第4話 知識のむだ使い

「学校!? 置いてかないでよ。わたしも行くに決まってんじゃない」

 次の朝。

 アンジュは元通り、えらそうな女の子にもどっていた。

大丈夫だいじょうぶかなあ。家で待ってた方が安全だよ?」

「大丈夫、大丈夫!」


 こうしてレオは、こっそりアンジュを連れて学校へ行くことになった。

 教室に入ると、親友のガクがもう来ていた。レオのたよりになる友だちだ。さっそくアンジュのことを相談しようとしたら、当番が宿題を集めにきた。

「ちょっと待って! やるのわすれてた!」

 あわてて席について宿題を始める。つくえの中から「宿題はやらなきゃダメじゃない」とえらそうに言う小さなが聞こえた。

(だれのせいだと思ってるんだよ)


「今日の体育は、体育館でドッジボールでーす! 体育館シューズを持って移動いどうしてねー!」

 一時間目、体育。

 またもや教室に残りたくないというアンジュをこっそり体そう服の中に入れて、体育館へ行く。

(こんな所に入れたままドッジボールなんかやって、大丈夫かなあ。今日は当たらないようにげまくらなきゃ)


 わー!

 きゃー!

 飛び交うボール。クラスのみんなが興奮こうふんした声を上げて走り回っている。レオもおなかに小人をかかえて逃げ回る。


 そんな中で、友人の学だけは表情も変えずにどしんとかまえていた。

 背が高くて、キリッとした目で、ショートカットの学はいかにもスポーツ万能ばんのうに見える。そんな学に向かって、強いボールがまっすぐ飛んできた。

「あぶなーい!」

 バシーンッ!

 すごい音がひびく。

「きゃぁぁぁぁっ!」

 女の子たちのさけび声が上がる。

「だいじょうぶっ!? ガクくんっ、だいじょうぶっ!?」

 強いボールは見事に、学の顔面を直撃ちょくげきしていた。


「がんめんセーフだっ!!」

「おいおい。ガク、鼻血出てるぞー!」

 学はスポーツ万能に見えて、実は運動がとんでもなく苦手なのだった。

「先生!ぼく、保健室に連れていきます」

 レオはすかさず手を挙げた。学は友だちだし、何よりここをぬけ出すチャンスだ。


 保健室。

「うわー、先生いないよ。どうする学?」

「問題ない。鼻血はしばらく鼻をつまんで、やしていればなおるから。ちょっと氷をりよう」

 学は冷静に冷凍庫れいとうこを開けた。学は運動はできないけれど、なんでも知っている頭脳派ずのうはなのだ。


「それにしても。ドッジボールの守備しゅびは、重心を低くたもつことが大事だと書いてあったんだが。そうすれば高いボールは当たりにくく、低いボールはとりやすいはずなのに」

