第20話 甘え下手

「瞬・・・・・っ!?」


思わず振りかけた手を慌てて引っ込めて、友世はパッとビルの角に隠れた。


バクバクいう心臓を抑え込んで深呼吸を2回。


別に、ここにあたしがいることはちっとも悪いことじゃない・・・うん。


だってあたしもここの社員だし!!


社員朝礼の後でお茶買いに来ただけだし!!!


必死に言い訳を頭の中で並べ立てる。


・・ってちょっと待って・・・それ以前に・・・隠れる必要ないじゃない?


あたしは何にも悪くないし!


・・でも・・・、正直あんまり見たくはなかった・・・かな・・・



☆★☆★



「友世、ほら何にすんの?」


自販機の前で項垂れる友世の腕を引っ張って、舞が問いかけてくる。


もうコーヒー飲む気にもなれない・・・


「何もいらないー・・」


「もー・・・彼氏が別の子に告白されたって、彼が好きなのは友世なんだからいいじゃない。誰もが見惚れる位の美人のくせになんでそんなに自信ないのよー」


「・・・それ、告白されたのが徹さんでも同じこと言える?」


友世の切り返しに舞がウッと答えに詰まる。


ほらね、みんな絶対複雑になるもん。


瞬君はただでさえ目立つのに・・・・


「でも・・ここで友世が凹んだりする必要ないし!・・・それに・・・こないだもあったでしょ?」


そうなのだ。


正直言うとホントに嫌だし、ムカムカするし、イライラする。


けれど、彼と向き合う女の子の側までカツカツ歩いて行って”あたしの彼です”なんて言えない。


口が裂けても・・・絶対言えない。


隠すことでもないけど、言いふらすことでもないし。


まして、自分が割って入る場面でもない。


それでもやっぱり・・・・気持ちとしては・・・・言ってしまいたい。


微妙な時期が長かったので”付き合ってるの?”って聞かれるたびに、曖昧な答えを返してばかりいたのは自分だ。


だから、これは自業自得。


社外の人だったら、堂々と言えたのかもしれない。


待ち合わせも、デートも、もっと・・・


どんどんネガティブになっていく思考。


恋愛に”もしも”はあり得ないって、分かってるのに。


泣きたいのか、悩みたいのか、後悔したいのか分からない。


たぶんそのどれも当てはまる。


でも、ほんとの答えはきっとその中にはないのだ。


「恋愛相談受けようか?」


そんなセリフとともにデスクの上に、カフェオレが載せられた。


どんなときでも後輩へのフォローを忘れない佳織が大丈夫?と首を傾げている。


友世の重たい溜息ひとつ聞いただけで、状況を察したらしい。


「・・・すいません」


「なんで?そこは”お願いします”でしょー」


さらっと言って、凛とした笑みを浮かべる彼女。


樋口が、この女性に惹かれた理由が分かる。


いつも”ちゃんとした大人”である彼女。


この人が”普通の女の子”に戻る瞬間っていつだろう?


誰の前でなら、泣けるんだろう?


頭を過ぎった疑問を追い出して、頷く。


「お願いします」


「はいはい。じゃあ、気分転換にコンビニまで歩こっか?」


「・・・佳織さん・・・ほんっと好きです」


友世の今の気持ち一言で表したらまさにそれだ。


だってこんな素敵な人ほかにいない。


佳織は友世の言葉に照れたように笑う。


その一瞬に”女の子の辻佳織”が顔を覗かせた気がした。


「そう言うあんたが可愛いよ。ほら、課長戻るまでに行こう」


さっさとホワイトボードに”辻、川上・・・買い出し”


