第12話 タイムリミット・豆知識3

 部屋にもどると、アンジュがこわい目でレオをにらんだ。

「何やってたのよ!」

 アンジュの命を心配して相談そうだんしていただなんて、言えるわけがない。こういう時は、学のダジャレに期待しよう。


「おやつを持ってくるといったじゃないか。水ようかんだ。ようんでし上がれ」

「わあ、ありがとう! って、水ようかんなんか、よくんでどうすんの!」

 学にツッコミを入れると、アンジュの表情がコロッと笑顔えがおになった。

 さすが学だ。レオは感心しながら、プラ板で作った透明とうめいな小皿に水ようかんを分けて、アンジュにあげた。


 もぐもぐ。

 部屋の真ん中に3人すわって、水ようかんを食べ始める。冷たくておいしい。もちろんそんなによく噛まなくても、つるっと食べれる。

「水ようかんの入れ物で、なんか作れないかな?」

「レオってほんとに、工作きね」

「うん。大好き。何か思いついた時のために、取っておこうっと」

「なんでもかんでも集めててだいじょうぶ? お母さんにおこられるんじゃない?」

 この前母さんにすっかり掃除されたレオの部屋も、ずいぶんまたらかってきている。

「あっはっは」

「はあ。困った人……」


 ごちそうさまをして、レオはみんなのお皿を集める。お皿を持ってばされたアンジュの腕を見て、レオは言葉をうしなった。

 色がうすくなって、向こうがけているのだ。


「ど……どうしちゃったの? アンジュ?」

 その声にアンジュに目を向けた学も、真っ青になった。

 あぜんとした顔で二人が自分を見つめるものだから、アンジュも視線しせんを下へと下ろす。見えたのは、透明とうめいになりかけた自分の体。

「あ、あれ? どうしちゃったのかな?」

 あわてて両手を目の前に持ってくる。向こうがけて見える自分の手に、信じられないというように目をパチパチさせる。

「体の調子が悪いんじゃない!? ちょっと休んだら!?」

「う……うん。そうしようかな……?」

 いやいや。調子が悪いからって、体がけるなんて普通ふつうじゃないぞ。


「アンジュ! もしかしてきみは、地上に長くはいられないんじゃないのか?」

「えーと……」

 学に言われて、アンジュはこまったようにだまってしまった。

「そうなんだな?」

「ええっ! 長くはいられないって、じゃあこれからどうなっちゃうの!?」

 もしかして、このままだんだんうすくなって……消えてしまう!?

パニくるレオ。


 アンジュは安心させるように、明るく言った。

勘違かんちがいしないでね。死んじゃうわけじゃないから。雨だって空からってきた後、蒸発じょうはつしてまた空に帰っていくでしょう。わたしたちも自分で帰れないなら、そうやって帰るってだけのことよ」

「それって、死ぬのと何がちがうんだよ!」

 レオの目に、なみだがちょっぴりかぶ。

まるで地上の生き物が、死んだら土にかえるのと、同じ言い方じゃないか。


「なんでそんな大事なこと、早く言ってくれなかったんだよ!」

「わたしだって、どのくらいでこうなるかなんて、知らなかったんだもん!」


「レオ。この動画なんだが」

 レオとアンジュが深刻しんこくなことで言い合っているというのに、学はなぜかいつもの調子だ。

「なんだよ! こんな時に!」

「いいから」

 学はレオに、だれかがゴム動力飛行機を飛ばしている姿すがたを見せた。

「ぼくたちの飛行機と飛び方がぜんぜんちがうと思わないか?」


 その飛行機はほとんど前に進まないうちに、一瞬いっしゅんで高くのぼっていった。

「わっ。なんだこれ」

「昨日テスト飛行のあと考えたんだ。どうすれば2000メートル上空までレオの飛行機を持っていけるだろうって。その時見つけたんだ。 “上昇気流じょうしょうきりゅう”をつかまえれば、こんな風に飛ばせるらしい」

 あっという間に空高く昇る姿すがたが、レオの心をひきつける。


「上昇気流というのは上にのぼっていく空気のことなんだ。それにうまく乗せれば、途中でゴムの力がなくなってもおそらく落ちることなく上へ上へと上がって行ける」

「……上へ上へって、いったいどこまで……?」

「上昇気流の発生の仕組みを考えると、おそらく雲のてっぺんまで」

 だから今すぐアンジュの飛行機をゴム動力飛行機に改造かいぞうしよう、そんな目で学はレオを見た。


「でも……」

 もしも途中で落ちたらと思うと、やっぱり怖い。


「さっきはレオが心配するのなら無理にゴム動力をすすめるのも悪いと思って引いたけど、ぼくはゴム動力がだめだなんてぜんぜん思ってない。色々調べて、いけるんじゃないかと思ってたんだ。もちろん、絶対うまくいくとはかぎらないけど」

 絶対じゃないならだめじゃんか、とうったえるような目でレオが学を見る。

「だけど悠長ゆうちょうにしている時間はあるだろうか?」

 アンジュが消えてしまうまでに、いったいどのくらいの時間が残されているんだろう。今から電池で動けるようにしていたら、間に合わないかもしれない。


「ぼくだって万一を思うと怖い。だけどレオ。覚悟かくごを決めないか?」



★ここで豆知識まめちしき!★ 【その3】

 上昇気流というのは、空の上の方に上がっていく空気の流れのことだよ。

 地面近くの空気が太陽で温められて上空に昇ったり、山などにぶつかって上に昇ったり、冷たい空気が流れ込んできたことで押し上げられたり、色んな理由で上昇気流は発生するんだ。

 空気は高い所にいくと温度が下がっていって、そこで雲を発生させたりするんだ。どうして雲が生まれるかのくわしい説明は、雲の正体を書かずにはできないんだけれど、雲の正体を書くと「夢がこわれちゃった!」とおこられたことがあるからここでは書かないよ。大きくなったら調べてね。


 でもとにかく上昇気流にうまく乗れば、雲がある高さまで行けるんだよ。

だけど雲に近づくということは、天気の心配もあるということ。雲があると、雨がふったりするからね。

 夏に大きな雲ができると、だんだん暗くなって、突然強い風が吹いてきたと思ったら大きな雨粒が降ってくるなんてことも多いよね。

 物語の中ではれていないけれど、安全に空を飛ぶためには、こういうことも気をつけなくてはならないんだよ。


 世の中にはグライダーといって、動力なしで上昇気流をとらえながら、上昇したり距離きょりばしたりして楽しむ飛行機のような乗り物もあるんだよ。人の乗るものだから、天気の仕組みについての勉強なんかもきちんとしたりして、危険きけんふせぎながら安全に気をつけて飛んでいるんだ!

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