてあげたかった)


 時計が11時のかねを打った。みーこと子ねこたちが、部屋のあちこちをドタドタと走り始めた。昼間はずっとゴロゴロしていたのに、ずいぶん楽しそうだなあとアンジュは思う。


「じいちゃーん。組み立てに入るぞー!」

 作業場からじいちゃんをぶレオの声がした。

「さあて。またちょっとぜてもらってくるかな」

 そう言ってせきを立つじいちゃんは、まるで遊びのにまぜてもらいに行くような、楽しそうな顔をしていた。

「アンジュもー! 細かいところひっつけるの、手伝てつだってよー!」

 アンジュを手招てまねきするレオもまた、まるで真昼の公園で友だちを呼ぶかのような笑顔をしていた。


 じいちゃんの手がアンジュの足元に差し出された。

「あんな子たちの前に、完成した飛行機なんて出して、よろこばれると思ってたわけじゃないだろう?」

 じいちゃんはレオたちに向かってあごをしゃくった。

 レオと学は切りぬいた部品をどうり合わせるかでり上がっていた。出来上がりを想像そうぞうしてワクワクしているのが、遠くからでもわかる。

 考えてみれば、2人は何かを作るのが大好きなのだ。さっきはちょっとつかれていただけで。


(確かに、あんな工作バカたちの前に完成品なんて出したら、喜ばれるどころかがっかりされちゃったかも?)

 そう思うと、笑いがこみ上げてきた。

(じゃあ、あれでよかったんだ)

 おにぎりとカラアゲで。


(そういえば最初にレオがわたしにふるまってくれたのも、おにぎりとカラアゲだったっけ……)

 あの日はショックだったな。家に帰れなくなってしまって。

 でも、地上での毎日は、意外と楽しかった。


 アンジュは、地上に降りてきた日のことをなつかしく思いながら、じいちゃんの差し出してくれた手に乗った。


★ここで豆知識!★ 【その4】

 今回、アンジュが何もないところからおにぎりとカラアゲを出したのを見て、学が「空気の錬金術」と言ってたよね。

 昔、「空気からパンを作った」と言われた人がいるんだ。その人が生み出した技術が「空気の錬金術」と呼ばれているものなんだ。

 実際じっさいにはパンを出したんじゃなくて、化学かがく知識ちしきを使って空気の中の成分せいぶんから肥料ひりょうになるものを取り出したんだけど、それによりパンの材料ざいりょうに使われる「小麦」がよく育つようになったんだよ。だから空気からパンを作ったと言われてるんだ。おかげで世界からえる人がとてもったんだよ。

 ありふれたものをすごく価値のあるものに変えたということで、「空気の錬金術」と呼ばれているんだって。

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