第5話 破壊王

 その日、学校が終わるとさっそく学がレオの家にやってきた。

「アンジュはきのう、飛行機でやってきたんだよ。それが、こわれちゃってさ」

 母さんに聞こえないよう小さな声で説明する。


「こわれたって……まさかレオ、破壊王はかいおう再発はいはつしたのか……?」

 その学の言葉を、アンジュはおびえたようにくり返す。

「はかいおうっ!?」

 二人から注がれるつめたい視線しせん……。

「ちがうよっ。そのあだ名、いつの話だよっ。昔の話じゃんっ」

「昔って……。小4で語るほどの昔、ないでしょ?」

「ようち園のころだよ! それもドライバーでねじを外してまわってたってだけで、またはめれば元にもどるんだから、こわしてたわけじゃないやい!」

「よく先生、困ってたよなあ」

 なつかしそうにつぶやく学。


「やっぱりわたし、あんたにはまかせられないわ」

 引きつった顔で飛行機をかばうアンジュ。ふとレオは、そんなアンジュに疑問ぎもんをいだいた。

「ねえ。天使なら、飛行機がなくても自分で飛んで帰ればいいんじゃないの?」

 背中せなかはねが生えてるもんね、天使って。

 アンジュは思いっきり不愉快ふゆかいそうに顔をしかめた。

「そういうことじゃないのよ! それにさぁ、天使はみんな飛べなきゃならないわけ? イメージで勝手なこと言わないでよ。そういうのって“へんけん”っていうんじゃないの?」

「あれ? だって天使ってそういうもんじゃないの?」


 険悪けんあくになりそうな二人を、学が本題へと引きもどす。

「まあまあ。で? これがその問題の飛行機?」

「あっ、そうそう。どうやったら、これがうまくくっつくかなーって」

 天使が飛べるかどうかの話はあっという間にどこへやら。レオは目をかがやかせて飛行機の話を始めた。


「そうだな……。これはそう簡単かんたんにはくっつかないだろうな。もしついたとしても、空をばしたら力がかかってまたすぐにれる。折れないほど念入ねんいりにくっつけたら、左右の重みがわってうまく飛ばなくなるだろう」

「やっぱり。一度反対側も外して、主翼しゅよくほねを組み直すってのはどう思う?」

「まあ、その方がいいだろうな――」

「あんたたち二人とも破壊王だわ。本当にやめて」


 青ざめるアンジュ。安心させるように学が言う。

「大丈夫だよ。破壊王ってのは冗談じょうだんだ。レオは大したもんだよ。手先も器用きようだし、きれいに元通りにしてくれるはずさ。ただ……」

「ただ……?」

 ただに続いて何を言われるのかと、緊張きんちょうするアンジュ。

「問題は、これを修理しただけじゃ、君は家には帰れないんじゃないかってことだ。アンジュ。君は天使ってことは、家は地上にあるわけじゃないんだろ?」

「もちろん。わたしの家は雲の上だけど?」

「えっ? 雲の上っ?」

 レオが声をはずませた。

 だって雲の上に住んでるなんて、すごくない?


「でもこの飛行機は、滑空機かっくうきじゃないか」


 レオが「あっ」と声を上げた。アンジュはレオが何に驚いているのかわからず、きょとんとしている。

「ほんとだ。なんで気づかなかったんだろ……」

「どういうこと?」

「この飛行機には、自分で上に上がったり、前に進んでいく仕組みがないんだよ。最初さいしょいきおいがなくなったら、自然しぜんと落ちていくことしかできないんだ」

 そういう飛行機だということには最初から気がついていたけれど、これでは天使が住んでいるような高いところ――雲の上までなんて、飛んでいけないじゃないか。

「え? でもそんなわけない。だってこれで自由に飛んでいられるってアリエルが……。落ちていくだけだなんて言ってなかった……」

「アリエルってだれ? 友だち? 飛行機のこと、わかってないんじゃないの?」

「は? なに言ってんの、失礼しつれいな! あんたこそ飛行機のことわかってないんじゃないの? 墜落ついらくさせたの、あんたじゃない」

「まあまあ」

 学がアンジュをなだめる。


「墜落って?」

 学はレオにきのうの出来事ことをくわしく聞いた。話を聞いて、学はあらためて飛行機を観察かんさつした。

「そうか。ここにテープをはったんだな。そのせいでバランスが悪くなった可能性かのうせいはないとは言えない。でもたったこの程度ていどですぐ目の前に落ちるというのはちょっと考えられないな」

「ほら~。墜落はぼくのせいじゃないんだよ」

「なに言ってんのよ、あんたのせいよ!」


「とにかく。ぼくらは翼を直すだけでなく、動力をどうにか用意してやんなきゃならないってことさ。アンジュを空に帰してやるためにはね」

 そう言って、学はレオをまじまじと見た。

力をにかね」

 ダジャレに気づいてほしそうに、セリフをくり返す。

 レオは、視線しせんをアンジュにうつした。

素直すなおに笑ってやってよ」

「笑うもんですかっっ。あんたたちみたいな破壊魔はかいまに飛行機、さわらせる気はないんだから。ここでなごやかな空気作ったら負けよ――動力をどうにかなんてぜんぜんダジャレになってないじゃない……くっ……くく……くくくくく」

 アンジュは、たえきれないようにひざをついた。


「よかったな、学」

「ああ。今日は最高さいこうの日だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る