 こんな調子でむつかしいこともよく知っている。

 ただ、残念なところが一つあった。それは……


「それが顔面に当たってしまうとはおかしな話だ。だったら、重心は低くしない方がいいのか? いったい――ドッヂなんだ?」

 学の残念なところ。

 それはせっかくのたくさんの知識ちしきを、ダジャレに使おうと努力どりょくしているところだった。

「さあ……。ドッヂなんだろうね……」

「わからないな。ドッヂだけに」

 氷を鼻に当てながら、学はまじめな顔でレオを見つめる。レオにギャグがウケたかが気になっているのだ。

「あは」

 レオは小さく笑った。その笑いが「くくく」「ははははは」と次第に大きくなっていく。それを見て、学の顔がゆるみかけた。


「はははははははは……って、くすぐったいわーーーー!!!!」

 レオがそうさけんだ瞬間、体そう服の中からおなかをかかえて大笑いしているアンジュが転がり落ちた。

「あははははははははは! なに、この人。おもしろーい!」

 ゆかに落ちたことも気にせずにアンジュは足をバタバタさせて、笑いながら学を指さした。学は突然現れた小さな人間に、目を丸くした。

 レオとアンジュは「しまった!」という顔でかたまった。


「えーと。びっくりしてると思うけど、今から学に紹介しょうかいしようと思ってたんだ。この子、きのう知り合った小人。みんなには秘密ひみつにしてほしいんだけど……」

 レオは学の顔色をおそるおそるうかがう。

「はじめましてー! アンジュでーす! って、こんなノリでいいのかしら……」

 アンジュも突然とつぜんのことにおそるおそる自己紹介じこしょうかいして、学の顔色をうかがう。

 学はおどろいた顔のまま、ポツリと言った。

「こんなに笑ってくれた子、はじめてだ……」

「「そこかーい」」


 保健室の先生のつくえにアンジュを乗せて、レオと学はその前にイスを置いて座った。

「なぜこの子に驚かないかって? 世界には小人の存在そんざいしめ伝説でんせつがいくつも残っているからな。日本神話ならスクナビコナ、アイヌ神話ならコロボックルが有名だが、知られてないだけで他にいても不思議ふしぎはない。だから今日が出会いの日になっても、ぼくは驚かない」

「ほら、アンジュ。こいつが学だ。すごい物知りだろ。きっとお前の力になってくれるよ」

 アンジュは学を、ぽかーんと見上げていた。

「学。お前に相談に乗ってほしいんだ。実はこの子、家に帰れなくなって困ってるんだよ」

 すると学は答えた。

「そうだんだ――あ、今のわかる? そうなんだと相談をかけたんだが」

 たちまち、アンジュが声を立てて笑いだした。

(学のギャグに、こんなに笑ってくれる子がいるんだな)

 見ると、いつもまじめな顔ばかりしている学が、うれしそうに笑っていた。


 笑い転げるアンジュをうれしそうにながめながら、学がアンジュアンジュ……と小さくつぶやく。

(これって、“アンジュ”を使ってなにかギャグを考えてるんじゃ……)

 ドキドキして見守るレオ。

 学が言った。

「アンジュって、外国語で“天使”を表す言葉だよね」


 あんじゅって、がいこくごで“てんし”をあらわすことばだよね?


 うわー、どうしよう。

 友だちだから笑ってあげたいんだけど、どこがダジャレになっているのかちっともわからない。


 すると、笑い転げていたアンジュが

「ばれちゃしょうがないわね」

 と、すっと姿勢しせいを正して立った。

「そう。天使よ、わたし」

 ふふっと笑って二人を見上げる。


「ええー!? ほんとに天使なの!?」

 レオは、思わずさけんでしまった。その反応はんのうに、アンジュはムッとした顔をした。


「何よ、そのリアクション。どうせわたしのこと、ぜんぜん天使らしくない、思いやりのなさそうなやつだとか思ってんでしょ」

「え? いや、そんなこと思ってないけどさ……」

 いやむしろ、天使と言われるととても納得なっとくがいく。このキラキラとした特別とくべつな感じ。天使と言われれば、これは天使だ!

(でもダジャレだとばっかり思って聞いていたから、まさか本当に天使だとは思わなかった)

「いーもん、別に。どーせほんとのことだし」

 アンジュはつんとして、まどの方を向いた。


 そんなアンジュに学が言う。

「ぼくは、君はうたがいようもない天使だと思うよ。君に笑ってもらえて、ぼくはとても幸せになった」

 学はギャグがウケたことがよっぽどうれしかったらしい。

 アンジュは学の言葉に、「ふふ。ふふふふふ」と笑いをこらえていたかと思うと、クルッと二人の方にふり返った。

「あったりまえじゃない。だってわたし、天使よ!」

 太陽のように、まぶしい笑顔だった。


(僕だってアンジュのこと、とっても天使っぽいって思ってるんだけどな)


 そこに1時間目の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

「あ、そろそろ教室にもどろうか。つづきは今日の放課後ほうかご、ぼくんち集合ってことでヨロシク!」


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