第28話 ちょっとだけ抱きしめられて下さい

イルカが見たい!!


そう言ったのはあたし。


動物のテレビ番組で、可愛い子供のイルカを見たら居てもたってもいられなくなったのだ。


幸い、あたしたちの住む街には小さいけど歴史ある水族館があるので・・・週末は、ふたりで楽しい”水族館デート”


でも、実はこういうイベント系のデートって初めてだったりする。



☆★☆★



「むかーし・・子供のころ遠足で来たなぁ・・懐かしい」


瞬君がガラス張りのケースに入れられた熱帯魚の群れを眺めながら呟く。


その声に、導かれるようにして蘇ったのはまだ、晴がいた頃の記憶。


学ランとセーラー服のあたしたちの姿。


あれって・・・13歳くらいの時だっけ?


「あたしも、中学校の頃校外学習で来たかも・・・自分たちで電車とバスに乗って」


自分たちで、時間とコースを決めて水族館に行って、そこでお魚のスケッチをして帰ってくる。


確かそんなプランだった。


「やっぱり、ここと動物園は王道だろうね」


「あたしね、小さいこんな熱帯魚を描いたの。むかーし読んだ、スイミーって絵本の小さい魚知ってる?」


「一匹だけ黒い魚だっけ?」


「そう。真っ黒で、仲間外れにされてるやつ。あれ読んでから、なんか小さい魚が好きでね。みんなおっきいお魚見に行くんだけどひとり残って、黙々と絵を描いてたなぁ・・」


「熱帯魚、飼う?」


「え!?」


突拍子もない言葉に、あたしは大声をあげてしまう。


えーっと・・・それは・・・


「場所も取らないし、世話も楽だし。旅行の時も、心配いらないし。なにより、友世が好きなら飼えばいいよ」


ここは普通の可愛い女の子なら、嬉しそうに


「一緒に世話してくれる?」


とか言うとかだろうけど・・・


いきなり飛び出した超現実的な発言に、思考回路が追いつかないあたし。


だって・・・ついこないだ、初めて”ちゃんと将来のことも考えてる”って言われたばっかだし。


一足飛びにあたしが舞い上がるものどーなの?とか、色々思ったら・・身動き取れないあたし。


「・・・どこで・・・飼うの?」


恐る恐る尋ねてみる。


だってほら、あたしの家で飼えば?ってことかもしれないし・・・!!


「俺の部屋で飼ってもいいし、ふたりで新しく住む家が決まった時でもいいよ」


「・・・・ほ・・・ほんき?」


嘘なワケ無いって知ってるけど、尋ねずにはいられない。


・・・だって・・・現実味なさ過ぎて・・


「うん。いつからなら、一緒に暮らしてくれる?」


一緒にって・・・一緒にって・・・


たぶん無意識で、彼があたしの指を握り直した。


さっきより強く握られた手が、異様に熱い。


そっちにばっかり神経が集中して、まともに頭が回らない。


っていうか、めちゃくちゃ期待した目でこっち見るのやめてってば!!!


「え・・・っと・・・」


しどろもどろの答えを呟くあたし。


屈みこんだ彼が、ピアスの上からキスをする。


だから人目が!!


身を引こうとしたけど、叶わなかった。


いつの間にか腰に回された腕が憎い。


絶対あたしが慌てるの分かってて、それを楽しんでるとしか思えない。


恋愛経験値の差をこういうところで思い知らされる。


「ゆっくりでいいから考えてみて?」


耳元で聞こえた囁きに、俯いたままで必死に答えた。


「・・・ず・・ずっと考えてるけど!」


「ほんとに?」


その嬉しそうな響きに、あたしは思わず視線を上げる。


嘘じゃないけど・・・なんかあたしが同棲するの期待してるみたいじゃない?


「・・・だって・・ちゃ・・ちゃんと先のことも考えるって・・・言ってくれた・・でしょ?」


言い訳みたいに、彼がこないだ話した言葉を持ち出すと、彼が笑って頷いた。


「うん、言った」


「・・・だから・・あたしも・・考えなきゃって」


「思い立ったら、明日にでも俺の家に来てくれて構わないよ?」


「と・・突飛すぎ!」


「同棲も結婚もイキオイだって」


「・・・あたしは勢いではしません!」


「だと思った。だから、ゆっくりでいいから、考えてみて?」


「・・・うん・・・」


頷いたあたしを確かめて、ようやく彼が腕を解く。


ホッと息を吐いたら瞬が薄暗い廊下の先の案内表示を見て指さして言った。


「お待ちかねのイルカショーだって。行ってみよっか?」


「うん!前もね、幼馴染のみんなで見たの。はしゃいで煩くって・・・楽しかったなぁ」


早苗の、ガンちゃんの・・晴の・・みんなの声が蘇る。


鮮やかな記憶。


自然と微笑んだら、再び瞬の腕に閉じ込められた。


「え・・・なに?」


「・・・ちょっとだけ抱きしめられて下さい」


彼のいつになく余裕のない呟き。


「ヤキモチ?」


問いかけたら、素っ気ない一言が返ってきた。


「言わない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る