第13話 生まれ変わった飛行機

 アンジュが消えてしまうかもしれないと知り、レオたち二人は超特急ちょうとっきゅうでアンジュの飛行機にゴム動力をつける作業を始めた。


「上昇気流って、どっかで聞いた気がするんだよね……」

 二人のそばでアンジュは考えこんでいた。

「そうだ、アリエルよ! 飛行機をプレゼントされた時、言われたのよ。移動してる間に高さが落ちても、新しい上昇気流をつかまえればまた上がってこれるからって」

「「そんな大事なこと、わすれてたわけ?」」

 パイロットとして乗っていたのにと、レオと学はあきれてしまう。


「え? えーと、まあいいじゃない」

 都合つごうの悪いことはすっとぼけて、アンジュは二人を非難ひなんするように指さす。

「それよりあんたたち、滑空機かっくうきだから落ちるしかのうがないみたいなひどいこと言ってたけど、とーんでもなーい! あの飛行機はただ落ちていくだけの乗り物なんかじゃなかったんだからね! 認識にんしきをあらためてちょうだいよ!」

 アンジュはピンチに置かれているというのに、悲観ひかんする様子も見せず、ご機嫌きげんでふんぞり返った。


 7月も終わりに近づいたころ、アンジュの飛行機が生まれ変わった。


 折れたつばさは一度解体され、しっかりつながった形に修理しゅうりされた。頭には小さなプロペラと、胴体どうたいにはゴムが取りつけられた。

「じゃあ、さっそく明日、試験飛行しけんひこうに行こう」

「それがいい。3日後からは2~3日嵐あらしになるらしい。急ごう」


 夕方、学と入れわりに、じいちゃんが大きなスイカを丸ごと持ってレオの家にやって来た。

 丸ごとのスイカというのは、とてもワクワクするものだ。

 じいちゃんはスイカが大きなので、むかしからの仕事仲間なかまがくれたんだそうだ。でも最近はばあちゃんもいないので一人では食べきれないらしく、レオと母さんとの3人で食べた。それでもまだ半分残っている。スイカなんて一度に全部は食べきれないよね。

 レオは部屋にいるアンジュにもスイカを運んだ。そのあと、じいちゃんに完成した飛行機を見せた。


 じいちゃんは虫メガネでものぞきこむように、顔の前に飛行機をかま片目かためをつむった。

「これは飛ばすのが楽しみだなあ」

 じいちゃんは実際じっさいに飛ばしてみなくても、機体を見たらよく飛べそうかどうかの見当はつくのだそうだ。

 ほんとだろうか。


胴体どうたいつばさも変に曲がったり、ゆがんだりしてなくて、素直すなおによく飛びそうだ。バランスもいい」

「明日、テスト飛行をしてうまくいったら、あさって――えーっと……」

 アンジュを空に送り出すことを言いそうになって、じいちゃんにはアンジュのことを何も説明していないのを思い出した。


 じいちゃんはレオをさそって外に出た。ゴムを巻いていないそのままの飛行機を、少し下向きにそっと押し出す。手をはなれた飛行機はスッと地面に近づくと、地面からほんのわずかいたまま、スッーと先の方へと気持ちよく進んでいった。

「ほらな。こういう風に進むやつはたいていよく飛ぶんだ」

 じいちゃんにそう言われると、レオは本当にうまく行きそうな気がしてきた。



 学の調しらべたところでは、上昇気流をつかまえるには、風の弱い早朝や夕方がよいのだそうだ。

 次の日の朝。レオたちは緑が池公園に行った。しかし思ったよりも強い風がいていた。

「おかしい。今日はおだやかな風だという予報よほうだったんだが」

「どうしよう」

 テストをすませてしまいたかったのに。


 アンジュが学の調べているスマホの天気予報をのぞきこんで笑った。

「なに? この予報。この公園の中でも、あっちとこっちでは風の強さも向きもちがうのに、ずいぶんおおざっぱね」

「そうだな、言われてみれば」

 3人のまわりの風がおさまったかと思うと、公園の向こうのはしの木々がざわざわとれた。ざわざわはどんどん近づいてきて、最後に大きな風がいた。でももちろんスマホには、そんな細かいことは表示されていない。


 学は物知りだけど知識ちしきの出どころは本やネットで、こうやって目の前で起きていることを読みとくのには少し時間がかかるようだった。その点、アンジュの方がこういったことは得意とくいらしい。

「お昼になったら、弱まるよ」

 アンジュがそう言うので、みんなはもう一度夕方に出直すことにした。


 アンジュはますます透明度とうめいどして、まるでステンドグラスでできた人形のようになっていた。でもまだ、ちゃんと人の形をたもっている。なんとか夕方のテストを成功させて、無事に帰してあげたい。



 日暮ひぐれ前、空がまだ青いころ、ふたたび3人は集まった。アンジュの言う通り風はおさまっていて、ぽっかりとした“わた雲”がいくつか空をゆっくり流れていた。


 はこんできた飛行機を紙袋かみぶくろから出すと、レオは前の日じいちゃんがやっていたようにバランスを目で見てまずよく確かめた。それから操縦席そうじゅうせきにおもりを乗せ、ゴムを巻かずに低い位置から滑空させた。じいちゃんがやってみせてくれたのと同じように、飛行機はスーッと地面近くを進んでいった。

「きのう、じいちゃんに聞いたんだ。この調子なら、きっとうまく飛んでくれるよ」


 これまでとはゴムの巻き方も変えた。

プロペラに指をかけて回すのではなく、一度ゴムを胴体どうたいから外してびよーんと長く引っぱった状態じょうたいで巻く。自転車のギアの仕組みを真似まねして、手元の1回転でゴムが5回巻ける道具も作った。これで、これまで30~40回くらいしか巻けていなかったゴムが、300~400回まで巻けるようになった。


「今日のところはひかえめにして100回くらいで飛ばそう。あまり遠くまで行かれてくしても困るしな」

「そうだね」

 学に機体を押さえてもらい、レオはゴムを巻く。いそがしそうな二人をアンジュはカバンの中から見上げ、不満ふまんそうに口をとがらせた。

「わたし、出番がぜんぜんなかった」

 この時だけではない。レオや学と出会ってからずっと、アンジュは自分の飛行機に手出しできなかった。それなのに飛行機はこうして修理を終え、もうすぐ飛び立つかどうかという所までやってきた。

「ちょっとだまってて。何回巻いたか、わからなくなるから」

 レオにそう言ってじゃま者あつかいされ、アンジュはふくれっつらになる。

「ふんだ」

 感謝かんしゃしてるだとか、自分も手伝てつだいたいだとかいう言い方は、素直すなおじゃないからできないんだろう。


 ゴムを巻き終わるとレオが言った。

「出番がほしいんならさ、風の向きを読んでよ」

 このテストの一番の山は、上昇気流に乗せることができるかだ。

 それには、正面から弱い風が吹いている時に飛び立たせるのが最適さいてきなのだという。

「はあ? そんなことわざわざ聞かなくてもわかるでしょ?」

 アンジュは、まわりを見まわした。

「ほら!」

 そう言って指をさす。そちらに注意を向けると、たしかにその方向ほうこうからかすかな風がいてきているのを感じた。レオは飛行機をかまえた。さわさわと木のえだれた。

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