と書きこんで、ドアの向こうへ消えていく。


その後ろ姿はすでに“企業人であり、やり手OL”の辻佳織だった。


ビルを出て歩きながら、友世が目撃してしまった告白現場について零すと、佳織は苦笑いを浮かべた。


「大久保君がぁ・・・ああそう。玉砕覚悟でアタックする女子がまだいるんだ。そういえば、友世に突撃してくる男性社員めっきりいなくなったもんね」


「・・そう、ですね」


午後14時のオフィス街は人も少ない。


遅めのランチに出る人や友世達のような買出し組がちらほら。


ランチ時の混雑が苦手な友世には、これくらいがちょうどよい。


街路樹の葉の隙間から零れる眩しい日差しに目を細めたら隣の佳織が呆れ顔で言った。


「大久保君が、あんたは俺のだーって睨み利かせてるから、誰も近づけないんでしょうが」


「・・・・へ・・・・?・・・えええええええ!?」


「友世が自分の口から”お付き合いしてます”って言わなくても彼の方は、ちゃーんと牽制攻撃しかけてるでしょう」


何を今更といった口調で言われてしまう。


まったく気付かずに自分のやきもちにばかり振り回されてたようだ。


・・・・全然・・・知らなかった・・・


「一部の隙も無い位愛されてるから自信持ちなさいよね」


にかっと笑って佳織が優しく背中を叩いてくれた。



★★★★★★



「・・・それで逃げるみたいに走って行ったんだ?」


「み・・・見てたの!?」


覗きこむように問いかけられて、友世は思わず声を上げた。


間接照明のみの、薄暗い店内。


テーブルの上のキャンドルがゆらゆら揺れている。


ムードのあるお店の雰囲気にそぐわない声を上げてしまった自分が恥ずかしくて俯いた。


瞬はグラスをテーブルに戻してから、見てたよと頷いた。


テーブル席の横を通り過ぎて行く女性店員の視線を感じる。


彼が自分に向かって微笑んだの知っていて、それでも生まれる嫉妬心。


これが優越感に変わる日なんて来るんだろうか?


「名前呼ばれたのも知ってたよ。返事する前に見えなくなっちゃったけどね」


「・・・・話し声聞こえたから」


”彼女居るんですか?”


必死な顔で問いかけたのは、直営店の可愛い販売スタッフ。


瞬がなんて答えたのかは知らない。


その前に逃げるように駈け出してしまったから。


「彼女居るのかって訊かれたから、社内にいるって言ったよ」


「・・・・そ・・そう」


「誇示することじゃないけど、こういうときくらいいいでしょ?俺は、誰に訊かれたって友世と付き合ってるってちゃんと言いたいし」


「それは・・・もちろん・・・」


悪いことじゃないし、ふたりのことだし。


たとえ誰かに何か言われたって、そんなのは関係ない。


「ただ、俺が友世の名前出したせいで、友世が周りの女の子から余計な追及受けたりするのは可哀想かなって。もちろん、俺はなに訊かれても平気だけどね」


付き合い始めた時からそうだった。


辻や、相良の前でも平気な顔で友世を彼女扱いする。


自分の中の優先順位は決まっていると、いつだって示してくれる。


どこかでそれに甘えていたのかもしれない。


「・・・あ・・・あたしだって・・・何訊かれても平気・・・瞬君と付き合ってるのあたしだし。絶対ないけど、もし、他の人に告白されたって・・・大好きな彼がいるってちゃんと言う」


彼はあたしが数年ぶりに恋した相手で・・・初めての恋人で、社内の超有名人で、街を歩けばみんな振り返る位カッコよくて・・・年下だってこと忘れちゃうくらいしっかりしてて、優しくて・・・


本当にもったいなくらいの人だ。


でも、そんな彼が、友世の恋人なのだ。


友世の言葉を聞いた瞬は微笑んで、テーブル越しに左手を握って来た。


指先に冷たい唇の感触が触れる。


店内暗くてホントによかった


一気に赤くなった顔を見られなくて済むから。


と、思ったら彼が反対の手で友世の頬を撫でた。


「女の子からの質問攻めは、きっと辻さんがフォローしてくれるだろうけど。男に声かけられるのはダメ。社内の人間でも、社外の人間でも絶対だめだよ。そうさせないために、色んなとこに目ェ配ってんのに」


「・・瞬君なんて月に一回は告白されてるじゃない」


大抵は週末の金曜日で、いつも待ちぼうけをくらわされるのは友世だ。


社員入口で捕まって・・・というパターンが多いから。


告白する方としては、振られたら土日で気持ちの整理が付けられるとかそういう魂胆なんだろうけれど。


・・・ってあたしも経験あるから人のこと言えない。


「俺に彼女がいるかどうか、半信半疑だからだよ」


「・・・・で・・でも」


眉根を寄せれば、彼の親指が唇をなぞった。


体を引こうにも手を握られているので叶わない。


「友世が、俺のこと独占してくれないから」


「・・・ど・・・独占って」


「今度誰かに訊かれたら”総務部の川上さんと付き合ってます”って言っていい?」


畳みこむように訊かれて、思わず頷いてしまう。


その返事を聞いて、彼が満足げに微笑んだ。


友世は頬に添えられた指が気になってそれどころじゃない。


注文も全部揃ってるし、半個室だし、パーテーションで仕切られてるし・・・


この状況を何度も確認している合間に、彼が唇を重ねてきた。


啄ばむように触れた唇が一瞬で離れて、彼は何事も無かったみたいにグラスを手に取る。


いま頃になってじわじわと込み上げてきたのは恥ずかしさ、安堵。


酔っるからって、結構あたし、とんでもないこと言ってない?


瞬は至極楽しそうにグラスを開けて、友世をまっすぐ見つめた。


「告白してくる男に言う前に、俺には言ってくれないの?」


「・・・なにを?」


「”大好きな彼”って、言ってよ」


「さ・・・催促すること・・なの?」


「今、聞きたいから」


にっこり笑って手招きされてしまえば、動かないわけにはいかない。


今夜だけはお酒のせいにして、甘え下手なりに精一杯、彼の耳元で囁いた。


「アナタのコトが、大好きです」

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